第17話:ドキドキ・スパイラル
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(ど、どーしよ。ネイルに時間かかっちゃった……色塗るだけなのに……っ)
どうせ日が暮れる頃には、爪が伸びて台無しになってしまうので、爪切りと追加のネイルグッズも持っていく。
この間遊園地に行った時とはまた趣向を変えたいと考えてはいたが──頭に過ってしまうのはレプリレクスだった。
(はぁーあ……もしもレプリレクスが出たら、戦わなきゃいけないし……)
そうなると、丈の長いスカートやブラウスは動きにくくなるし、ズボンはほぼ100%の確率で尻尾が貫通することで破けてしまう。
長袖の服は腕の肥大化に伴って破けてしまう為、此処最近の変身で既に何着かオシャカにしてしまっていた。
絶滅少女は、種類にもよるが──出先での変身の可能性を考えると、オシャレも制限されてしまうのである。
かと言って万が一戦う事になった時に、着ていた服の所為で戦えませんでした──は洒落にならない。
そんなわけで、オシャレを悩みに悩み抜いた結果、当日の朝まで準備が長引く羽目になってしまった。結局、シャツに白いミニスカ、そしてワンポイントに黒いキャスケット帽子を被る。
鏡の前で回ってみると──小柄な自分には案外活動的なコーデも似合うものだ、と納得するのだった。
(案外、良いかも……よしっ、大丈夫。イメージするのは、常にサイキョーの自分……!)
ドキドキとする胸を抑え、上気する頬に手を当て、意を決して照は外へ出る。
亜紀良はスマホの画面をじっと見ていたが──照が出てきたのを見るなり、此方を向くのだった。
「あ、てるてる!」
「ごめんね! ちょっと、時間かかっちゃった」
「バスの時間はまだ先だろー? ゆっくり行こうぜ」
「う、うん。そうだね……えへへ」
「今日のコーデどうかな?」と聞いてしまう勇気は流石に無く、そのまま彼の隣を歩く。
「いやー、にしても水族館だなんていつぶりだ?」
「うん。あたしもだよ。最後に行ったの覚えてないよ」
「ッ……」
「……」
会話が続かない。
いつも無駄に御喋りな亜紀良が──口数が妙に少ない気がする。
幼馴染とは思えない気まずい会話の間に、照は思考を張り巡らせる。
(ま、待って待って待って! いつもならそこで”あの水族館化石置いてるところあるんだよな、俺は楽しみで仕方ないね! あー、興奮してきたァ!!”って言って鼻血流す所じゃないの!? 何でそこで止まるの!? あ、あたしの恰好ヘンだった!?)
思わず服を引っ張る。特に落ち度があるわけではない。鏡の前で何度も確認したのだ、あって良いはずがない。ちらり、と伺うように亜紀良の顔を見やる。
肝心の彼はと言えば、少し俯いており──顔を赤くしている。
(あれ? アキ君、もしかしてガラにもなく緊張してる……?)
(ヤバイヤバイヤバイ、話が続かん、あれ? 俺普段てるてると何の話してたっけか? 頭が真っ白だ、何も思いつかねえ!! 大体今日のてるてる、普段より一段マシで可愛いような……そりゃ気合入れるか!! てるてるオシャレだもんな!! 断じて俺とのお出かけだから、とかじゃねーよな!!)
──古田亜紀良は、自他が思っていた以上に純情な男であった。頭の中では常に長文モノローグが流れており、今隣に居る照の事ばかり考えている。
(落ち着け古田亜紀良17歳、この程度で緊張していることがバレたら、ただのお出かけをデートだと思い込むとんでもねえお上りさんになっちまう──俺はいつも通りのキャラで行け!!)
「アキ君?」
「えーと……化石ッ!!」
「は?」
「いや──化石が楽しみだなって!! あの水族館化石置いてるところあるんだよな、俺は楽しみで仕方ないね! あー、興奮してきたァ!!」
(良かった……アキ君、いつものアキ君だ。一文一句想像通りのセリフ言ってくれたよ。てっきり緊張してるのかと思ったけど、そんな事無かったよ)
最早彼の奇行に慣れてしまった照。完全に彼女も毒されている。いきなり「化石」と叫び出すくらいでは動じないのである。
(あーあ、これじゃあ緊張してるのあたしだけみたいじゃん。……いやいや!! 諦めないよ!! 今日はアキ君に、あたしを見てもらうんだもん!!)
ただし、照は気付いていない。
確かに発言はいつもの亜紀良かもしれないが──興奮した時に必ずと言って良いほど出てくる鼻血が出ていない事を。
※※※
──樹羅市民水族館は、時折テーマに応じた特別展示を行う事がある。
今回のテーマは──「サメ」。世界で最も有名な軟骨魚類だ。各地のサメの標本を展示するだけではなく、生きたサメの展示もピックアップされていた。
メインとなる大型水槽には、二匹の大きなサメが悠然と舞っていた。
「すごーい、本物の生きたサメだーっ!!」
「シロワニか。初めて見たな」
「シロワニって何でワニって言うの? ワニみたいに口が大きいから?」
「あー……確か、ワニってサメの別名なんだよ。因幡の白兎って知ってるか?」
「知ってる! ウサギさんが、ワニを騙して海を渡ったら、怒ったワニに皮を剝がされちゃうんだよね」
「でも日本にサメは居てもワニは居ねえだろ? だから──あれはサメなんじゃねえかって説がある」
あくまでも一説だけどな、と亜紀良は付け加えた。渡来人から本当の「鰐」の姿が伝わっていたのではないか──という説もあるからだ。日本は古来より、水辺の獰猛な生き物を「和邇」と呼ぶ風習があった事だけは確からしい。
「あ、でも日本でワニの化石が出た事はあるぜ。30万年くらい前のマチカネワニだ」
「どっちにしても、因幡の白兎のお話が出来た時代には生きてないよね……」
「だな」
(にしても)
大きなサメを前に目を輝かせる照を見ていると、やはり感慨深くなる。昔の彼女なら、泣いて自分に飛びついていたはずなのに。
(俺はずっと……小さい頃のままの照を見てたのかもしれねえ──)
「わ、わわわーっ!! アキ君!! これ凄いよ!! メガロドンの顎の化石、だって!! 食べられちゃうよ、あたし達!!」
「レプリカだろ流石に」
開いた口は2メートルほど。
そこに生え揃うは1本1本が短剣のような長さと鋭さの歯。
体長15メートルに及ぶ世界最大の古代サメと言われるメガロドンの顎──を再現したレプリカだ。
その横には、ホオジロザメのような姿で海を泳ぐメガロドンの絵が置かれていた。それを見て、照は疑問を投げかける。
「ねえアキ君。鮫って、昔から姿が変わってないの?」
「正確に言うと”分かってない”だ」
「また”分かってない”だよ」
「しゃーねえだろ。軟骨魚類は骨が残らねえんだ」
「なんこつ魚類?」
「全身の骨格が軟骨で出来てる。鮫やエイがそれだな。死ぬと骨が分解されちまうから、化石が残らねえ。だから想像で補うしかねえ」
たまにCTスキャンで生きていた頃の形が分かる事例はあるものの、古代サメの姿は分からない事が殆ど。エナメル質である歯だけがその痕跡となって残っている。
そもそも現生の魚類ですら、あれだけ形に多様性があるのに、メガロドンや古代サメの多くが現代のそれと本当に変わっていなかったのだろうか? と亜紀良は考えている。
一方で、シーラカンスを始めとした硬骨魚類は現代と然程変わらない姿で化石になって出てくるので、案外現生のそれとは変わらなかった──という考えもある。
とはいえ真相は闇の中。古代に生きた軟骨魚類の姿かたちを知る術はあまりにも少ない。
「メディアじゃカッコいいからホオジロザメみたいな姿で復元されるメガロドンだけど、あの限られた歯と顎だけじゃ分からねえな」
「そうなんだ……」
「ただ一つ言えるのは、鮫の仲間が大昔から生きていた事……くらいだ」
「化石すら残ってないんだ……ミステリーだね!!」
「だろ? てるてるも分かってきたみたいだな」
とはいえ、それで良い──と亜紀良は考える。分からない事をあれこれ理屈を付けて考えている時間が一番楽しいのだ。これだから古生物学はやめられない。
「すごいよ、サメって──わわ」
メガロドンのレプリカが飾ってある台座の上に立っていた彼女だったが、部屋が薄暗く踏み外してしまったのだろう。
態勢を崩して倒れてしまいそうになる。
「てるてるっ!」
「ッ!」
しかし、すぐさま亜紀良が跳んで彼女を抱き留め、大事には至らずに済む。
図らずも密着する形となってしまい、照は亜紀良の顔を見つめると──頬を上気させてしまう。
「足捻ってないか!?」
「ヘ、ヘーキ……」
「なら良かった……」
(ホ、ホントはヘーキじゃないよぉ!!)
顔は真っ赤になっており、心拍音はこれまでにないほどに高鳴っている。亜紀良の顔を直視することができない。速まる心音を聞かれないことを願うばかりだ。
「ったく、本当にドン臭いな……気を付けろよなあ」
「なっ、ドン臭くないよ!! ちょっと足元が見えづらかっただけだよっ!」
「どーだかなあ」
そして、助けた本人はいつものように軽口を叩く。ドキドキさせられているのが自分だけのようで、腹が立つ。今日は自分が亜紀良を意識させるのだ、と決めていた彼女は──思い切って彼の手を握った。
「じゃあ、ドン臭いあたしがまた転ばないように……手を繋いでてよ」
「いっ!?」
「小さい頃、いっつも手を繋いでくれてたじゃん。迷子にならないように」
亜紀良の顔色、そして声色が明らかに変わる。それを見て──照は少しだけ「してやったり」と微笑むのだった。
「……ねえアキ君。小さい頃さ、あたしと迷子になった時も……こうやって手を繋いでくれたよね」
「それは……そうかもだけど、小さい頃とは……違うだろ」
「嫌?」
ごくり、と亜紀良は息を飲む。
嫌なわけがない。断れるはずがない。ドキドキしているのがバレないように、目を逸らす。
「……あー、仕方ねえな。どっかの誰かが転ばねえようにしねえとだもんな!」
「……えへへ」
ぎゅう、と亜紀良は彼女の小さな手を握り締める。指と指が絡み合う。それだけで、互いの熱が伝わってくるようでこそばゆい。
上手くいった、と喜んでいたのもつかの間。二人の傍を通り過ぎるのは──指輪を薬指に嵌めた、仲睦まじそうなカップル。
此処は水族館である以上、他にもデート客が多いのだが──照は、自分たちが今何をやっているのかを突きつけられる。
(あれ? これって色々すっ飛ばして恋人同士のデートみたいだよ!!)
ぼふん、と遅れて爆ぜるように彼女の頬と耳も赤くなってしまう。
そのまま一言も発さないまま、二人は仲良くサメの展示を抜ける。
しかし一度繋いだ手は、結局離れないままであった。
(て、てるてるのヤツ、何考えてんだよ……いや、幼馴染なら普通なのか?)
※※※
サメの展示を抜けた後は、一般展示のコーナーに入る。先ずは、色とりどりの魚が舞う熱帯魚の水槽だ。
「綺麗だーっ! 見てよ、アキ君っ! これ、ハコフグだよ、ハコフグ!」
水槽の中で小さな鰭を必死に動かして泳ぐミナミハコフグを指差す照は、可愛い物に悶える年相応の子供だ。そんな彼女を見ていると、あの扇情的に迫る姿はウソか幻だったのではないか、と思わせる。
「ねえ、アキ君!! ハコフグデザインのネイルって可愛いと思わない!? 絶対作る!! 絶対絶対!!」
「可愛いと思うが作れるのか!?」
「ふふーん、無いなら作るのが創作者ってものだよっ! 水族館ってキラキラしたものが多いから、インスピレーションが次々に湧いてくるよーっ」
「楽しそうで良かった」
亜紀良はこういった魚類を見ると、いつも「この生き物は地球の歴史ではどれ程の年代から居たのか?」と言った事を考えてしまう。
それと同じで、照も可愛いものを見るとネイルのデザインに取り入れたくなってしまうのだろう。
(コイツも……好きなものには一直線だよな。つーか見る物全部、好きな物に結びつけたくなるところとか)
「ねえ、次はマリンチューブだって! どんな魚がいるかなーっ」
「キャ、キャーッッッ!!」
その時だった。
女性の甲高い悲鳴、そして喧騒が聞こえてくる。
まさに今出向こうとしていたマリンチューブの方面からだ。
マリンチューブは、巨大水槽の中に透明な強化ガラスの通路が通る仕組みとなっており、360度から魚を観察できるという施設。
しかし──亜紀良と照が駆けつけた頃には、全方位に惨い光景が広がっていた。
「何だこりゃ……!?」
「死んでる……」
水槽中にばら撒かれたのは、色とりどり、種類様々な魚の──死体。
いずれも、何か刃物に切り裂かれでもしたかのようにバラバラになっており、更に断面からは血──ではなく黒い靄が噴き出している。
すぐさまスタッフがやってきて「落ち着いてください!! 離れて!!」と叫ぶ。
しかし、魚の死体は直に黒い靄を噴き出したまま、消えてしまうのだった。この奇妙な怪奇現象に、二人は当然覚えがあった。
レプリレクス。命を喰らう漆黒の怪物による捕食だ。
「……ねえ、アキ君」
「ああ、レプリレクスだ……!!」
「でもどこに? 水槽の中……!?」
注意深く水槽の中を観察する。しかし、それらしき影は見られない。
(ッ……一体何処に……!?)
亜紀良はふと、床下を見た。
このマリンチューブは、周囲360度が巨大水槽の中。
当然、足元にも水槽が広がっている。
深淵を覗くとき、深淵もまた此方を覗いている──という言葉がある。
ゾッとした。赤い稲光を放つ双眸が此方を狙って迫ってくる。
「てるてる、危ないッ!!」
「えっ!?」
亜紀良は迷わず彼女を突き飛ばした。
──硝子の床を摺り抜け、漆黒のサメ型の怪物が大口を開けてマリンチューブに飛び出す。
間もなく、悲鳴が響き、人々が逃げ惑う。亜紀良に押し倒された照もまた、その怪物の姿を目の当たりにする事になる。
「あいつ、ガラスを摺り抜けられるのかよ!! いよいよオバケの類じゃねーか!!」
「な、なに!? メガロドン──ッ!?」
「な訳ねーだろ、小さすぎだ!!」
それは、全長3メートルの巨大なギンザメのような生き物だった。しかし、只の魚類ではない事は一目見れば分かった。
下顎には、螺旋状の歯が生えていたのである。その様を一言で表すならば──
「さ、サメの下顎に丸ノコが付いてるよ──ッ!?」




