2-2 本当に歴史を変える発明は『掃除機』より『針金』だ
「ダメだダメだ! なんだ、その『けぶらー材』ってのは?」
兵舎ではすでに先客がいたらしく、一人の男が受付の男と何やら騒いでいた。
男のほうは、何やら白衣を身にまとった『現代日本の研究員』といった様子だ。
「あ、いや……いわゆる化学繊維のことで、それがあれば防御力の高い鎧がすぐに作れるんですよ!」
「だから、そのための原料はどこで手に入れる? 工場は? 人件費は? 兵士に揃えるだけの資金は足りるのか?」
「えっと、その……」
「貴様ら『転移者』はいつもそうだな! 頭でっかちで、出来もせん大ぼらばかり拭く! 自分を神か何かだと思っているのか?」
その様子を見ながら、私は尋ねた。
「あの……あの人は何をしているのですか?」
「ああ……どうやら彼も、兵装の刷新計画に呼ばれたみたいだな。……だが、うまくいっていないようだ」
「そうみたいですね……」
この大陸では、確かに『転移者』の存在は稀ではあるが、決して私以外にもいないわけではない。彼もその一人なのだろう。
その男はさんざんに罵倒された後、すごすごと帰っていくのを私は少し同情的な目で見送った。
「まったく……転移者どもはこれだから……」
そんな風にぶつぶつと言っている兵士にベルトランは兜を更に目深に被り、尋ねた。
「少し良いかな?」
「なんだ?」
「新しい兵装の件で、新しい人材を見つけたんだが……」
「……へえ。……まさかとは思うが、また転移者か?」
「すまないが、そうだ」
そういうと、その兵士はまた大きな声で『はああああ……』とため息をつく。
「やめてくれよ、正直もう転移者の相手は嫌なんだよ」
「どうしてだ?」
「あいつら、異世界から来たとかいうけどよ? ……正直、頭でっかちでできもしないアイデアばっかりだしやがる!」
そんな風に兵士はイライラを募らせるような表情で呟いた。
「どんなアイデアなんだ?」
「まず先月うちに来た奴はさ。『じょうききかん』とかいうのを作れば騎兵はいらないとかほざくんだぜ?」
(蒸気機関、ねえ……)
大体その話の落ちは読めた。
「けどよ。……狂いのない左右対称の車輪や、蒸気が漏れないピストン、何よりパイプを大量生産する技術がどこにあんだよ!?」
「ああ……あれは酷かったな。そもそも『せきたん』とかいうものが、どこにあるかも分からないのだからな、我々は」
軍内ではどうやら有名な話なのか、ベルトランも呆れたように呟く。
それに呼応するように、隣にいた鍛冶屋と思しき中年男性も不服そうに答える。
「次に来た奴はさ。『ひなわじゅう』を作りたいって行ってたけどよ、あれも酷かったよ。設計図を見せられた時、ぶん殴ろうかと思ったくらいだからな」
「ああ……。火縄銃の材料に必要な『ねじ』……そして『ねじ穴』とかいうやつが、相当な熟練工でないと作れなかったんだったな。彼らの世界では簡単に手に入るもののようだが……」
そうなのだ。
私もこの世界に転移したときには『現代知識無双』をやってみたいと思っていた。
だが、そもそも論としてこの世界には基礎技術もインフラも足りない。
たとえば『掃除機』。
転移した直後、私はこの開発をやりたいと思っていたが、実際には材料のモーターに用いる『銅線』や、『交流電源』『精巧なプラスチック細工』といった技術を魔法で代替することがどうしても出来なかった。
仮に出来たとしても、それを量産化するためには膨大な数の工場と人員が必要になるだろうし、それらをそろえるには軽く見積もって100年はかかる。
そもそも掃除機なんかよりも、そのモーターの材料になる『針金』を作る技術のほうが、何百倍も画期的な発明だ。
それさえ作れれば『鉄条網』という、魔力不要で何年も持つ簡易結界を作れるわけで、牧場から戦場まで需要はいくらでもあるのだから。
(改めて考えると、掃除機一台作るのにも、ものすごい数の工場が必要なのね……。そういう基礎技術が揃っているのに掃除機抱けない世界って『カレールーがあるのにカレーだけ発明されてない』状況みたいなもの……ありえないわよね……)
実際私も、この世界で役に立たせられたのは『マーケティングスキル』だけだった。
……まあ『この時代でも通用する現代知識』を持っていただけでも、私は先ほどの転移者よりは幸運だったのだが。
いずれにせよ、あの雰囲気では私の出番はなさそうだ。
どうやら話がついたらしく、ベルトランは戻ってきた。
「あの、ベルトラン? ……私、およびじゃないならその……帰りましょうか?」
「いや、一応話だけでも聞いてくれるそうだ。……とはいえ、兵装のプロトタイプを見せてから、ということらしいがな」
なるほど、知識だけではなくまずは結果を示せ、ということか。
「幸い、私にも知り合いの鍛冶屋がいる。代金や基礎的な採寸といった細かい部分については私が受け持つから、あなたはアイデアだけ出してくれればいい」
……なるほど、つまり私に必要なのは『現代知識』による、何らかの『発想の転換』に必要なアイデアだけということか。
「……分かったわ。力になれるといいんだけど……」
「すまないな。……それで、まずは何をすればいい?」
であれば、まずは現場の声を聞いてみたい。
そうベルトランに伝えようとしたが、
「き……貴様は!」
そんな風に言って、憤怒の表情とともにこちらを睨みつける女がいた。
……確か、名前はマルシア。
離婚騒動の際に、テイラーの傍に寄り添っていた女だ。




