エピローグ サラはまた王宮で仕事を再開したようです
それから数カ月の時が立った。
「お姉さん、今度の予算案についてですが、これでいいですか?」
「ええ。ロッツ司教も前の詐欺事件で反省して以降、値切るのを止めたみたいだからね」
「分かりました、行ってきます!」
私は王宮の一室で、そんな風にヨルムに指示を出していた。
……結局、あの後私たちの兵装の方が正式に採用された。
兵士たちが『華麗に戦って散る』ことよりも『汚らしくても生きて帰ってくる』方を選ぶべきだと判断したのだろう。
だが、それは『先人の思想が間違っていた』というわけではない。
ゲームの世界と違い、戦争で『生還する』ということは『五体満足で帰ってくる』ということを必ずしも意味しない。
即ち、手足や視力を失って帰ってきたことで、家族に迷惑をかけることを嫌った兵士……或いは考えたくないが、そういう兵士の介護を嫌った家族たちが『華麗に戦って散る』ことを美徳としたのかもしれない。
私の方法が採用されたのは、医療や治癒魔法、そして何より福祉が昔より発展したこの時代だからというのも大きいだろう。
「けど、マルシアさんは……不運でしたね……」
「ええ……さすがに同情するわよ。全てにおいて……」
私は先日の一件が買われて、王宮に再び採用された。
だが一方のマルシアはというと、その後軍を退役した。
無論、今回の兵士で損耗が出たことの責任を取らされてのことではない。
……というより、寧ろ兵士の犠牲は想定より少なかったことを表彰されたくらいだ。
彼女にとって不運だったのは、犠牲になった兵士の中にいわゆる『モンスターペアレント』がいたことだ。
「大切な息子を庇おうともせずに、自分たちだけ生き残った」と、酷くあしざまにいう親によって心身が憔悴し、これによって軍を辞めることになったのだ。
「兵士が犠牲になるのは、残酷だけど仕方ないことなのにね……」
「はい。……正直、お姉さんの兵装が認められたのも、そういうリスクを避けたいという上層部の気持ちもあるのでしょう……」
確かに、兵士が犠牲になるたびにその両親からボロボロに批判されてしまうのであれば、指揮官たちは仕事をしたくなくなるだろう。
……ましてや『子を失った親』に対して強く言い返すなんてことが出来るわけもないので、猶更だ。
「それで、マルシアはどうしてるの?」
「ええ……テイラーも一緒に軍を辞めた後、近くにある福祉施設で一緒に働いているそうです」
「そう、なのね……」
テイラーも、先日軍を辞めたと話を聞いている。
これは、私にかぶせた横領の罪を改めて問われたためだ。
……そもそも、私も最近知ったことだが、テイラーを軍に残していたのは、陛下やベルトランに不満を持つ反乱分子が命を狙っていたことが原因だ。
その反乱分子が今回の掃討戦で消滅した以上、もう彼らの居場所はない。
テイラー自身も、そのことは理解していたのか、横領の罪を不問にするという条件で軍の退職を受け入れたとのことだ。
「……やっぱり……時代の流れって残酷よね……。どんなに頑張っても、結局報われないことってあるから……」
「かもしれません。……ですが、時代が流れれば今まで評価されなかった人も評価されるようになりますから……僕みたいに」
ヨルムは私を慰めるような口調でそう答えた。
金食い虫である騎兵が大幅に削減されたことで、徒歩による伝令兵の需要が高まった。
そのこともあり、ヨルムは今は生き生きと働いている。
「それじゃ、僕はこれで。……あと、ベルトラン王子がお呼びでしたよ?」
「え? ……あ、そうだった! すぐに行くわ!」
そういうと、急いで支度を始めた。
「ごめんなさい、ベルトラン? 待った?」
「いや、大丈夫だ」
今日は、久しぶりにベルトランと一緒に外出する。
無論、街の視察並びに今度開かれるパーティのための仕入れをアデルにお願いするためだ。
「けど、なんでそんなことを王子がやるんですか?」
「人手不足というのが建前だな。……まあ、実際にはアデルに会いに行くための口実なのだがな」
そういうと、ベルトランは少し嬉しそうな表情を見せた。
……やっぱり、この人はアデルと仲がいいんだな。
そして街を歩いていると、なにやら聞きなれた声が聞こえてきた。
「テイラー、マルシア? ここの仕事はどう?」
そこには三人の男女の姿があった。
テイラーとマルシア、そして福祉施設で働いているセドナとかいう女性だったか。
「ああ、結構忙しいけど楽しいな。……やっぱり、元気そうにお年寄りが頑張るのを見るのは楽しいな。なあ、マルシア?」
「うん。……正直、軍内で『女騎士様』をやってた時より、自分で手足を動かしている感じがしてやりがいがあるよね」
「そっか! それなら良かった。……何かあったら、いつでも相談してね!」
「うん。ありがとね、セドナ」
そんな風に話しているのを見て、私は少し安堵した。
「テイラーとマルシアも……うまくやっているみたいね」
「ああ。……元々、誰かを助けること自体は好きだったからな、テイラーは。……それにマルシアも、きらびやかな王宮生活は性に合わなかったようだからな」
確かに『女騎士』は戯曲に出てくるような『誇り高く、気高い存在』であらねばならないというステレオタイプが強かった。
実際、今にして思うと、マルシアの口調もどこか芝居じみた『強い口調』をしていた。
セドナ同様、どこか子どもっぽい口調をしている今の彼女の話し方が素なのだろう。
しばらくして、私は道具屋に到着した。
「おお、久しぶりじゃんか! ベルトラン! それとサラも!」
「お姉ちゃん、いらっしゃい!」
そういうと、以前のようにルチナはドカッと私に抱き着いてきた。
「ええ、久しぶりね、二人とも。売れ行きはどう?」
「へっへ~! ほら、見てよ!」
そういってルチナは出納帳を見せてくれた。
……これは凄い、私がいた時よりも客足が増えている。
「凄いわね、ルチナ」
「でしょ? お兄ちゃんがおバカな分、私がしっかり頑張ったんだよ! お姉ちゃんの『マーケティング』技術をしっかり使ってるもん!」
「おい、ルチナ! てめ、バカとは失礼だな!」
「うぎゅ……」
そんな風に、ルチナのほっぺたをぎゅーっと押すアデルの姿を見て、私は思わず笑いがでた。
相変わらずだな、この兄妹は。……いや、『まだ兄妹』というべきか。
「それにしてもルチナは、可愛くなったわね?」
最近ルチナはますます身長が伸び、また顔だちも女性らしくなってきている。
「えへへ、そうでしょ? お兄ちゃんもそう思うでしょ?」
「え? ……あ、いや……」
以前だったら『は、ばっかじゃねえの!』と言っていたアデルだったが、この質問に答えることができなくなっている。
……まったく、この二人の今後は楽しみだ。
アデルは恥ずかしくなったのか、話題を変えようとベルトランに尋ねる。……まあ、こっちが本題なのだが。
「そ、それでさベルトラン。今度必要なのは果物か?」
「ああ。これだけ頼む」
そういってベルトランが見せた表をルチナが代わりに読みながら、ニコニコと笑みを見せた。
「うん、任せてよ! これだったら、バッチリ用意できるから!」
そういいながら、ルチナはアデルに変わって細かい話を始めた。
まあ、教会できちんと読み書き計算を習っているルチナに任せるほうが早いのだから当然だが。
「フフフ、もう完全にルチナのお店になってるわね、ここは」
「む……ま、まあそうかもしれないけどさ……サラもたまにはうちに遊びに来いよ?」
「ええ」
そんな風にアデルと話をした後、私たちは店を後にした。
そして店を出た後、ベルトランは私に尋ねてきた。
「……今日はこれからどうするんだ?」
「もう仕事は終わったから、これから公園でお昼にしようかなって思っています」
王宮での仕事も、現在は平和な日々が続いているということもあり、朝起きる時間はあまり道具屋にいた時と変わらない。
そのため、相変わらず私はスローライフを続けることができている。
「ベルトラン、よかったら一緒に食べませんか? お弁当、用意してきたので」
「え? ……あ、いや……」
そう私が尋ねたら、ベルトランは少し恥ずかしそうな表情を見せた。
そして、
「実は私も誘おうと思ってな。……その、朝から作ってきていたんだ……」
そんな風に言いながら、荷物袋から黒パンとチーズが入ったバスケットを見せてくれた。
「……あまり時間はないが……やはり、サラ殿と少しでも一緒に居たくてな……」
「フフフ、それは私も一緒ですよ? ……じゃ、一緒に食べましょうか、ベルトラン?」
私はそういうと、公園のベンチに腰かけて互いの弁当を交換しながら、池を眺めながら二人で笑った。




