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1-2 スローライフはまさにこんな感じだといいな

それから2時間ほど経過し、開店時間になった。

すると、お客さんたちはぽつぽつとやってきて、私が作った洗髪用品をはじめとした品を買いに来てくれた。



「さあ、いらっしゃい、安いよ安いよ!」



アデルは朱色のバンダナを巻くと、店先でそういいながら客引きを行う。

一見するとゲームに出てくる海賊のような外見だが、彼がそれを身に着けると、寧ろかっこいい冒険家のようにも見えるから不思議だ。



一方の私は、店の奥で商品の受け渡しと会計処理を行う役回りになっている。

正直、知らない客と話をするのは苦手だからありがたい。



「あら、アデルさん。この商品を一つ貰っていいかしら?」

「ああ、毎度あり! 会計は奥でサラに頼んでくれ!」

「はい。……それと、その……よかったら、これをどうぞ……」

「お、こりゃおいしそうなジャムじゃん! ありがとな!」

「え、ええ……」



また、彼は力仕事で鍛えたであろうたくましい肉体と、それを裏付けるような無骨な顔だちをしている。


にも拘らず客商売が長いことに起因するであろう、人懐っこそうな笑顔は女性客から人気があった。



(正直、楽で助かるわね……)



正直なところ、この店に来る女性客の多くはアデルの顔を見るために来ているため、私はあまりお客さんと直接顔を合わせなくて済む。


また、体格の良いアデルが店先にいつもいることもあり、おかしな客が来ることもない。

そのため私は、お客さんのための会計処理をやりながら、自分のペースで薬の調合をやっていればいいこともあり、今の仕事はとても落ち着いて働ける環境だ。




……そもそも『座って接客をしてもいい』ということ自体、日本でバイトをしてきた私にとってはありがたいものなのだが。




それからしばらく仕事を進め、すっかり日も暮れた。

私たちは店を閉めた後リビングで、夕食の時間を過ごす。



因みに食事を作るのは大抵アデルだ。


私も元の世界でも料理もしていたが、ガスコンロ・IHヒーター・電子レンジという『チートアイテム』に頼ってきた私には、火加減を調節が出来ずにうまくできなかったこともある。



「ふう……今日も頑張ったな、サラ?」


そういいながら、アデルは私に皿を差し出してくれる。

まったく、私よりずっと年下なのに完全に『お兄ちゃん』だな。



「ええ。アデルもお疲れ様? それにルチナも勉強頑張ったのね?」

「うん! ……お兄ちゃんさ、お姉ちゃんに迷惑かけてなかった? お兄ちゃん、最近お姉ちゃんのことばっかり見てるし……」


そういうと、アデルは口に含んだ豆とすじ肉のスープを噴き出した。



「ひ、ひでえな、ちゃんと仕事はやってるって! ……ったく、ませてんな、ルチナは……」



にぎやかなアデルと明るいルチナがそんな風にからかい合うのを見ながら、私は黒パンをかじる。


こんな時間が私は何よりの安らぎだ。

アデルは昼間に貰ったジャムを取り出して、ルチナに差し出す。



「それとさ、ルチナ! お客さんからジャム貰ったから、一緒に食べないか?」

「へえ……美味しそうでいいじゃん!」

「だろ? これも俺が頑張って仕事をしているの、お客さんが見てるからだからな!」



そういって得意げな表情をするのを、ジト目で笑いながらルチナがからかう。



「ふーん。ま、お兄ちゃんは顔だけは良いからね……経営はへたくそなのにね」

「あ、ひでえな! ……ま、サラが来なかったらこの店も危なかったかもしれないけどな。いつもありがとうな、サラ」


そういいながらアデルは少し照れるような表情をしてくる。


……正直、アデルにこうやって頼られるのは嬉しい。私はそう思いながらも恐縮した表情で答える。


「そ、そう言われると照れるわね……」

「けどさ! お姉ちゃんって本当に凄いよね? 『まーけてぃんぐ』……っていうんだっけ? その知識、今度私にも教えてよ!」


ルチナを飢えさせないために仕事一筋で生きていたアデルとは違い、ルチナは教会で基礎的な学問を身に着けている。そのため、私が身に着けている現代知識に関心が深いようだ。



「勿論よ。代わりに、今日教わったダンス、見せてくれたらね」

「もちろん! ご飯食べたら、絶対見てね、お姉ちゃん!」



そんな風に話していて気が付いたら、部屋の中央にあるランプのオイルが消えかけていることに気がついた。


……まったく、この兄妹と一緒にいると、本当に時間が経つのを忘れる。



(ああ、こんな生活がしたかったのよね……)



朝はゆっくり起きることが出来て、アデルのような爽やかで楽しい店主と一緒に店を切り盛りしながら、時には常連客の相手をして一日を過ごすのはとても楽しい。


そして気まぐれで新商品を販売したり、それでお客さんたちが喜ぶ姿を見てくれるのは本当に楽しいし、商売も繁盛してちょっと美味しいご飯を食べられるのも嬉しい。


何より、この兄妹と一緒に家族のような時間を過ごすこのひと時は、いくら金を積んでも惜しくないものだ。



(フフ、テイラーに離婚されたことを感謝するするわね、これは……)



こういう、一日がのんびり過ぎていくスローライフは、私が望んで止まなかったものだ。


正直、前の世界や、先日までいた職場ではこんな風に団らんのひと時を過ごすことなど想像も出来なかったのだから。



(はあ……こんな生活が続くなら、本当に最高ね……)



「よし、じゃあ早速あたしのダンス見せてあげるね! ほら、お兄ちゃんも男性パートやって?」

「お、俺も踊るのかよ!」

「大丈夫、あたしがリードするからさ!」



そんな風に思いながら私はアデル兄妹が踊る、たどたどしくもかわいらしいダンスを肴に、食後のワインをゆっくり飲みながら思った。



(こんな日がずっと続くといいんだけどな……)

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