3-1 ベルトラン編 そもそも王様が武官に逆らえない理由は
アルドラン王国の王宮内を歩きながら、私はサラ殿と話をしたときを思い出していた。
「サラ殿か……やはり、素敵な方だったな……」
しばらく王宮を留守にしていた私は彼女と面識はなかったが、風の噂で「ものすごい女文官が入った」という話を前から耳にしていた。
「女文官か……珍しいな……」
先の戦争によって大量に男性が戦死したこともあり、近年では女性を登用する動きが活発に行われていた。
……だが。
登用されたのは女騎士、即ち武官ばかりであり、いわゆるデスクワークが中心となる文官は殆ど門戸が開かれなかった。
理由は簡単だ。
「マルシア隊長のグッズ、買っちゃった! あの方、すごい素敵よねえ!」
「いいですよね! 今度の感激でもマルシア様が主役だそうよ!」
街中では、そんな風に街娘たちがキャッキャと騒ぐ姿を何度も目にした。
そう、要するに市井の民たちは皆、『戦う女』の話にしか興味がなく『勉強が出来る女』の話には意識を向けることすらなかった。
『女騎士』の逸話は戯曲のネタになり、見た目が凛々しいことから肖像画が飛ぶように売れ、その服はトレンドになり通った店は行列が出来る。
このような『経済効果、即ち利用価値のある女性登用』にしか関心を持たなかったのだろう。
そんな中で、テイラーの肝いりで女文官として登用されたというサラには一度会ってみたいと思っていた。
……だが、サラ殿が聡明なだけでなく、あんなに可愛らしくユーモアのある人だとは思わなかった。
正直、彼女のことをもっと知りたい。
(また、明日会えるのが楽しみだな……)
そんな風に思っていると、突然ひゅん、と頬をかすめた。
……まさか。
そう思って足元を見たら、矢が突き刺さっていた。
「誰だ!?」
そう叫ぶが、声は聞こえない。
……なるほど、アサシンか? いや、それにしては腕が未熟だ。
そう考えていると、一組の男女の声が聞こえてきた。
「陛下! すっこんでてください!」
「邪魔だ、どいてください!」
そういわれて私は、すぐにその場からばっと飛びのく。
……将軍テイラーと、女騎士マルシアだ。
その瞬間、私の傍を二人は風のように走りぬけた。
「そこだ!」
「光よ、照らし出せ!}
マルシアの光魔法により一瞬周囲が明るくなる。
「ぐは!」
さらに、暗闇に馴れていた目が仇となったのだろう、光に幻惑された刺客の叫び声が聞こえた。
そして、やにわに茂みのあたりから、がさがさという音が聞こえてきた。
そこにテイラーは飛び込んだ。
「貴様が、殿下を狙ったんだな!?」
「ぐ……」
そして、一人の男を連れてテイラーは茂みから出てきた。
「こいつは?」
「……やはりか。……殿下、すみません。こいつは私の元部下です」
そうテイラーは申し訳なさそうな表情で呟いた。
ここ最近の軍制改革により、多くの兵士たちを人員整理した。
特に、基礎的な学力を持たずに文字をろくに読めない兵士たちを大量に解雇したのだ。
(みんな、アデルのようにはなれないからな……)
学力がなくとも、アデルのような人当たりの良さがあるのであればしのげるが、そうでない兵士の方が多数派だ。
そんな彼らは、現在反乱分子として王国内で暗躍をしているという情報を掴んでいる。
……とはいえ、テイラーやマルシア達の活躍のおかげで反乱分子は弱体化され、後は数十名を残すだけとなっている。
……まあ、時には一人で千人を殺せる、魔導士がその中にいるのが問題なのだが。
そう考えていると、女騎士マルシアがテイラーに尋ねてきた。
「テイラー様。私がこの男を牢に連れていく」
「悪いな、マルシア……。くれぐれも、虐待などしないよう、看守に伝えておけ」
「は……」
そういうと、マルシアはその刺客を連れて地下牢に向かっていった。
そしてテイラーと私が残されると、テイラーは私に非難めいた眼を向ける。
「陛下、お怪我は?」
「あ、ああ……大丈夫だ」
「つーか俺、前から言ってましたよね? 今は危険だから、一人で王宮を歩かないようにって!」
……ああ、始まった。
私は元々テイラーから剣や格闘技の指南を受けていた。
だが、そのころから彼には『お説教癖』があった。
無論今回のように反論の余地もないような説教の時もあるが、機嫌が悪い時には『剣に魂がこもっていなかった』『王子にふさわしい言動ではなかった』など、言いがかりのような形で叱られることもざらだった。
「あのですね! あなたたち王宮の人は、俺たちの部下から相当不満買ってるんですよ! そんなことも分からないんですか?」
「あ、いや……すまない……その通りだな……」
「戦争が終わって体力も持て余した居場所のない連中が、どれほど怖いか分かってください! ったく……俺が王宮にいなかったら死んでましたよ、殿下……」
戦争による財政難もあり、ここ最近父上はかなり急進的な軍制改革を行っていた。
そのこともあり、特に反対派の過激な行動が増えていた。
……なるほど、恐らく母上が私を心配してテイラーを王宮に呼んでいたのだろう。
我々王族は、暗殺者から守ってくれる武官に、頭が上がらない。少なくとも、反乱分子を一掃するまでは。
だからこそ、サラにかけた横領の罪が冤罪だと気づいていても、父上も母上も咎めることが出来なかったのだろう。
「ま、精々気を付けてください。俺たちがいつまでも守ってられる訳じゃないんですから」
しばらくテイラーのお説教が続いた後、私はようやく解放された。
彼は、自分の仕事が自分の居場所を奪うことを分かっていて、私を守ってくれている。
……ストレスが色々な意味でたまるのは、当然のことだろう。
「すまなかった、テイラー」
「そういえば今日は殿下、サラにお会いしたそうですね」
「ああ」
「なんでも軍制改革にあの女を使うそうで……。ですが、現場知識もないようなものを使うよりは、やはり現場の兵士たちと距離の近い、マルシアの方がふさわしいかと」
確か彼は、噂では女騎士マルシアと恋愛関係にあると話を聞いている。
……そうか、同じく居場所を失いつつある彼女に仕事を振りたいという気持ちがあるのかもしれない。
まあ、その気持ちをサラ殿にも向けてやればよかったものをとは思うが。
「……そうだろうか……必ずしも現場の人間の声だけが全てではないと思ってな」
「はあ? そうですかねえ……」
……昔からテイラーは、自分より優秀な人間に嫉妬する悪癖があったのを思い出しながら、私は答えた。
「君も、サラ殿の優秀さは分かっているだろう? なればこそ、あえて外部の見識を取り入れる価値があると思ってな」
「それは一理ありますが……」
当然というべきかテイラーは不満そうな表情を見せた。
しかし、我が国の兵の損耗率や軍費は明らかに他国よりも高いものであり、その理由を今のような戦間期に行わなければならない。
「ま、それじゃ精々お手並み拝見ってところですかね。……とりあえず寝所に案内しますよ」
「ああ、すまない」
「まだ刺客がいるかもしれないので、私はあなたの部屋の前で不寝番をします。物音が経っても、お気になさらぬよう」
なんだかんだで、仕事はきちんとやる男だ。
テイラーは不満そうにしながらも、私の傍に立ち周囲を警戒しながらそう答えた。




