2-6 アデル編 花嫁姿のルチナの隣にいる姿は誰だと思うのか
「……はあ……」
俺はサラに届けた夜食の残りを片づけながらため息をついていた。
窓から外を見ると、綺麗な三日月が空を照らしていた。
(こんな夜は……義両親に引き取ってもらった時を思い出すな……)
戦災孤児だった俺は幼少期に、跡継ぎとして当時の義両親に引き取られた。
……だが、両親はルチナを産んですぐに流行り病で命を落とした。
そのため俺は、ろくに学校に行くことも出来ずに今の道具屋を必死で切り盛りしていた。
「はい、毎度あり!」
「フフフ、ありがとね、可愛い店主さん」
幸いだったのは、義両親は近隣住民から慕われていたこともあり、周りの人たちは俺たちを懇意にしてくれたことだった。
「アデル、久しぶりだね。今度さ、大規模なパーティがあるんだ。それでお前のところで野菜を揃えてほしいんだけど、構わないか?」
「ああ、勿論だ。行商の手配をしておくからな」
他にも幼馴染のベルトランの力も大きい。
まだ義両親が生きていた時にお忍びで街に来ていた時に知り合った仲だったが、単に遊び仲間としてだけでなく、こちらに仕事をちょくちょく振ってくれていた。
……しかも、そのことで友情が壊れないように、あくまでも『施し』ではなく、対等な立場の『取引先』として扱ってくれていた。
そのおかげで何とか店を切り盛りできていたが、戦争の終結が原因で大きく立場は変わった。
「すまないな、アデル。……最近は仕事がなくなってきたんだ」
「あはは、気にするなよ、ベルトラン。それよりお前の方も大変だな。……武官と文官の不仲のことは聞いてるけどさ」
戦争による特需がなくなったことで、俺の道具屋の経営は一気に傾いた。
……誰もが嫌がるはずの戦争がなくなったことで、道具屋の需要がなくなるというのも皮肉な話だったが。
だが、そんな折に王国から頼みを受け、サラを引き取ることになった。
(あれから、本当にあっというまだったな……)
そして数カ月で、サラはこの道具屋の経営を立て直してくれた。
正直、文字の読み書きすら怪しい俺には、サラのいう「マーケティング」という商売のやり方はよく分からない。
教会で勉強を頑張っているルチナは内容を理解しているようだが。
「それでね、明日はこんな感じで商品を売ろうと思うの!」
「ああ、凄いな、サラは!」
だが、彼女と一緒に夜に話をするのは楽しかった。
ルチナもサラと一緒に話をするようになって、以前よりも家でしゃべる量が増えてきているのが分かる。
そんな彼女に対して、俺はいつしか異性として惹かれているのが分かった。
(けど……俺が『それ』をいうのは卑怯だよな……)
正直、サラにはずっと一緒にこの道具屋に居てほしい。
そうすればきっと、毎日が楽しいに違いない。
……そのための方法は簡単だ。
サラに結婚を申し出ればいい。
離婚したことによって、この国の市民権がなくなったサラは、まともに家を借りることも出来ないはずだ。
だから、プロポーズすればサラは承諾する……否応なく。
(けどそれは……サラの弱みに付け込むことだからなあ……)
そもそも、俺はサラを幸せにすることが出来るのかというと、自信がない。
俺は学がない上元々頭もあまりよくないので、サラがいう『マーケティング』の技術も知識もない。
そのため、結婚したらサラの力に完全に頼りっきりになってしまう。
……それだったら、寧ろベルトランのように、俺よりも頭も性格もいい男と結婚したほうが、サラはお互いに高め合う関係になれるはずだ。
実際、サラは城から借りてきた資料をめくっているときには、少なからず生き生きとしていた。
彼女は本来、こんな道具屋で一生を終えてはいけないはずだ。
そう考えると、俺は気が滅入るような思いにとらわれていた。
「……お兄ちゃん、起きてるの?」
そんな風に考えていると、隣の部屋からルチナがやってきた。
寝間着姿で眠そうな目をしながら、俺の隣にちょこんと座る。
「ああ……サラに夜食を作ってやってたんだよ。……あいつ、頑張ってるからな」
「そうだったんだ……」
「眠れないのか、ルチナ?」
「うん……ねえ、膝に乗っていい?」
「ああ……」
今日はいつになく『甘えた』だな。
俺は膝の上にルチナを乗せて、頭を撫でた。
「サラが来てから、本当に毎日にぎやかになったよな……」
「うん。私もお姉ちゃんのこと、大好きだよ……」
「ああ……」
ルチナはそういいながら、俺に体を擦りつけてくる。
「けどさ……。お姉ちゃんは素敵すぎるからさ……お兄ちゃんとは釣り合わないよね?」
「ははは、だな……」
それについては自覚している。
そう思っていると、ルチナはくすくすと笑いながら答える。
「お兄ちゃんってバカだし、頭も悪いしさ……。ちょっと顔がいいこと以外はなーんも取りえないもんね? 私だけだよ、お兄ちゃんに甘える人なんてさ……」
「おい、そりゃ言いすぎだろ? ったく……」
朝元気なときだったら、こいつのほっぺたをつねってやるところだ。
だが、今はそんな気分じゃない。
「ま、可愛そうなお兄ちゃんにはさ。私がお嫁さんになってあげるから安心してよ?」
「あはは、そりゃありがたい。……ルチナがお嫁さんなら、俺も楽しいんだけどな」
ルチナがいつもの冗談を言っているのを見て、俺も思わず苦笑しながら答える。
だが、ルチナはこちらに目を合わせると、いつもとは違う口調でつぶやいた。
「……私は本気だから」
「……え?」
一瞬俺はびくりとした。
……だが、すぐにルチナはいつもの表情に戻り、
「なんてね! 冗談を真に受けるなんて、相変わらずだね!」
そう答えてきた。
なんだ、ただの冗談だったか。
……一瞬本気でびびった。
「ったく……。あまり兄ちゃんをからかうなよ?」
「フフフ、ゴメンね? ……お兄ちゃんが悩んでたから、元気になってほしくて、ついね」
なるほど、ルチナは俺を励ましてくれてたんだな。
……本当に俺にはもったいないくらいの妹だ。
「お兄ちゃん? 私もさ、今お姉ちゃんからマーケティングのこと色々教わってるから、安心して? お姉ちゃんが居なくなっても、このお店はしっかり守るからさ!」
「ああ、ありがとな」
……とにかく、今はサラがいなくなっても、道具屋をしっかりと切り盛りすることを考えないと。
そして、いつかルチナの花嫁姿を見守る。その時までは、少なくとも俺も頑張らないと行けないな。
「なんか、眠くなってきちゃった。……お兄ちゃん、ベッドまで運んで? 今日は一緒に寝よ? お姫様みたいに運んでよ、王子様……」
「ああ、しょうがないな……」
そういうと、俺はルチナをお姫様抱っこをしてベッドに運んだ。




