1-1 マーケティングのスキルを活かして道具屋を繁盛させました!
「ふわああああ……」
私は大欠伸をしながら、ゆっくりと目を覚ました。
太陽を見るに、朝の9時くらいだ。
「おはよう、サラ。今日もお客さん沢山来るから、頑張らないとな」
そんな風に言ってくれたのは、道具屋の店主『アデル』だ。
彼は私が放逐された後、住み込みで働かないかと提案してくれた青年だ。
アデルが用意してくれたコーヒーを飲みながら私は笑いかける。
「ええ、ありがとうアデル」
「サラが来てくれてから、この道具屋も大繁盛するようになってさ。……本当にあんたを住み込みで雇って良かったよ」
「そういってくれると、私も頑張った甲斐があったわよ」
彼は、そういって私のことを『偶然私を雇ってくれた』体でそう答えてくれた。
……だが、彼は私が王宮で働いていた時に、何度か出入りしていたことを覚えている。
また、私が住む家がなく困っていた時に、渡りに船とばかりに住み込みの仕事を与えてくれたことを考えると、偶然にしては出来すぎている。
(恐らくだけど……私が離婚することになったことを聞いて、陛下か王妃様が、裏から手を回してくれたのね……)
……この国の王族の方々は、本当に私のために心を割いてくれる。
あのテイラー達武官どもも、こういう思いやりの心を持ってほしいものだ。
そして私が朝食を取っていると、隣から可愛い少女が声をかけてきてくれた。
「おはよ、お姉ちゃん!」
「あら、ルチナ! ……今日は教会に行く日だっけ?」
彼女の名前はルチナ。
アデルの妹で、普段はアデルと一緒に店を切り盛りしながら、週に数回教会に通って勉強をしている。
年齢は11歳。アデルが19歳だから少し年が離れている。
……因みに私はこの世界では実年齢より若く見えるようで、私はアデルと同年代だと思われているようだ。
ルチナはルンルンとステップを踏みながら、天使のような笑顔を見せてきた。
「うん! シスターがさ! 今度ダンス教えてくれるっていってくれたんだ! 今夜お姉ちゃんにも見せてあげる!」
「へえ……楽しみにしてるわね?」
「えへへ! ……後さ、新しい歌も教えてもらったんだ! 夜、一緒に歌おうね?」
「ええ、勿論! それじゃお姉ちゃん、また夜に会おうね!」
そしてルチナは私のほおにキスをすると、そのまま教会に向かっていった。
「……ルチナの奴、すっかりサラに懐いてくれたな。迷惑じゃないか?」
「まさか! 私は、あんな妹欲しかったから……寧ろ、私のほうが感謝してるくらいよ!」
元の世界では私は一人っ子だった。
だから、あんな風に懐いてくれる妹が出来たと思うと、たまらなく嬉しかった。
そしてアデルのことも、私より年下だが兄のように頼もしく思っており、私は彼らとの生活が楽しかった。
「……けど、いつもごめんね、アデル? いつも早く起きてご飯まで作ってもらって……。私、早起き苦手だからさ」
「気にすんなよ! 代わりに、サラは夜遅くまで薬の調合や開発をやってくれてるだろ? だからおあいこだって!」
私は元の世界にいた時から、物事に没頭すると夜更かしする癖があったが、反面早起きは苦手だった。
だが、この世界の住民たちは『早寝早起き』が生活の基本となっていることもあり、逆に私のように『夜中まで仕事に没頭できるタイプ』は希少なものとして、重宝されている。
……まさか、夜更かし癖がこの世界では貴重なスキルになるなんてな。
アデルは、私が容器に詰めた商品を並べながら尋ねる。
「それじゃ、今日の商品を並べていくとするか」
「ええ、一緒に頑張ろうね、アデル!」
長引く戦争が終わり、この世界では傷を治す薬草の需要が大きく下がっている。
代わりに需要が増えたのは、いわゆる美容関連の商品や、解熱剤などをはじめとした薬草だ。
現在私の店での売れ筋は、洗髪用品だ。
アデルは家の前に置いておいた大きな鍋をドスン、と置いて尋ねる。
「それにしてもさ。『こんなもの』が髪を洗うのに役立つなんて思わなかったよ。凄いな、サラは」
「ありがと、アデル」
「レストランの店主たちも、なんでこんなものを買うんだって頭抱えてたよ。これも、元の世界で知った『マーケティング戦略』の一つなのか?」
「ええ。まあそんなところよ」
アデルに頼んでいるのは『大豆の煮汁』をレストランから買い取る仕事だ。
実は、大豆の煮汁に含まれる成分『サポニン』は、シャンプーのような効能がある。
そんな科学知識がないこの世界の住民たちは大豆の煮汁を適当に捨てていたので、私が安価で買い取り、シャンプーの代わりに販売したところ、これが大ヒットした。
高価な石鹸や香油に頼らず、安価で簡単に手に入る洗髪用品を販売する、即ち競合の少ない世界で戦う『ブルーオーシャン戦略』は見事にあたり、現在では売れ筋商品になっている。
「それじゃ、これを容器に詰めて、と……値段はどんなふうにするんだ?」
「ええ。3種類に分けるわね。値段はこれと、これと……うん、こんな感じだね」
私が商品を複数の値段を着けて陳列していると、アデルは不思議そうに尋ねてきた。
「なあサラ? ……これって値段のつけ方が変じゃないか? どうやったって、この2つ目の商品を選ぶ奴なんていないだろ?」
「それでいいのよ。……これもマーケティングのやり方ね」
「へえ……。凄いな、そんなことも考えてるんだな、サラは」
アデルは、あまり細かい理論には関心がない……というより、基礎学力を身に着ける場がなかったからから、理解できないのだろう。
この世界の人たちは、いわゆる心理学の素養などがないため、私が知っているマーケティングスキルを使えば、かなりの割合で商品を買ってくれる。
「さあ、今日も沢山商品を売るぞ!」
そう思いながら、私はアデルと一緒に商品を並べた。