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第2話:黒い恐竜

 ※※※



「忘れ物探しに来たって言ったら、警備員さん、あっさり校舎に入れてくれたぜ」

「ねえねえねえ、やめようよ、やめとこうよアキ君」

「うるせーうるせー、最初から着いて来いだなんて言ってねえだろが」


(だって、あたしが居ないとアキ君、絶対に帰って来ないんだもん……!! もしそうなったら大騒ぎだよぉ!!)


 まー恐竜なんて居なくっても、実際は逃げ出したペットの大型トカゲだろーな、とか言いながらも亜紀良の鼻からは赤い雫が垂れていた。この男の守備範囲は無駄に広く、古生物だけではなく爬虫類全般も含まれる。無敵かコイツは。


「ほ、ほんとに恐竜だったらどうするの!?」

「現生爬虫類の中にも、二本足で直立する奴はいるだろ──恐竜な訳があるかよ」

「ねえそれ知ってる!! 水槽に前脚かけないと直立出来ないヤツだよ!!」

「個体によっちゃあ、二足歩行できるヤツもいるだろ多分、ネットで見たことある」

「そーなの!?」

「どっちにしても見間違いに決まってら。バスケ部員の行方不明とたまたま時期が被ったんだろ。それよかデカいトカゲを捕まえて、じっくり観察♡ しないとな」


 そんなわけで「トカゲちゃーん!! おいでぇー!! 怖くないよ、家族になろうねェーッ」とか宣っている亜紀良が一番怖い。


「ねえ、トカゲを見つけたらどうするの?」

「抑え込むしかねーだろ」

「素手で!?」

「いやまあ、噛まれたら大変だし、警備員さんに事情話して刺股でも貸してもらうとかじゃね。どっちにしたって現物確認できなきゃ、協力は仰げそうにねーし。家の鍵落としてたから探してたらたまたまデカいトカゲ見つけちゃいました……よし、これで行こう」

「そうやってホイホイ息を吸うようにウソを思いつく……昔っから無駄にずる賢いんだから」

「人聞きの悪い奴!! ウソも方便だね! 適度に活用しなきゃだ」


 そんなわけで、問題の体育倉庫の周辺に亜紀良は立ち寄っていた。

 この学校の中でも一際古びた建築物であり、辺りは鬱蒼とした木々に囲まれている。近くには隣接した林があるからだ。

 しかし、林は既に警察による「KEEP OUT」──立ち入り禁止のテープが張ってある。


「前から思ってたけど、如何にも管理が行き届いてなさそーな場所だな。もしかしなくても普通に誘拐されたんじゃあねえの、行方不明のバスケ部員は」

「うん。でも、あの林からは何にも見つからなかったみたい。外部から人が入った痕跡一つ……見つからなかったんだって」

 

 それどころか、早々にこの辺りでの捜査を打ち切っちゃったみたい、と照は続ける。不自然なほどに、警察の捜査の切り上げは早かったらしい。


「まるで、触らぬ神に祟りなしって言わんばかりだよ……」

「……なあ」

「? どしたの」


 気が付くと、亜紀良は地面に這いつくばっていた。そして、砂の地面についた痕跡の一つを注意深く見つめていた。


「……足跡がある。まだ新しい」

「え?」


 それは、大きさ凡そ25cm程度。人間のそれとさして変わらないサイズ。

 問題は指が三つに別たれた特徴的な形状をしていることだった。


「……これって何? 鳥の足跡……?」

「鳥か? にしちゃあ大きすぎる……もし、このサイズの鳥が居たならダチョウか何かだ」

「じゃあ、逃げ出したのってトカゲじゃなくてダチョウなの!? 動物園から逃げたとか?」

「そんな話は聞いてねーけど……問題は、現生するダチョウは、足の指が二本。デカい中指と退化した薬指しかない。つまりこいつはダチョウじゃない。近いのはエミューだな」

「エミューって?」

「オーストラリアの飛べない鳥さ。体長は2メートル程度。ヒクイドリ科だけど、ヒクイドリと比べても格段に危険は少ねーよ」

「く、詳しいんだ……」

「鳥類は恐竜に最も近い末裔だからな。自然に詳しくなるってもんだぜ」

「鼻血を垂らしてなかったらカッコ良かったよアキ君」


(にしちゃあ微妙に形状が違う気もするが……しかも、足跡の主は一つだけじゃない。此処に集まっていたのか? 何匹も?)


 照を不安にさせないために敢えて伏せたが──見れば見る程、疑念は高まる。

 おまけに足跡は新しく、先程までこの辺りに集まっていたということだ。しかし、今に至るまで亜紀良たちはあの目立つ外国の姿を一度も見かけていない。エミューは飛べない上に大人しい鳥だ。

 居るのならとっくに見つけていてもおかしくないのだ。

 そもそも、こんな所にエミューが逃げているのが不自然ではある。大方、大学などで飼っているものが逃げ出したのかもしれない、と自分を納得させた亜紀良だったが──視線の先に黒い羽根が落ちている事に気付く。


「ん……? なんだこれ、烏……いや、この足跡のヌシの羽根か?」

「どうしたの?」

「いや、エミューの羽毛じゃねえなって思って。かと言ってカラスのそれにしちゃデカ過ぎる」


 拾い上げた羽は、黒ずんだ色をしており、更にエミューのそれにしては大きく、太い。

 更に──それを夕陽に翳すと──まるで炭化するように消えてしまうのだった。


「え? 何で……!?」

「おいおい、どうなってやがる。陽に翳したら無くなった……? 作り物? じゃあ原料はなんだ? 足跡とは無関係だったのか……?」


 明らかに何かがおかしい、と亜紀良の中で疑惑が確信に変わっていく。なまじ生物学の知識があるだけに、不自然に消失した羽毛、そして現生のエミューの特徴に近いようで──実は微妙に異なっている足跡。

 自分達は見てはいけないものを見てしまったのではないか、と考えてしまったその時だった。




「なぁにしとるんじゃぁー?」




 びくり、と二人は肩を震わせて振り返る。

 そこに立っていたのは──担任のおじいちゃん先生であった。彼は不思議そうに二人の顔を見回すと怪訝そうに言った。


「おん? 落とし物でも探しとるんかのう?」

「な、何だ、先生か。驚かせんなよ……」

「ほほほ、生徒はさっさと帰る事になっとるはずじゃぞう」

「ごめんなさい、鍵をこの辺で落としちゃったみたいで。すぐに帰るので」

「ほうか、ほうか、気を付けなさいよ。……先の神隠しもあるからのう」


 何処か不穏そうに言うと、先生は踵を返して立ち去ってしまう。

 どうやら、まだ校舎に残っている生徒がいるのを見て、声を掛けに来ただけらしい。緊張の糸が解けたのか、二人は同時に溜息を吐き、地面にへたり込んでしまう。


「ったく、マジで見回りに来ただけかよ、今道のじいちゃん……」

「良かったね……先生で」

「はは、もし相手が生徒指導の鬼瓦だったら、俺達不純異性交遊の疑いで停学だったかもな」

「恐竜より怖い事言わないでよ……もう」

「……てるてる、やっぱお前帰れ」

「え”」


 いつになく真剣な表情で言う亜紀良に、戸惑いを隠せない表情で照は首を横に振った。


「な、なんで!?」

「……なんか危ない予感がする。俺一人で調べるから、やっぱお前は帰れ」

「で、でも……!」

「お前を危険な目に遭わせられない。なーんか……フツーじゃない」


 敢えて言葉を濁す亜紀良。何かに勘付いているが、確信を得られていない。だが一つだけ言えるのは、エミューなどとは比べ物にならない「危険」な匂いがこの辺りに漂っていることだった。それに幼馴染を巻き込むことは出来ない、と判断したのである。


「……ダメ! アキ君、あたしが居ないと家に帰らないもん!」

「あのなぁ。俺がこれで何かあっても自業自得だけど、もし万が一お前が危険な目に遭ったら……」

「アキ君が危ない目に遭うのも、あたし嫌だよっ!!」


 ぎゅっ、と両手で亜紀良の手を握り締める照。

 しかし──「痛っ」と亜紀良が声を上げたことで、思わず手を離すのだった。

 朝切ったばかりの彼女の爪は、もう既に人の肌に食い込む程度には伸びていた。


(いけないっ……もうこんなに……)


「ッ……ご、ごめん! ちょっと、爪の手入れ、忘れてたみたいで」

「……お前が? あんなに普段、ネイルに気ィ遣ってるのに?」

「とにかくっ!! あたしはアキ君についていくよ」

「……分かったよ。俺も帰る」

「!」


 諦めたように亜紀良は両の手を挙げた。


「……おかしいことばっかで、ちょっと熱くなってた。これ以上首突っ込むの、ヤバそうだ」

「……ごめん、なんか邪魔しちゃったみたいで」

「バーカ、邪魔だなんて思った事ねーよ。俺がなんかやらかしそうになった時、いっつも止めてくれるの、てるてるだろ」


 わしゃわしゃ、と照の髪を掻きまわすと──何処か気恥ずかしそうに亜紀良は言った。


「……化石バカだとか、秀才だとか、そういうのを抜きで俺の事たった1人の幼馴染で見てくれるのは、お前だけだ」

「アキ君……」

「取り合えず、今日見た事は全部忘れようぜ。なーんか、すげー嫌な予感がする。フツーじゃない」

「……アキ君、なにか心当たりがあるの?」

「ないわけじゃあ……無いんだけど」


 ポリポリ、と頬を掻いた亜紀良は照の手を引っ張る。とにかく今は学校から出るのが先決だ。空はもう暗くなりかけているのに烏の鳴き声一つしない。不気味なほどに静まり返っている。

 だが、そんな静寂は一瞬で破られた。


 


「ギャァァアアアアアアアアアアアアアアアアーッッッ」



 

 二人は寒気立ち、すぐさま悲鳴の聞こえた方を見た。老いてしゃがれた声だ。

 

「今道のじっちゃんか!?」

「行こうッ」

「あ、待てよてるてる──」


 すぐさま彼が先程立ち去っていった方へ駆けるが──


「ッ!?」


 二人はそこで立ち止まる。

 そこに待っていたのは──三匹ほどの真っ黒な、鳥とも爬虫類ともつかない生き物が、何かを貪り食っている姿だった。 

 そして、彼らが貪り食っている獲物からは赤黒い血の代わりに、黒い墨のようなものが溢れ出している。


「なにこの、バケモノ……!?」


(特徴的な羽毛の生えた前脚、鳥みたいな後ろ脚、んでもって尖った顔、ヴェロキラプトル……いや前足が小さい、ありゃトロオドンか……!?)


 ごくり、と亜紀良は生唾を飲みこんだ。

 あれほど憧れた恐竜だというのに、いざ目の当たりにすると全くワクワクも感動も湧かない。

 そればかりか、襲い掛かるのは純然たる恐怖。目の前のそれが、絶滅した恐竜そのものではなく──恐竜の形をしたおぞましい怪物であることを聡い亜紀良は察してしまっていた。


(鼻血すら出て来ねえ……!! 俺、ビビってんのか!? 恐竜の姿はしてるが……ありゃあ、この世の生き物じゃねえだろ!! 絶滅したから、とかじゃなくて……もっと形容し難い、不条理で理不尽な……モンスターだ!!)


「先生、助けなきゃ……!!」

「バカ逃げるぞ!! 助かるように見えるのかよ、アレが!!」


 亜紀良は照の手を掴み、一目散に踵を返した。

 ぐちゃぐちゃ、と死骸に集るハイエナのように、さっきまで人間だったものを咀嚼し終えたそれらはギロリと次の獲物を睨み付ける。

 既にそこには血も肉塊も、今道が生きていた痕跡も何も残ってはおらず、只の生き物の「食事」ではないと思わされる。

 そして、恐竜達の眼を見た時、二人は否が応でも目の前の恐竜のようなナニカがこの世のものではない、と認めさせられた。真っ黒な墨でも塗ったくったような身体に反し、あまりにも目立ちすぎる真っ赤な眼玉。

 恐竜の形をした──怪物だ。


「先生がっ、先生が──!!」

「バカ、足を止めんじゃねえぞ俺達まであいつらの餌だ!!」


 照の手は震えており、目には涙を浮かべていた。今彼女を守れるのは自分だけだ、と嫌でも突きつけられるようだった。


(足が、足跡と同じ……!! こいつらだ!! こいつらが足跡のヌシだったんだ!!)


「クソったれ、畜生が!! 何でトロオドンが──!?」

「トロオドンって言うの!? あの動物!!」

「ああ!! 動物は動物でも、白亜紀後期の小型肉食恐竜だッ!!」

「何で──ッ!?」

「こっちが聞きてぇよ!! 正直ルパンダイブして頬ずりしてぇくらいだが死ぬから今はお預けだ!!」


 一匹が号令をかけるようにして甲高く鳴くと、残る二匹が照目掛けて跳びかかる。

 それに対し、亜紀良は照の腕を強く引っ張り上げて寄せる。辛うじて飛び掛かり攻撃からは逃れられたが──出た先は誰も居ないだだっ広いグラウンド。


「しまった、誘い込まれたのか俺達……!!」

「どうしよう……!!」


 最初の三匹どころの話ではない。

 更に五匹──小型の恐竜が二人を待ち受けていた。待ち伏せ、そして取り囲まれた。もう逃げる事は出来ない。

 このトロオドンという恐竜は凄まじく知能が高く、群れて連携して狩りをしていた説がある。その知能の高さは、もし恐竜が絶滅していなければ、人類の代わりに地球の盟主になっていたのでは? と実しやかに言われている程だ。

 エミューのような足は獲物を抑えつける為、そして地面を駆けて跳ねる為に発達し、鉤爪は類似したヴェロキラプトルに比べれば小さいものの、獲物の急所を即座に切り裂くには十二分だ。

 即ち、絶体絶命であった。


「キィッ、キィキィーッッッ!!」


 号令と共に、トロオドン達が一斉に二人目掛けて跳びかかる。

 咄嗟に亜紀良が取った行動は──照を庇うようにして覆い被さる事だった。


「ッ──アキ君!?」

「ぐっ、があああああ!?」


 鋭い鉤爪が、そして脚の爪が次々に亜紀良の背中に食い込んでいく。

 激痛が迸り、更に傷口からは血の代わりに黒い靄が噴き出していく。

 自分の身体がゆっくりと、しかし確実に欠損していくような感覚を亜紀良は覚えていた。


「アキ君!? ダメだよ!! 何で──」

「うるせーうるせー……!! 騒ぎを聞きつけたヤツが助けに来るかもしれねー……!! それまで時間を稼ぐ……!! 急所はできるだけ守って、密着すれば……喉は搔っ切られずに済む……!!」


 痛みに耐えるように亜紀良は照の身体を強く強く抱きしめた。

 鉤爪だけではない。トロオドン達が亜紀良の脇腹に喰らいついた。


「へ、へへっ、大丈夫だって……俺ァこんな所で死なねえよ……!! ぐぅっ……!? それに、よしんば死んでも、恐竜に食われて死ぬなら本望だろ」

「縁起でもない事、言わないでよ!! だってアキ君は恐竜博士になるんでしょ……!?」

「へへっ、そーだな……」

「じゃあ、あたしなんてあたしみたいな平凡な子を庇ってこんな所で死んだら、駄目だよ……!!」

「……ヴァーカ。お前、ほんっと何にも分かってねーんだな」


 亜紀良は皮肉たっぷりに笑ってみせる。既に身体は黒い墨に蝕まれ、頬まで浸食されていた。


「確か……俺が恐竜博士になるって言ったのは……昔遊園地行ったときだっけか? 覚えてるよ……!! 良いか? あん時泣いてるお前の為に何ができるか、ガキの頭なりに必死で考えた《《方便》》だよッ……!」

「えっ……?」


 パチパチ、と照は目を瞬かせる。

 

「我ながらガキの頃から無駄に小賢しくてムカムカするぜ。あの頃本当は消防士になりたかったんだよ、俺ァ!! 親父は仕事でいっつも家空けてたし、恐竜博士っつっても何やってんのかさっぱり分かんなかったわ!!」

「初耳だよ!!」

「うるせー!! ガキん時の将来の夢なんて、そんなもんだろが!! 何ならその前は野球選手になりたがってたわ!! ……だけどな、恐竜が大好きなのは本当だし、お前を何とか元気づけてやりてーって思ったのも本当なんだよ……ッ!!」


 意識が途切れそうになりながらも──亜紀良は自らに気合を入れる為に、照に向かってまくし立てる。

 

「それが今じゃあ、マジで恐竜博士になるつもりで勉強しまくってるからな、分かんねーモンだぜ……!! 全部、お前がきっかけなんだよ、照……!! んでもってちょっとだけ夢は叶ったな……こうやって今……お前を、守ってやれんだから……!!」

「ダメ……ダメだよ、アキ君……!!」

「いい加減気づけよ……!! お前が死んだら……俺の夢は、意味がねーんだよ……照……ッ!!」


 亜紀良の力が次第に弱々しくなっていく。トロオドン達に、彼そのものが食われているようだった。彼と言う存在が、この世から削り取られているようだった。 

 冷たくなっていく彼の腕を──照は握り締める。


「だから、照、お前だけでも……」

「あたしだって死なせたくない……」


 その指からは──長い長い爪が伸びていた。

 



「アキ君と……ずぅっと一緒に居たいんだよっ!!」




 次の瞬間だった。

 照の頬にびっしりと鱗が次々に生えていく。

 そして、うなじから首筋にかけて派手な色の羽毛が飛び出した。

 勢い任せに、そして力任せに亜紀良を押し倒し返した彼女は──同時に、トロオドン達も腕を振り払う勢いだけで吹き飛ばしていた。


「て、てる……ッ!?」


 気が付けば──亜紀良は、彼女に抱きかかえられる形になっていた。

 照の腕は大きく肥大化していた。手の薬指と小指は退化するように縮んで消えていき、その代わりに大きく鋭い巨大な鉤爪が伸び盛る。

 目はトカゲのような楕円形の瞳に変化しており、鱗は頬や太ももなど、身体の一部に発現している。

 何より、スカートからは大きくて太い尻尾がタイツを突き破って生えている。

 まるで、爬虫類と人間の中間。言ってしまえば──恐竜人間と呼んで差し支えない姿をしていた。


「お前、どうしたんだ!? その姿、恐竜──」

「……殺さなきゃ」

「え」

「こいつら、殺さなきゃ。殺るって決めた時にはもう──」


 ギロリ、とトカゲのような目でトロオドン達を流し見した彼女は、普段からは考えられない程の殺気を放ちながら地面を蹴った。

 グラウンドの土が抉れ、靴底が破れて布地が飛び散った。


「キィッ──!?」

「キィイイイイイイイイーッ!!」


 すぐさまトロオドン達は纏めて彼女に向かって飛び掛かる。

 しかし、身の丈には到底合わないサイズにまで伸びきった巨大な鉤爪を振り下ろすと、グラウンドに巨大な引っかき傷が刻まれた。

 同時に──彼女の目の前に跳びかかったトロオドン三匹は纏めて引き裂かれ──黒い靄となって消失する。


「殺るって決めた時にはもう──お前達は──死んでなきゃ、いけないんだッ!!」


 姿だけではない。膂力も脚力も、そして腕力も──女子高生どころか人間の範疇を軽々と超えてしまっている。

 腕に飛びつき、噛みついたトロオドンだったが「邪魔ッ!!」の一言で左右共に同時に爪で頭を裂かれて消え失せるのだった。

 形勢悪しと踏んだのか、残る小型恐竜たちは逃げ出すが、それを見逃す照ではない。

 



「──逃がさない。縄張りを侵した奴は、まとめて引き裂くよ」




 再び、グラウンドの地面が抉れて土が飛ぶ。

 一瞬で照はトロオドン達に肉薄しており──その背中を容赦なく鉤爪で切り裂き、消滅させるのだった。


「これで──全部殺した」


 返り血は無い。だが、後に残るのは空へと消えていく黒い靄だけ。

 トロオドン達は全滅した。そして同時に、亜紀良は自らの身体の激痛が消えた事に気付く。


(あり? あいつらに引っ掛かれたり噛まれたところ、何ともない……!?)


「ねぇっ、アキ君っ」


 だが、そんな疑問は些事だと言わんばかりに──事を終えた照は、にっこりと亜紀良の前に立っていた。その表情は、いつもの朗らかなものとは明白に違う。まるで、獲物を前に舌なめずりをする猛獣のようだ。


「てるてる、良かった無事で──」


 とんっ、と軽く突き飛ばされただけで亜紀良の身体は地面に倒れ込んだ。

 何が何だか分からない、という顔で彼は幼馴染を見上げる。腕は気が付けば抑えつけられており、完全に馬乗りになっていた。




「あのー、照さん? これは一体──」

「ねえアキ君──子供……作ろっか♡」

「……はい?」 

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