2-3 白手袋の女騎士、マルシアは利用されてもいいようです
「貴様……テイラー様から婚約を破棄されたはずだろ? なぜここにいるんだ?」
マルシアがそう尋ねてきたが、その質問に対してベルトランがずいっと前に出て答える。
「……すまない、私が呼んだんだ。彼女の『現代知識』を使って、軍制改革を行いたいと思ってな」
「なに?」
そういうと、ベルトランは兜を取った。
……その瞬間、周囲はざわついた。
だがそれは、彼の秀麗さによるものだけではなかったようであり、どこか怯えるような表情を見せていた。
だが、女騎士マルシアは怯えるどころか、どこか見下した様子で笑みを浮かべる。
「ほう、まさか王子様直々にこの娘を呼ぶとは思いませんでしたよ……」
え、王子?
その発言に一瞬驚いたが、ベルトランは彼女に対して一歩も引かずに答える。
「そうだ、私は彼女の才能に惚れたんだ。……彼女なら、きっとこの国をいいものに変えてくれる。そう思ってな」
「……え?」
私が戸惑っていると、ベルトランは申し訳なさそうに私に伝えてくれた。
「すまない。……私の本当の立場は、アルドラン王国の皇太子だ。ベルトランという名は偽名ではないがな」
「えええええ!? そ、そうだったんですか……?」
私は思わず驚きながらも、ベルトランの方を向く。
「じゃあ、ひょっとして私があのアデルの道具屋に雇われたのはやっぱり……」
「そうだ。王国にいた時から、あなたの非凡な才能については私の耳に入っていた。……だが、それを証明する方法がなくてな。父上、母上と相談したうえでアデルに頼んで、あなたを雇って貰ったんだ」
それ自体はおこがましいようだが、おおむね予想通りだ。
意外だったのは、ベルトランが王子であったことだ。
「それじゃあ、アデルと幼馴染っていうのも……」
「いや、それは本当だ。……こんな依頼を頼めるのは、あいつしかいなくてな」
なるほど、やはり私は陛下や王妃様のおかげで今の『スローライフ』を得たということか。
であれば、猶更この依頼を断るわけには行かなくなったな。
そう思っていると、マルシアが怒りを込めた目で睨んできた。
「フン、王子様の威光を借りてこの王国の文官として返り咲くつもりか?」
お忍びとは言え、軍内に来ている王子様に対してもこの態度をとって、不敬と裁かれないのか。
この世界の王族は、いわゆる『絶対的権力者』じゃない。
……もしテイラーがやったような『一方的な婚約破棄』など行ったら、翌日に『病死』してしまうような、か弱く周囲に翻弄される存在なのだろう。
そう思うと私は、心の中で少しベルトランに同情した。
「別にそんなつもりはありません。今回はたまたま、手を貸すようなものです」
正直、私は今の道具屋での生活をずっと続けられればいい。
……とはいえ、私の立場は元々『仕組まれたもの』だった。そのため、アデルがいつまでも店にいていいというとは思えないが。
だがマルシアはそうは思ってないようだった。
私の胸倉を掴みあげ、白手袋越しに力を込めながら睨みつけ、私の胸倉をつかみあげた。
……さすが、腕力だけは英雄並みだ。
私の体はやすやすと持ち上げられ、吊り上げられた状態となった。
「や、やめて……ください……」
「何をするんだ、マルシア!」
「いいです、王子……今はまだ……!」
ベルトランは私の間に割り込んで止めようとしたが、私はそれを制した。
何がこの女は気に入らないのか、はっきりさせたいと思ったからだ。
「フン! どうせ貴様、軍内で権力を身に着け、それを餌にテイラー様にすり寄るつもりだろう!? どうせ、まだテイラーに未練があるのだろう?」
……この女は何を言ってるんだ?
あの男、テイラーはろくでもない奴だった。
冤罪を擦り付けてきたうえに、そもそもあんたと浮気していたことくらい想像がつく。
正直、未練なんてさらさらない……というより、もう国政には関わりたくないくらいなのに。
マルシアは、怒り……というより、これは恐怖? のような感情とともに涙を眼に溜めながら私に叫ぶ。
「言っとくがな……! テイラー様は渡さない……絶対に……絶対にだ! ……私には、あの方が必要なんだ!」
……ああ、やはりこの女もテイラーの『メサイヤ・コンプレックス』の餌食になったのか。
彼はこうやって『自分を必要としてくれる女』を作る、いわゆるメンヘラ製造機なんだろうな。
そのことを思うと、私はこの女にどこか同情する気持ちになった。
喉がしまって苦しいが、それでも私は答える。
「あ……あなたは、あの男の自己満足に利用されているだけよ……そんな男に、執着する価値なんてないわ……」
だが、その私の言葉を聞いて、彼女はますます怒りを帯びた口調で叫ぶ。
「だからなんだ? ……私が利用されている? 彼に? 望むところだ! いくらでも利用してくれ!」
「え?」
「私に利用してもらえる価値があるのなら本望だ! いくらでも、骨までしゃぶりつくしてくれればそれでいい!」
そのマルシアの眼には、凄まじい憎悪の光が灯っていた。
……だがそれは私に向けられたものではない?
まるで、私だけでなく世界そのもの……いや、テイラー以外の世界そのものか……を恨んでいる、そんな気がしたが、恐らく彼女がここで口にすることはないだろう。
「テイラー様だけなんだ……! 彼がいなかったら、息子は……!」
彼女は更にぎりぎりと私の喉元を締め上げる。
正直、この腕力は想定外だ。
……私の意識が遠のいてきた、その時。
「もういいだろう、マルシア? ……それ以上私の大事な客人にてを出すのなら、許さん」
「……くそ……失礼しました、王子様」
そういうとマルシアはようやく手を下ろしてくれた。
……ベルトランも、武官が相手でも引いたりしないんだな。
そう思うと、私は少し彼に好意を持った。
「とにかく、私は王国に戻るつもりはないのでご安心を。行きましょ、ベルトラン?」
「え、サラ? その……ち、ちょっと待ってくれ!」
私はそう思うと、ベルトランの手を引いて兵舎に向かうことにした。




