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プロローグ2 あなたの離婚、こちらも喜んでお受けします

突然謁見室に呼び出されたかと思ったら、そう叫んできたテイラーを見て、私は思わず尋ねた。



「ど、どうしてですか?」



そういうと、テイラーは露骨にため息をつきながら、悪態を放つ。



「あのさあ! 理由を聞く前に、まず自分の頭で考えろって、俺言ったよね?」



私は別にあんたの部下じゃない。

そもそも、理由も何もクビになるような大きな仕事は全部あんたが奪っていっただろう。

そう思いながらも私は、その場の心証を悪くしないために尋ねる。



「すみません……分からないので教えてください」

「ったく……。まず、理由の一つはこれだ」



そう言って、先日のロッツ司教に出す予算案を見せた。



「なんだよ、この数字は!相場の3割も高い値を彼にふっかけるつもりだったのか?」

「あの、それは……」

「俺がこの提案書を出したら、ロッツ司教はたいそうお怒りでな! 今後わが国には仕事を振らないと言っていたぞ! なんでこんな予算案を組んだ!?」




なるほど、さすが猪武者だと私は思った。



そもそも、テイラーは文官ではなく将軍、つまりは武官だ。

彼はもともと類まれな剣才を持ち大陸でも指折りの剣士だった。


だが、先日戦争が終結したことで活躍の場を失い、城内での居心地が悪くなっていたのだ。


……無論、戦うことしか取り柄がない彼らが冷遇されるのも仕方ないが、それ以上に、戦時中に彼ら武官たちが文官を露骨に下に見ていたことも、現在立場が逆転し居場所を失った理由だ。



その為、彼らも自分の居場所を作ろうと文官の真似事を始めていたのだが、それがまさに『武士の商法』とばかりに、そもそもうまくいっていなかったのだ。



……そんな彼を可愛そうに思って私が少しでも支えられたらいいと思ったのだが、このように恩を仇で返す真似をするなら、もう彼を擁護したくはない。



(ま、『理解できない相手は殺せばいい』なんて人生を送ってきた奴らに、こんな腹芸できるわけ無いものね...)



今回予算案を出したロッツ司教は吝嗇家ケチなことで有名だ。

そのため、予算案をそのまま見せても値切り倒すに決まっている。


そのことを考えて、最初から予算を「値切られる分」を上乗せしていたのだが、その含みを理解できず、相手の値下げ交渉に応じなかったため逆鱗に触れたのだろう。



(相手に『お得感』を与えるのは、商売では基本なのにね)



だが、それだけで離婚事由になるとは思えない。

そう考えていると、さらにテイラーはバサリと書類を置いてきた。



「それだけじゃない、この精算書を見ろ!」

「はい?」


こちらは本当に見覚えのない清算書だった。

そのため思わず驚きの声を出したが、テイラーは続ける。



「分かるだろ? お前が処理した数字が、文官に処理させたときと数字が合わなかったんだ!」

「え? ですが私はそれに見覚えが……」



ない、と言おうとしたが、今度は隣にいた白手袋を身に着けた女騎士……確か夫の女友達だったか……が、ドン! と机を叩き割る。


成る程、腕力だけなら英雄級だな。



「とぼけるな! お前が精算書を書き換え、差額を着服したんだろう?」

「転移者のお前を拾ってやった恩を忘れやがって……! 本来なら牢獄行きの大罪だからな?」



ああ、そういうことか。そう私は確信した。



確かこの二人は、肩身が狭いことを呪ってか、ここ数日頻繁に飲みに行っていたらしい。


だが、その金は全て国家の金を着服していたのだろう。そしてそれがバレそうになっている今、私に罪を着せようとしているのだ。


私をスケープゴートにするのは、転移者でしかも女でありながら、仕事を彼ら以上にこなしていたことをやっかんでのことだろう。



……また、その白手袋の女騎士は、先ほどからしきりにテイラーの腕を愛おしそうに掴んでいる。



私の想像だが、彼は恐らく、この女と浮気もしていたのだろう。

そのことに気づき、私はこの夫だった男、テイラーに心底から失望するとともにこの男のことがよく理解できた。





(はあ……彼はただ単に『メサイヤコンプレックス』が強かっただけってわけね……)



メサイヤコンプレックス。


これは要するに『誰かを助けることが出来る自分が好き』という思想を持つことだ。

……彼は確かに転移直後は私に世話を焼いてくれた。



だが、そもそも優しかったわけではなかったのだ。

要するに『自分が可愛そうな他者への世話を焼いてあげることで、自尊心が満たされる』が好きだっただけと考えれば想像がつく。



……だからこそ、今同じく武官で居場所を失いつつある『可愛そうな女騎士』と親密になったのだろう。


まったく、小さな男だと思うとともに、私はこの男に対して憐れみすら感じるようになった。



そしてテイラーの隣にいた女騎士はフン、と私に鼻で笑った後に資料を国王に渡す。



「国王陛下。……陛下もこの資料をご覧になってください」

「なに? ……ふむ……なるほど……」



そして、その清算所の数字を見た国王ははあ、とため息をつく。

テイラーは国王の前で『善人面』をしながら、私を庇うような手振りを見せて大仰に叫ぶ。



「確かに彼女は横領を働いた悪人でありますが、もとは私の婚約者だった身。……どうか、寛大な処遇をお願いいたします……」



嬉しそうな顔しやがって。そんなに『善人』でありたいか。

私はそんな風に思いながらテイラーを睨みつける。


そして国王は、私たちを憐れむような目を見せた後、重い口を開く。



「なるほど……本来なら、横領は収容所送りの大罪だが……テイラーとの離婚、並びに事務官からの解雇ということで手を打つことにしよう……」



その国王の目は、私に対しても同情的だった。

……この年老いた国王は自己主張は苦手だが、聡明な方だ。おそらく彼は、嘘をついているのが彼らの方だと知っているのだろう。



しかし、それを今ここでうかつに糾弾すれば、暴力だけが取り柄の武官たちのことだ。

後日、彼が寵愛しているとされている王子もろとも暗殺される可能性すらある。



また、国王の目は、



「こんな男に義理立てせず、早く新しい人生を見つけてくれ」



と言っているようにも感じられた。



それを見て、私は改めて決心した。

……まったく、そのとおりだ。もう、こんな男に人生を振り回されてたまるか。


そもそも、今のブラックな労働環境に耐えていたのも、肩身の狭い思いをしているテイラーを支えるためだったが、こんな扱いを受けるならもう沢山だ。


前世のように、ズルズルと長時間労働をするような生活はするものか。

私は自分の才能を思いっきり生かせる場所で、かつのんびりスローライフを送るんだ。

そう思って、その提案を飲むことにした。


「分かりました。それでは今日を境にお暇をいただきます」



「フン。全く、バカな女だ」

「テイラー様への恩を忘れるなんて、ひどいですわね?」


そんな風に武官たちは嫌味を言ってくるのを私は聞こえないふりをして、その場を去った。



……こんな馬鹿どもに復讐するほどの価値もない。

けど、私は今度こそ、前世で身に着けた『マーケティングスキル』を正しく使って、幸せになってやる。



そんな風に思いながら。

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