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第3話:隣のあいつは絶滅少女

 普段の奥ゆかしい彼女からは考えられない衝撃的な言葉に、亜紀良は硬直した。

 傷は癒えたと言えど、飛びついてきた彼女に押し倒され、亜紀良は抵抗することが出来ない。

 力が女子とは思えない程に凄まじく、振り払えないのだ。おまけに鉤爪が腕に食い込んでおり、今度は本当に出血している。


「ま、待て、てるてる、どういう……!?」

「理由なんて無いよ。作りたくなったんだもん。アキ君との子供♡」

「いやいやいや、おかしいおかしい!! そうはならねーだろ!!」


 流石の亜紀良も、彼女の言葉の意味、そしてそれが指し示す行動の行き着く果ては理解していた。今自分は──完全に女性上位で犯されそうになっているのだ、と分からされている。

 だが、問題は相手がよりによって幼馴染の照であることだ。

 普段全くと言って良いほど性的なものに疎く、むしろ拒絶反応すら示す彼女が──今は、男を誘う扇情的な顔で亜紀良に迫ってきている。

 子供を作る行為に──誘っている。


「体、熱くなってきちゃった……あたし、アキ君のタマゴ産みたいよ。ずぅっとずぅっと、アキ君と子供作りたかったんだよ?」

「落ち着け!! 人間は卵生じゃねえ、胎生だ!! いや待てよ? 今のお前、そもそもどっち──」

「──くす。見てみる? あたしの身体、今どうなってると思う?」


 そう言って彼女がスカートを捲ったので亜紀良は顔を横に逸らした。ギリギリセーフ。


(まさかこれはアレか!? 激しい戦闘の後に生存本能と生殖本能が高まるっていう野生生物特有のアレかッ!? マズい!! 人間は理性があって初めて人間なんだ、そこをかなぐり捨てたら動物と変わんねーんだよ、てるてる!!)


 流石に古田 亜紀良という少年は冷静だった。こんな非常事態時でも冷静に幼馴染の身体に起こった異常を分析している。問題は分析したところでこのままだと腕力で総て捻じ伏せられてしまう点だ。


「ねえ、アキ君。アキ君は恐竜にしか興奮しない変態さんなんだよね」

「待ってくれ!! 人聞きの悪い事を言うんじゃねえ!! 俺の守備範囲はもっと広い!!」


 そんな事を言っている場合ではない。


「そも、今此処で一線超えたら俺達は終わる!! 具体的に言えば社会的に終わるーッ!! 折角危機を乗り越えたのに、バッドエンドになっちまうーッ!!」

「いっつも化石や恐竜見て”エッチだ……”って言ってるけど、今のあたし、興奮する? エッチかな?」


 正直、擬人化は守備範囲の外だと言ったら爪で引き裂かれそうなのだが、此処は方便でも「はい」と言った方が良いのか、それともこれ以上の事態の悪化を避ける為に勇気を出して「いいえ」と言うべきか亜紀良は本気で迷った。

 故に。


「スピノサウルスの帆が描く曲線の方がエッチかな!!」

「は?」

「ごめんなさい、殺さないで下さい」


 割とガチトーンで殺気の籠った「は?」が帰ってきて亜紀良は縮こまった。

 そもそも、幾ら変態と言えど、亜紀良も年頃の男子高校生なのだ。幼馴染が馬乗りで扇情的な格好で、そして発情した顔で迫ってきて何とも思わないわけがない。

 そんな事構わず、照は制服のリボンを外し、胸元のボタンも開けて亜紀良に迫る。


「もー怒った!! こうなったら力づくだよ!!」

「最初っから力づくだっただろが!! これ強姦だよ!! 逆レイプなんだよ!!」

「男の子かなぁ、女の子かなぁ。どっちに似るのか、今から楽しみだよ、玉のように可愛い赤ちゃんだよきっと」

「やーだ、この子幸せ家族計画を立ててるんですけど、気が早いなァー!! 今の俺にそんな甲斐性はねェんだよッ!! ……うん?」


 その時だった。

 恍惚とした表情の彼女の背後に──何かが迫っている。


「ッ──!! 照!! てるてる!! 後ろ!! 後ろーッ!!」

「後ろ? 後ろが良いの? それじゃあ──」

「違うーッ!! 後ろを見ろーッ!!」

「もー、何なの。後ろって──」


 大顎。それが彼女に向かって開かれていた。

 

 


「……コイツの事?」

 



 それを辛うじて、照はあの大きな腕で防ぎ、弾き飛ばす。

 さっきのトロオドン達も体高は人間の子供ほどで十二分に大きく感じられたが、今度はそんなものではない。

 亜紀良を守るように腕で庇いながら、彼女は突如現れた黒い影を睨み付ける。

 最初は大きな顎のみの姿をしていたそれは、徐々に首、胴、手足、尻尾が伸びていくのだった。

 尻尾を含めた全長はおよそ10メートル。体高は2.5メートル。成人男性を優に超える大きさだ。

 故に、まだ恐竜というものに馴染み深くなかった当時の人々はその骨に名付けたのである。




 ──巨大なトカゲ……”メガロサウルス”と。




「アロ? いや、違う……獣みてーなスリムなノズル、ありゃメガロか……!?」

「メガロ?」

「いや、正直似たりよったりで、骨格見ねーと断言出来ねーけど……多分メガロサウルス!! 世界で初めて発見された獣脚類だ!!」


 そして、現存する化石の骨格を概ね丸々記憶している亜紀良は、黒いシルエット状の姿で自信こそ無いものの、それをメガロサウルスのものだと言い当てるのだった。


「気を付けろ!! メガロは大型獣脚類だ!! さっきのトロオドンなんかとは訳が違──」

「何……? アキ君とあたしを邪魔するの? ……殺すね!!」

「あ、大丈夫そー……なのか?」


 忠告を聞く前に再び地面を蹴り、力任せに腕を振り被り、そして頭目掛けて振り下ろそうとする照。

 しかし、メガロサウルスはそれを野球のボールでも撃ち返すかのように彼女の頭を的確に振り払い、そして地面に転がせるのだった。


「がはっ、ごっ……!!」

「てるてる!! ああ、秒殺だ言わんこっちゃねえ……!!」


 すぐさま、這う這うで亜紀良は照の下に駆け寄り、抱き起こす。正直、内心


「あ、あんまり、痛くない……うう……」

「てるてる? 大丈夫か、しっかりしろ!! 派手に打っただろ……!!」

「……あたしは、ヘーキ……!!」


 彼の手を借りながら立ち上がり──彼女は少しだけ、いつものようにふにゃりと笑った。生来の落ち着きを取り戻しつつあるようだった。

 そのまま彼女は亜紀良を抱きかかえながら、メガロサウルスの猛攻を躱していき、後ろへ退避していく。


「ねえ、アキ君……」

「何だよ……!! ヘーキなのかよ!? そんなに動いて──」

「痛くないんだ。本当に恐竜になっちゃったみたいで……だから……今度はあたしがアキ君を守るよ」

「バッキャロー、カッコつけんな! それなら俺もお前を最大限サポートする」

「……そうだね。あたし、バカだから……難しい事分かんないから」

「なぁに、俺に任せとけ。あいつはデカい。デカくてパワーも強い。だけど、尻尾の軌道さえ読めれば……一気にあいつの背後を取って回り込めるはずだ。さっきのトロオドン達、鬱陶しかっただろ」

「う、うん。でも振り払われないかな」

「あいつの前脚……つまり手だな。体の割に小さくて、ラプトルやトロオドンみたいな器用な使い方は出来ねーんだ。お前とあいつの違いはそこだ!! 一回組み付けば、ずっとマウントを取っていられる!!」


(それに、てるてるはメガロサウルスに撥ね飛ばされて、あの程度のダメージだった。トロオドン達も、全く相手にならなかった。羽毛が生えてたからデイノニクスか何かだと思ってたけど、もしかしてあの特徴的な爪と言い、今照の中に宿ってる恐竜の力は──)


 ラプトルと呼ぶにはあまりにも荒々しすぎる。

 しかし、只の肉食恐竜として見るには、その大きな爪はノイズだ。

 敵はハッキリと恐竜の姿で現れている。しかし対する照には何の恐竜の力が宿っているのだろう、と亜紀良は考える。考えた時、当てはまる恐竜の数はあまりにも限られてくる。


「良いか、てるてる。怯むなよ。俺の仮説が正しけりゃ……」


 ぽそぽそ、と耳打ちした彼に対し、照は──自信満々に笑みを浮かべてみせた。また、先程のような好戦的で野性味溢れる表情だ。


「うん、大丈夫……って事だよね」

「ああ。思いっきりかましてやれ!!」


 再び彼女は弾丸のようにメガロサウルスに向かって飛び込む。

 然程運動が得意でないはずの彼女は、戦いの中で次第に自分の身体運びを覚えていった。


(尻尾、邪魔……でも!!)


 急に生えてきた尻尾でバランスを取り、前傾姿勢になって体を低く倒す。

 そうしてる間に、メガロサウルスが巨大な尾を振るい、照を弾き飛ばそうとするが──


「ていっ!!」


 ──思いっきり彼女は跳躍。恐竜の巨大な身体では決して成し得なかった芸当。メガロサウルスの尻尾を曲芸のように避けてみせたのである。

 そして、メガロサウルスの頭部目掛けて思いっきり鉤爪を振り下ろそうとする。

 しかし、敵も体が柔らかく、すぐさま大顎を開けると照の腕に喰らいつくのだった。




「──ッ!!」




 抉られるような痛み。そして、黒い靄が彼女の腕から溢れ出す。

 しかし──それでも、彼女は止まらない。思いっきり全体重を噛まれた右腕に掛ける。




(怯むなよ。俺の仮説が正しけりゃ……お前はアイツと同じ《《大型獣脚類》》!! 膂力で負けるなんて事ァ有り得ねーんだよ!!)


「あたしは……アキ君を、信じるよーッ!!」






(その名は……”テリジノサウルス”!! 何に使ったかも分からない巨大な爪を持つ、大型獣脚類界の異端児だッ!!)




 まさに三枚おろし。

 腕の力と体重だけで、照はメガロサウルスの下顎を引き裂き、喉まで剥がしてみせる。

 黒い恐竜からは大量の靄が噴き出し──そして次第に形が保てなくなったのか、消滅するのだった。

 そして──標的が最期を迎えたのを確認し、照は憑き物が落ちたかのように膝から崩れ落ちる。


「ははっ、やった……やったよ、あたし達、生きてる……生きて……」


 鱗が消える。尻尾も元通りの尾てい骨に収まっていく。

 羽毛は抜けていき、後に残るのは──”自称”平凡少女の霧島 照、ただ一人だけだ。

 そして、気絶するように寝てしまった彼女を、亜紀良は後ろから抱き留めるのだった。


「ったく、暴れるだけ暴れて寝やがって……でも、一件落着……なのか?」


 辺りを見回す。人の気配はない。静まり返っている。

 結局、あの黒い恐竜たちはなんだったのか。そして、照の身に起こった異変は何なのか──分からない事だらけだ。


「それにしても何だったよ、マジで……」

「どうやら、新たに目覚めたようですね。……絶滅少女が」

「え……?」


 気が付けば──彼女は当たり前のように、亜紀良の傍に立っていた。彼は驚いて腰を抜かす。

 しかし、今度は黒い恐竜ではなく、むしろそれとは真逆の真っ白な制服に身を包んだ色素の薄い肌の女性だった。

 その目は昏く、機械のように無感情で──そして、凡そ期待を裏切らない事務的な声で彼女は名乗る。




「……お初にお目にかかります。私は朱尾しゅび ツバサ。監察機関”シノニム”の者です」



  

 恭しく礼をすると、少女は亜紀良に向かって名刺を渡した。

 何のことかさっぱりの彼は目をぱちぱち、と瞬きさせることしか出来なかった。


「え、えーと、もしかしてアンタたち、何か知ってるのか!? 黒い恐竜とか、俺の幼馴染の身体の事とか──ッ!!」

「四の五の言わず、私についてきていただけますでしょうか? そこの寝ている彼女も連れて」

「あ、有無も言わさない感じなのね……従いまーす……」


 気が付けば、グラウンドには巨大な飛行艇のようなものが音を立てて着陸していた。見たことが無い機種であり、機体番号すら確認できない。

 ”シノニム”が公には明かされていない組織であり、それなりに大きな財力を持つことを示していた。逆らう気など、亜紀良は最初から失せていた。

 ツバサと名乗った少女は、亜紀良の手を取る。とても細く、掴むと硝子のように割れてしまいそうだった。気絶している照は、係の者が担架に乗せて運んでいく。亜紀良の腕は──鋭い爪に組み付かれたことで血まみれだった。


「酷いケガですね。中で手当てしながら話しましょう」

「馬鹿野郎。俺の事は良い。てるてる……えーと、そこの俺の幼馴染の方がよっぽど頑張ったよ」

「随分と肝が据わってますね。そんなところもそっくりです。データ通りですね」

「あ?」

「5年前に失踪した……古田博士に」


 それを聞き、亜紀良は気色ばんだ。


「君、父さんの事、知ってんのか!?」

「ええ、知ってますよ──沢山ね。と言っても私は直接会った事はありませんよ」


 飛行艇に亜紀良を迎え入れたツバサは──無表情ではあるものの何処か得意げそうに言った。


「──貴方がこうして、絶滅少女と共に最初の試練を潜り抜けたのも何かの縁かもしれませんね」

「……父さんのこととか色々聞きたい事はある。だけど先ず何なんだよ、その絶滅少女って縁起でもねぇ名前は」

「単純明快です。絶滅動物の力を宿し、目覚めた少女たち」

「そのまんまじゃねえか」

「そしてもう1つ──”人類の脅威を絶滅させる”使命を帯びた者達」

「人類の脅威……?」


 亜紀良の脳裏に過るのは、先程自分達を襲った黒いメガロサウルスだった。

 



「私達”シノニム”はこの二つの意味を込めて、彼女達を”絶滅少女”と呼んでいるのです」




 ※※※




「う、あう……」




 白い天井で照は目を醒ました。

 ぼんやりとだが、覚えているのは──黒い恐竜たちが襲って来た事。そして、亜紀良を守ろうとした瞬間に、意識が吹き飛び、身体の中から何かが溢れ出してきたような感覚を覚えた事だ。

 そして次に襲ってきたのは、猛烈な殺意。

 自分が自分ではなくなってしまったかのような感覚。自分の中から、知覚していないもう1人の自分が暴れていたかのような気分だったことを思い出す。


「……あたし、どうしたの……どうなったの……? アキ君は……?」


 爪は元に戻っていた。

 頬を触れば鱗らしきものも生えていない。

 だが、問題は此処が何処か分からない。記憶を辿る──


「生きてるってことは……あたし、戦ったの……アキ君を、守る為に……?」


 そして。

 その後に過ったのは──




 ──ねえアキ君──子供……作ろっか♡




 顔が真っ青になっていく。

 記憶がハッキリと思い出される。自分が何をしでかしたのか、全部蘇ってくる。

 

「あたし、とんでもない事をアキ君に言っちゃった気がする──ッ!? ってか、やっちゃった気がする!!」


 具体的に言えば──乙女の最大の危機であった。




「うわーん、絶対引かれた!! こんなんだったら、死んだ方がマシだったよーッッッ!!」

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