3-5 マルシア編 テイラーは、彼女の恩人です
(やれやれ、何とか明日までに間に合ったか……)
それから数週間が経ち、私は今度の盗賊退治に必要な装備を揃え終え、出兵を明日に控えていた。
鍛冶屋をフル稼働させ、一個小隊分の兵装を何とか製造が終わった。
偵察兵の話によると、砦に残る兵士たちは精々10人程度。
魔導士の姉妹を除けば取るに足らない相手ばかりだ。
(まったく……くだらんことをする……まあ、気持ちは分かるがな……)
恐らく、あの反乱分子は本気で国家転覆を狙うつもりなどないのだろう。
どのみち、戦うことしかしてこなかった彼らには、戦争が終わった後に軍に置いてもらえないのであれば、生活する道はない。
そんな自身が陥った境遇を嘆き、国民たちに自分たちの怒りを理解してもらったうえで、引導を渡してもらいたい。
そんな連中たちだ。
(私も……息子と……テイラー様がいなかったら、そうなっていただろうな……)
そんな風に思っていると、テイラー様が書類を持ってやってきた。
「まだ起きていたのか……大丈夫か?」
「ええ。あなたのほうは?」
「問題ない……。今日はもうここで寝るつもりだけどな」
「そう……ねえ、テイラー様?」
「なんだ?」
「……この戦いが終わったら、私と……」
「ああ……」
私は数年前、女騎士としてアルドラン王国に採用された。
……まあ、父上が貧乏とは言え領主だったこともあり、半ばコネ採用だったのだが。
「凄いな……また、彼女が戦功を上げたらしいぞ?」
「ああ。彼女は統率力だけじゃなくて武勇も凄くてな。……槍を持たれたらまず勝てねえな」
それでも周囲から評価される程度には努力をしてきたつもりだ。
……だが……
「すみません、我が子が病気で……」
「いや……。しばらくこの村で病気の原因を探るから、宿を案内してもらえるか?」
「は、はい……」
流行り病の調査で、村に長期間滞在したのがまずかった。
「お、おかあ……さん……」
……私は自分の家に帰った後に病気を発症し、息子にうつしてしまったのだ。
この病気は、大人は軽度の症状で済む反面、子どもは重症化しやすい。
その病気を息子に移してから、私の人生は変わった。
「あれ、あなたはどこ……?」
まず、病気になって数日後に夫が家から消えた。
自身が病に感染することを恐れたことは勿論だが、一番は私と息子が重荷になったのだろう。
これによって収入が激減し、暮らし向きは厳しくなった。
貧乏領主である父上から金銭的な援助は受けることが出来なかったこともあり、女騎士としての収入だけでは生活するのが精一杯だった。
次に王宮内での立場も変化した。
「病の方は問題ないか?」
「はい、ベルトラン王子」
「しかし、息子のこともあるからな。そなたにはしばらく王国内の警備に当たってもらう。遠征にはテイラーを行かせることにしよう」
「は? ……しかし……私の家にはメイドもいますし、困ることは……」
「それでも、やはり息子は母親の傍にいてほしいものだろうからな……。少なくとも、私は幼少期、そう思っていたのだから……」
私は主要な業務を外され、王国内の勤務に転勤させられた。
勿論これは、幼いころから母上が多忙だった、ベルトラン王子なりに私と息子のことを考えてのことだろう。
だが、そもそも戦場で戦うことしか知らなかった私が、警備の仕事をするにしても、うまくいくわけがない。
『戦場で花咲く美しい女騎士』も、王国内の警備ではただのあだ花だった。
「ねえ、なんていうかさ……。正直、警備の仕事って騎士様はいらないよな?」
「ああ。住民からも高飛車で嫌われてるな。……お話に聞いていたイメージと違ったって言ってるしな……」
私たち『女騎士』は、あくまでも騎士でしかない。
にも拘らず、戯曲に出てくるような完璧な偶像を求められており、正直息苦しかった。
「おい、大丈夫か? 最近、随分つかれているみたいだけどな」
「テイラー様……。すまない、やはりこの仕事は慣れなくて……」
「それなら、俺が代わりにやっておくよ。後、これを持ってきな」
「これは?」
「遠征先で貰ったお菓子だ。これなら、病気の息子でも食えるだろ?」
そんな風に、彼はいつも私だけでなく息子のためにも気を使ってくれた。
私はこう見えても容姿には自信がある。
そのため、下心を持って私に近づいてくる男は多かったが、彼は常に私よりも息子を第一に考えて接してくれていた。
そんな彼に、私は自然に恋愛感情を抱いていった。
……彼は、弱っている人を助けて自己満足に至るのが趣味の人だということは、周囲の評判から聞き知っていた。
だが、それでも彼に、私と息子を大事に思ってもらえたことは忘れていない。
「実は俺さ、婚約することになったんだ」
「……なに、どうしてだ?」
「ああ。この間この世界に転移してきた女の子でさ。さすがに放っておけなかったんだよな。……まあ、可哀そうだからな」
そんな風に彼がサラと結婚したときにも、私は『やはりそうか』としか思わなかった。
「なんか、凄い話だよな、サラ殿の最近の活躍!」
「ああ。正直さ、女騎士様なんかよりもずっと頼りになるし。この間の村も、何でもすげー発展したらしいんだよ」
彼女が文官として、私の代わりに仕事をするようになってから、私は少しずつ仕事が暇になっていった。
……だが、それでも私は『彼女はテイラー様の婚約者だから』と思って我慢して仕事をしていた。
そんなある日。
……息子の容体が急変した。
突然発熱とともに意識が戻らなくなったのを見て、私は思わずパニックになりかけ、仕事が手につかなかった。
「最近どうした? ……ひょっとして、息子のことか?」
「ええ、実は……」
そんな時に、テイラー様が私に声をかけてくださったので、相談してみた。
息子が例の病気で意識が戻らなくなり、治療には薬が必要になったこと。
そして、その薬を手に入れるには莫大な金が必要なこと。
それを全て話した後、テイラー様は大きく息をついて、ある提案をした。
「……いいか、俺が何とかするから……お前は今日俺と何の話もしなかった。……それで通せ」
「え? 何をする気だ? テイラー様……」
「さあな」
そういってテイラー様は、王宮の金を横領し、その罪をサラにかぶせた。
勿論罪をサラにかぶせたのは彼女への嫉妬だと言っていた。
……だが、ひょっとしたら彼は……サラから仕事を奪われている私のために、彼女を追い出したのではないか。
どうせ本人に聞いても『んなわけないだろ。あいつが俺より優秀なのが許せなかったんだよ』と言われるだけだから聞かないが。
「母上、どうしたのですか?」
そんな風に考えていると、息子が私のことを心配して服の裾を引っ張ってきた。
……幸いなことに息子は、テイラー様が渡してくれた金で購入した薬の効果もあって数日で全快した。
「いや、なんでも……。それより、そろそろ寝ようか、私もね」
「うん、お休みなさい……」
いずれにせよ、私はテイラー様のために全てを捧げる。
私を利用したとしても構わないし、捨て駒として扱われても構わない。
……そう誓って、私は明日に備えてベッドに向かった。




