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第14話:大神家の最期

「バカな……こんな事が……ッ!! 代矢が負ける事など──」

「いいえ、必然の敗北でしょう」


 ツバサが指を差したのは──最後の最後でオオカミ達の前に立ちはだかった子犬だった。

 子犬は、ステップを踏んで、倒れた代矢の下へ向かうと、ぺろぺろとその頬を舐めるのだった。


「……な、何だ、あの子犬はッ!?」

「犬ではありません。アレは、代矢さんが生み出した分身の一匹、子狼です」

「!?」


 狼煙は驚愕したように目を見開く。


「……群体型能力の欠点。それは、使用者の精神がモロに反映《《されてしまう》》事。使用者に葛藤や迷いがあった場合、統率が乱れたり、本心が能力に現れてしまう。群れの1匹が、本心を表すかのように勝手な行動をとる事があるのです」


 それが意味するのは──あの子犬、もとい子狼が代矢の本心を反映して生まれた存在だということであった。


「あの子犬は、照さんの場所を教えてくれた上に、最後の最後で他のオオカミ達の動きを止めてくれました」

「……何が言いたい」

「代矢さんは……心の奥ではずっと、こんな事をしたくなかった。それでも、自分を助けてくれた貴方に報いようと、今まで頑張っていただけに過ぎません」

「ッ……!!」

「あの子犬がもし、代矢さんの本心なら……」

「黙れ──黙れッ!!」


 狼煙は何度か、拳を握り締めた。己の所業に耐え難い思いをしていたのは、他でもない狼煙自身だった。だが、それでも心を鬼にしようと自らの気持ちを否定する。しかし──今度は、子犬は狼煙の方へ駆けていき──飛びついた。




「わふっ! わふっ、わふっ!」

「ッ……何故だ? 何故、そんなに……僕を見て、そんな顔をするな……!!」




 子犬は尻尾を振っていた。主人の顔を見て喜んでいるかのようだった。

 それを抱き留めた狼煙は──崩れ落ちる。そして、そこで能力も途切れたのか──子犬は光の粒子となって消えていった。


「僕は……僕は……僕のやっていたことは……間違っていたのか……?」


 その姿を見て──何処か安心したように照は頷く。


「……もうやめようよ、こんな事。誰も……幸せにならないよ」

「僕に、同情するのか……ッ!! 良いか、代矢は道具だッ!! 僕は非道な復讐鬼として、代矢を利用しているに過ぎないッ!! これまでも、これからも、だ──!!」

「だって、他でもない貴方自身が──いちばん、辛そうな顔をしてるよ」

「──ッ」

「本当は、やめたかったんだよね。こんな事」

「ふざけるな!! 僕は、僕は大神家当主だぞッ!! 失われた誇りをッ!! 失った一族を……無念を……!!」


 図星を突かれたように狼煙はよろめく。もう、その言葉には先程のような整然性はない。酷く狼狽し、冷静さを失っているようだった。




「そうでござる──まだ、終わってござらん……!!」




 がらがら、と瓦礫が零れる音が聞こえた。

 白目を剥きながらも、血塗れになりながらも、そして変身すら解除しながらも──代矢は再び立ち上がった。だが、もう誰が見ても戦える状態ではなかった。


「兄者、見ているでござるか? 代矢は、代矢は──強いでござろう……? 勝利を、勝利をこの手に持ち帰って……」

「ッ……代矢」

「優しい優しい兄者の為に、代矢は──」


 ボロボロの彼女を見て──フラッシュバックしたのは、初めて出会った時の彼女だった。


(僕は、彼女を復讐の駒として使うのだ──心を、鬼に、しなければ……ッ!!)


 ハナから利用し、使い捨てるはずだった絶滅少女。都合のいい「義妹」としての立場を与え、厳しく鍛え、そして手駒として酷使してきたつもりだった。

 代矢にとってはそんな環境ですら「前に比べればずっとマシ」だったのである。

 自分に尊敬の情すら向けてくる代矢に対し、狼煙は激しく罪悪感を抱いていた。だから、己を「悪」として貶める為、非道に手を染めた。


(あ、ああ、やはり僕には……出来ない)


 それでも──代矢は自分に慕情を向けてくる。

 その姿は今は亡き、幼馴染に──自分の妻となるはずだった彼女に似ていた。




「もういい……お前は破門だ、代矢」

「ッ!?」




 狼煙はもう、限界だった。

 代矢は──元より自分の傍に居て良い人間ではないと、とっくに分かっていたのだ。

 分かっていて手放せなかったのは、狼煙が彼女を「復讐の道具」としてではなく、1人の人間として愛着を持ってしまっていたことの証左だった。

 狼煙は、自分で思っている程、非情に徹し切る事が出来なかった。


「いま、なんて……?」

「自分に甘く、弱い者は大神には要らん。何処にでも好きな場所に行け」

「ッ……何故!? 大神は──大神は仲間を見捨てないのでござろう!? どうして──」

「お前のような役立たずは、仲間とは呼ばん。さっさと消え失せろ、二度と僕の前に姿を現すな──駄犬が」

「あ、兄者……ッ!? 何故……!? 代矢を見捨てるのでござるか──な、ぜ──」


 これまで信じてきた全てを打ち砕かれた代矢は──今度こそ、戦意諸共気力を打ち砕かれたのかその場に倒れ伏せる。

 それを見ていた亜紀良は──狼煙に問いかけた。


「……これで良かったのかよ?」

「僕は、仲間を集め……必ず大神を再興させ、復讐を成し遂げる」


 ふらふら、とよろめきながら彼は立ち上がる。




「……見事な戦いだったぞ。霧島 照、古田 亜紀良──代矢の事を頼む」




 それが「兄」としての最後の願いだった。

 彼は廃墟の奥へと消えていく。その後ろ姿を、ツバサは追う事はしなかった。


(……復讐鬼。私も一歩間違えれば彼のようになっていたでしょうね)


 


「アキ君っ……!!」

「……へへ、何とか無事だぜ、照」




 ふらふらと亜紀良へ駆け寄り、そして倒れ込む照。

 二人の絆は──引き裂かれずに済んだのである。




「帰ろっか。アキ君っ」

「ああ……スミロドンのフィギュア……組み立てねーとな」




 ※※※




「……仲間を、集めねば……」




 逃走経路である地下道を一人歩く狼煙。他の仲間達は現在、各地に散ってしまっている。代矢を失った代償はあまりにも大きい。

 だが、これで良かったと思っていた。彼女は──自分と居るべきではない、と狼煙自身が一番分かっていた。


(僕は、甘かった……結局、最後の最後で……)




「グッゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオーッ!!」

「──ッ!!」




 突如、体を揺さぶるほどの咆哮が轟く。

 狼煙は振り返った時、そこに映っていたのは──見上げる程の巨体、そして大顎。

 全身が黒く塗り潰された恐竜がいつの間にか立っていた。

 今まで見たレプリレクスの中で最も強大。そして忘れもしない。彼が初めて見たそれと全く同じ姿をしていた。




「貴様は……あの時の……!! 何故、今更──ッ!!」




 応戦する間も無く、一瞬で狼煙の下半身は──大顎によって食い千切られた。

 鮮血の代わりに、黒い靄が地下道に充満していく。





 ──ねえ、狼煙君。こうしてカーテン被ったら……花嫁さんみたいだね。




「……綺麗だ……君は……いつだって……」




 痛みももう感じなかった。意識が遠のく中、恐竜の大顎が狼煙に迫る。

 志半ばという無念、そして怒りだとか絶望だとかは不思議と込み上げて来なかった。




 ──健やかな時も、病める時も……私の事を愛するって──誓ってくれる?


 ──ああ。誓うよ。守り抜くさ。




「やっと、逝ける……だが……心、残りが……」




 ──狼煙君だけでも──逃げて!!


 ──僕だけが、生き残ってしまったのか……?



 重いものから解き放たれたかのように、彼は笑っていた。




 ──君にだけは、生きていて……欲しかったのに……ッ!!」




「ああ、代矢」




 ──純然たる願いが、最後には残った。

 今更おこがましいのは分かっている。こんな事を願う資格等無いほど自分勝手であることも分かっている。




「……お前だけは、どうか幸せに──」




 ガッ!!




 ぐしゃ──ぐちゃぐちゃっ




 ※※※




 それから、数日程経っただろうか。

 顔に負った傷の事で両親や友人に心配されたり、しばらくは全身の筋肉痛が照を襲っていた。

 そんな中、亜紀良は出来る限りのフォローやサポートに駆けずり回っていたことは言うまでも無い。

 また、大神代矢は変身解除と能力多用の反動により倒れ、しばらくシノニムで面倒を見る事にしたらしい。

 そう聞いていたのだが──



「転校生の大神 代矢ですっ! 今日からよろしくお願いしますねっ!」

「またこのパターンなの!?」



 ──次の月曜日に転校してきたのは見覚えしかない忍者少女だった。

 流石に校内で忍者装束は着ておらず、学校指定のブレザーにポニーテールと一般的な女子高生のそれと同じ姿をしていたのだが、どう見ても先週死闘を繰り広げた相手に違いは無かった。

 当然その日の昼休みのうちに、照と亜紀良は、ツバサを呼び出して問い質す事になる。当然その場には代矢の姿もあった。


「ねえ、ツバサちゃん、これってどういうことなの!? あたし何も聞いてないよ!?」

「見てのとおりです。シノニムは彼女を保護監察処分を下し、協力者に加えました。今後は私の監督下でこの学校に通う事になります」

「温情……ってヤツでござるな」

「長らく閉鎖的組織に所属していた事、大神 狼煙に強要され逆らえない状況に居た事──でしょうか。トリガー、貴方の証言あってこそですよ」

「そーなの、アキ君!?」

「……ああ。俺が全部話した」


 亜紀良は頷く。

 少なくとも彼は直接代矢から彼女自身の境遇を聞いていた。

 それを不憫に感じた彼は、少しでも彼女が幸せになれる道は無いか、とツバサに相談したのである。


「だけど、こっちに進むって決めたのは──お前だろ? 一体どうして」

「……それは」




 ※※※




「代矢にはもう……行き場が何処にも無いでござる」




 シノニムの飛行船にある傷病者用ベッドの上で──気力を失ってしまったかのように彼女は言った。

 「破門」という形で狼煙に見捨てられたのは、それだけ彼女に酷い傷を残す事になった。


「代矢が弱かったから……代矢は……兄者に失望されて──」

「私は──そうは思いません」


 傍らに座るツバサは器用にナイフで林檎の皮を剥く。


「……彼はもう、巻き込みたくなかったのだと思います。自分の復讐に──貴女を」

「どうして……今になって……? 代矢は、兄者の為なら──」

「そういうところじゃないですか。貴女は自分の信じる者の為なら限界を超えて戦えてしまう。頑張れてしまう。しかし──結局、狼煙は非情に徹し切る事が出来なかった」


 ウサギの耳のような形に林檎の皮を切り終えたツバサはそれを皿に盛ると、代矢に差し出した。


「行き場が無い? それなら、私達が行き場になりましょう。シノニムに来ませんか、代矢さん」

「ッ!? し、正気でござるか!? 代矢は敵でござるよ!?」

「トリガー……いえ、古田亜紀良の証言で、貴女には温情が掛けられようとしています。シノニム専属の絶滅少女として戦うのならば、貴女に”居場所”を提供しましょう」

「何故……亜紀良殿。あんなにひどい事をしたのに……」

「アレで結構、トリガーはお人好しなんですよ」

「……」


 ぽた、ぽた、とシーツに涙が落ちた。


「良いのでござるか……? 代矢は……日の当たるところを、歩いて良いのでござるか?」

「貴女が望むのであれば」

「ッ……」


 ぐず、ひく、と嗚咽が響いた。

 



「……外の世界は……存外……あったかいでござるなぁ……」




 ※※※




「照殿、亜紀良殿、先の無礼の数々、此処で謝罪させてほしい──ッ!! 本当にすまなかったでござるよ!!」

「わわわーッ!! 土下座はやめてよ、土下座は!!」




 ──そうして今に至る。

 綺麗な黄金比を描いた土下座をする代矢に、照は慌ててしゃがんで目線を合わせる。


「代矢は……感服致した!! 照殿の強さ、そして亜紀良殿の懐の大きさにッ!! 厚かましいのは重々承知でござるが……忍びとして、お二人に仕えたく──」

「忍びなんて要らないよ!!」

「わふッ!?」


 がばっ、と顔を上げた代矢の目は雨の日に捨てられた子犬のように潤んでいた。一度「破門」と言われたからか、「要らない」という言葉に過剰反応しているようだった。

 こうしてみると、ずっと狼煙の下に居たから気が張り詰めていただけで、大神代矢の本質は寂しがりな年相応な少女なのかもしれない、と亜紀良は考える。


(よくも悪くも他人依存な性格なんだろーけど……生い立ちを考えりゃ仕方ねえか)


「だ、だいやは、いらない子でござるか……!? 役立たずでござるか……!?」

「そう言う意味じゃなくって──友達に、なろうよ」

「!」


 代矢の手を取り、照は微笑む。いきなりで戸惑ってはいたが──事情に納得した今なら、彼女を受け入れる事が出来た。


「……主従とか、そんなのあたしは要らないよ。絶滅少女とかどうとか関係なく、代矢ちゃんさえ良ければ……対等な友達で居たいよ」

「友達……代矢を……? 良いのでござるか……?」

「いーんだよ、別に。照が良いって言ってんだからな。俺からも、よろしく頼むぜ」

「友達……友達っ!」

 

 ぱぁっ、と代矢は顔を輝かせて差し伸べられた手を取るのだった。




「はいっ! これからよろしく頼むでござるっ!」




 ※※※




 ──翌朝。


「うーん……クソ眠い……ん? なんかベッドが狭いような」


 がばっ、と起きた亜紀良は体の上に乗っかっている何かに気付く。

 重い。布団ではないものが入ってきている。シーツを捲ると──そこには忍装束に身を包んだ少女の姿があった。


「あっ、おはようございます、亜紀良殿ッ!!」

「ギャァァァァーッッッ!?」


 絶叫。

 心臓が口から飛び出すかと思った。

 亜紀良は窓を見る。まさか開けて入って来たのか、とゾッとする。そんな中、屈託のない笑みで代矢は亜紀良に馬乗りするのだった。


「さあ、学校でござるよ! 早く着替えるでござる!」

「おい何でこんな所に居るんだ、忍者の居候増やした覚えはねーぞ俺ァ」

「恩を返す為、代矢が亜紀良殿の身辺警護をするでござるよ! また誘拐されたら大変でござるからな!!」

「自己紹介かなーッ!? おい昨日言ったばかりだろ、主従は要らねえ、友達で良いってなあ!!」

「……? この硬いのは一体……?」

「おいやめろ、尻を押し付けんな!! ってか出てけーッ!! こんな所、誰かに見られたら──」


 その時だった。どたたたたた、と凄まじい勢いで階段を駆け上る音。

 そして当たり前のように扉が大きな音を立てて開かれる。入ってきたのは亜紀良の絶叫を聞きつけたのか、寝間着のままスッ飛んできた照であった。


「ねえ大丈夫、アキ君!? 凄い声がしたけど、また誘拐──あっ」

「あっ」

「あっ、照殿ーっ! おはようございます!」


 現場を見た照の顔は真っ赤になっていく。全く状況が分からず、目を回しながら彼女は叫ぶ。


「なんでアキ君の部屋に居るのーッ!? てか、アキ君襲われてるーッ!?」

「これにはマリアナ海溝よりも深い訳がーッ!?」

「お前らこんな所で暴れるんじゃねえ! 俺のコレクションが壊れるだろがーッッッ!!」


 大神代矢、元・忍者。

 「普通」からかけ離れた彼女との交友は、前途多難である。

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