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第12話:奪還作戦

 ※※※



「以上が、私がシノニムの長官から聞いた、大神家の顛末です」


 

 照は、亜紀良が代矢に襲われそうになっている事などつゆも知らない。

 そんな中で、ツバサから照は大神家がかつてどのような末路を辿ったのかを聞く事になった。


「そ、そんな事が……あったんだ。結婚式を滅茶苦茶にされちゃうなんて」

「シノニムが駆け付けた頃には、レプリレクスも居なくなっており、現場には残った当主の狼煙だけでした」

「……でも待って。じゃあ、あの代矢って子は誰? もう、大神家は狼煙しか居ないんでしょ?」

「あれは義妹でしょう。事件後に狼煙が地下研究所に囚われていた彼女を強奪したんです。……例の研究所は超能力開発を唄って孤児を引き取って違法な実験をしていたので」

「超能力……もしかして」

「ええ。その組織は絶滅少女そのものの事は知りませんでしたが……狼煙は事前に彼女が絶滅少女であることを独自の情報網で突き止めていました」

「理由は──自分の一族を襲ったレプリレクスを殺す為?」

「そうでしょうね。大神狼煙の目的は、彼自身のやり方でレプリレクスを根絶する事。その為の仲間を増やしているのでしょう」

「……仲間って。じゃあ、あんな厄介な子以外にも、絶滅少女が──?」

「いるでしょうね。我々で確認できているのは、代矢だけですが」


 以前、シノニムは何度か狼煙との融和を図り、接触をしている。しかし、狼煙の態度は断固として頑なで、シノニムと協力するつもりは無いようだった。

 公権力を嫌う彼らしいと言えば彼らしい。だが、その際に代矢が表に出て戦闘しており、シノニム側の職員を手酷く追い払ったのだという。


「彼は、社会からあぶれた絶滅少女を仲間にスカウトしていると聞きました。事実、社会に馴染めない絶滅少女は居ると聞きます。由々しき問題です。そういった子達の受け皿になるのは良い事ですが──」

「……正直、胡散臭いよね」

「それに、元が闇組織の人間である以上、いつ彼経由で絶滅少女やレプリレクスの機密が漏れるか──いや、当に漏れているかもしれませんが。あるいは武装蜂起する可能性も……」


 現時点で既に大神刃狼商会は大きな脅威となっている。それが、反社会的な絶滅少女を集めているとなれば、いずれ組織的な犯罪の切っ掛けになるのではないかとシノニムは危惧している。その為、規模が小さいうちに潰してしまいたいというのが組織の意向らしい。


「しかし、大神一味攻略で一番の障害は代矢の”群体型能力”。自分の身体の一部を忠実なシモベに変身させることができる力です。元が群れを成す生き物の力を持つ絶滅少女で無ければ使えないスキルですが……あそこまで強力なのは代矢くらいでしょう」


 実際、数と質を両立した純然たるバイオレンスを前に照は圧倒されてしまった。テリジノサウルスの膂力を以てしても、人体の弱点を知り尽くす代矢の前では容易く捻じ伏せられてしまう。


「元になった生物は分かりませんが、本人はこれをニホンオオカミであると言っていたそうです」

「ニホンオオカミ……って、あのニホンオオカミ? 剥製が有名だよね」

「ええ」

「如何にも和ってカンジの生き物だ……」


 やはり絶滅少女は本人と少なからず縁のある生き物が選ばれるのだろう、と照は考える。何だか偶然な気がしなかった。

 

「ねえ、群体型能力に弱点ってあるの?」

「ありますよ」

「あるの!?」

「──それは、良くも悪くも変身者のメンタルに大きく左右される点です」


 分身たちは本体の意向に沿って行動する。だから、わざわざ命令せずとも本体が思った通りに相手を攻撃出来する行動が出来る。

 つまり、分身の行動には本体の思考がそのまま反映されるのだ。

 

「それ、弱点じゃなくて長所じゃないの? リモコンの要らないラジコンじゃん」

「いいえ、立派な弱点ですよ。なぜなら──」




「わふっ」




 二人は振り返った。

 廃工場の入り口で佇んでいるのは、柴犬に似た丸っこい子犬だ。迷い犬かと思っていたが、こっちに警戒心も無く近付いてきた挙句、尻尾を振っており、離れる様子が無い。


「……なに、この子……?」

「やっぱり……これが弱点ですね」

「どういうこと!?」


 ツバサの言っている意味が分からず、照は子犬を抱き上げながら叫んでしまった。子犬は無邪気にペロペロと彼女の頬を舐めている。




 ※※※




「……代矢が兄者と出会った時、もう兄者は全てを喪った後でござった。兄者は私に名前を、そして衣食住をくれた。兄者のおかげで、代矢は自由になったッ!!」

「だから、あいつの言う事なら何でも聞くのか」

「代矢は、散々ワガママを言った後でござる。だから……兄者の望みなら、何でもするでござるよ」

「……お前はどうなんだよ」

「くどいッ!!」


 激し、代矢は亜紀良の喉を掴む。


「兄者の望みを叶えるのが、代矢の──ッ!!」

「兄貴じゃねえ!! お前の望みは何なんだッ!!」


 びくり、と代矢は体を震わせた。


「俺は──世界一の恐竜博士になって、どデカい発見をするのが夢だッ!! まだ見ない古生物を、この眼で確かめに世界中を駆け回りたいんだッ!!」

「貴殿の夢など、代矢は知った事では──」

「俺は、自分の好きなように生きてる奴が、どんなに楽しそうな顔をしてるか知っている!! そいつが好きな物を楽しめなくなった時、どんなに辛そうな顔だったか知ってる!! ずっと、あいつの言いなりで──肝心のお前は、全然楽しそうじゃないッ!!」

「代矢は自ら望んでやっているでござるよッ!!」

「今だってそうだ!! 自由でも何でもないッ!! お前を縛るモノが変わっただけだ!! 狼煙の望みじゃねえ、お前は──お前の望みは何なんだッ!?」

「……代矢は」


 望み、と問われて彼女は言葉に詰まる。

 そんなことを考えたことは無かった。だが、一度逡巡し、真っ先に浮かんだのは──




 ──大丈夫か? ……もう、安心していい。




 初めて会った時に、一瞬だけ見せた狼煙の微笑みだった。心からではなく、目の前の子供を落ち着かせるための行動だったに違いない。

 事実、それ以降彼が笑う事は一度として無かった。復讐の為に擦れ切った彼は、手段を選ばずに過激な手段に身を落としていく。

 代矢に辛く当たったり、今日のように「交渉」の材料にしたことも一度や二度ではない。

 それでも彼女は我慢した。何故ならば、あの研究所に居た頃に比べればよっぽど良い暮らしをさせてもらっている。

 美味しいご飯を食べ、可愛い服も買ってもらい、そして温かい寝床をくれた。そればかりか、”力”をコントロールするための方法も教えて貰った。

 辛い事もあったが、それ以上に代矢は狼煙に感謝しているのだ。


「代矢は……兄者に、心から笑ってほしい……! 兄者に、これ以上……苦しんでほしくない……!」


 ぽた、ぽた、と亜紀良の顔に雫が落ちる。


「代矢にとって、忍は……あの時、代矢を救ってくれたヒーローだから……!! 兄者は、どうなっても……代矢のたった1人の兄者でござる……」

「ま、安心しろよ」

「ッ……」

「照が──いや、俺達が──テメェの兄貴の目ェ覚まさせてやるよ」

「どうするつもりでござるか。霧島照ならともかく、戦う力のない貴殿がどうやって──ッ!!」

「さぁな? この知識が役に立つときがあるかもよ」

「……悪いが拙者、霧島照と戦うならば一切手を抜くつもりは無いでござる。貴殿がセコンドにつくのは自由だし、兄者もさして気には留めないでござろうが──介入する余地など無いでござるよ」


 自分のやるべき事を思い出したかのように、代矢は念押しした。

 どうやっても──自分が負ける道理など無いのだ、と。それが亜紀良にはむしろ、無理して強がっているようにさえ見えたのであるが。


「代矢のニホンオオカミ達は、代矢の思った通りに動く忠実なるシモベ!! 正面から勝ち目など無いでござる!!」

「はぁん? ちょっちズタ袋の外から聞こえてたけど、命令なしでシモベが動くってヤツか」

「そうでござる! まるで自分の手足のように、でござるよ!」


(……へぇ)


 それを聞いて少し亜紀良は安心した。

 確かに一筋縄ではいかない能力ではあるが──突破の目が見えたからだ。後は、照がそれに気づくだけ、と考えたその時。




『──代矢ッ!! 今すぐだッ!! 今すぐ来いッ!!』

「ッ!!」




 その時だった。

 部屋に狼煙の怒号が響き渡る。

 どうやらスピーカーが付いており、何処かから連絡を飛ばしているらしい。

 だが、その声は先程までの余裕混じりのものとは違い、明らかに怒り混じりのものだった。




『……奴らが……シノニムの奴らが、乗り込んできやがった……!! そのトリガーは交渉材料だ、すぐ身包み被せて連れて来いッ!!』

「んなッ!?」




 代矢は目を白黒させる。

 この場所がバレる道理が全く彼女には心当たりが無かったからだ。


「……照……ッ!! 来たのか……ッ!?」




 ※※※




「まさかと思いましたが、ビンゴですね」

「正々堂々だか決闘だか知らないけど、3日も待てないよ」

「わふ」




 ハッハッ、と舌を出す子犬を抱きかかえたまま照は前に一歩踏み出した。

 崩れ落ちた建物にだだっ広い池。バブル崩壊の影響で潰れ、そのまま解体されずに残っている廃ホテルだ。


「気を付けてください、照さん。……お出迎えですよ」

「うんっ……」


 そして、目的地に行く前にバルコニーで絶滅少女を出迎えたのは、圧倒的な威容を放つ大神家当主・狼煙だ。

 その隣には、代矢が苦無を構えて臨戦態勢に入っている。


「……どうやってこの場所を突き止めたでござるか?」

「アキ君は──恐竜博士になるんだ。お前達の為に使ってる時間なんて、無い」

「まあ待て。そう喧嘩腰になるな──僕の目的は仲間を増やす事だ」


 狼煙はパンパン、と手を叩く。先ずは交渉をしようじゃないか、と言わんばかりに両の手を上げた。

 亜紀良を地面に寝かせると代矢も手を挙げる。


「……霧島照。僕達、大神刃狼商会に来い。トリガーも一緒だ」


 ちらり、と狼煙は地面に亜紀良を睨む。どんな余計な口を挟むのか知らないが、邪魔をしたら分かっているな──と釘を刺すように。しかし、亜紀良は何も言うつもりは無い。 

 

「断るって言ったら?」

「何故断る理由がある。その力で、いずれお前は世の中から疎まれるようになる。絶滅少女の居場所がこの社会にあると思うな」

「──随分と必死なんだ」


 照の中では、無理矢理亜紀良を攫った時点で元より交渉をする余地等無い。彼の上っ面の言葉など、全て詭弁にしか聞こえない。


「でも悪いけど、そっちには行けない。あたしは、今の友達や生活を手放すつもりはないよ。大人しく、アキ君を返せ」

「……ならば力づくでもこちらに引き込む」

「アキ君を返せ」

「ッ──兄者!! 此処は代矢がッ!!」

「アキ君を返せ」


 隣に居たツバサに子犬を投げ渡し、照は腰を低く構え地面を蹴った。その目は完全に爬虫類のそれとなっており、声には怒気が混じっている。




「アキ君を返せッッッ!!」




 床が抉れ、木の破片が飛び散った。

 照目掛けて代矢も変身して応戦する。毛をうなじから引き抜き、息を吹きかければ、3匹のオオカミたちが隊列を成し、身体を揺らしながら跳んだ。

 その姿を見て亜紀良は目を見開いた。体高だけで人間の子供程の背丈はあろうかという大きさに加え、がっちりとした体格、そして短い脚──亜紀良には一瞬でそれが何なのか分かった。


(やっぱり、ニホンオオカミじゃねえ!! ニホンオオカミはあんなにデカくねえ!!)

 

「──忍法・群狼の術ッ!!」

「てりゃああああーッ!!」


 足を地面に突き刺すようにして一回転。太く、そして大きな尻尾がオオカミ達目掛けて振るわれる。獣脚類の膂力で放たれたフルスイングは獣に耐えられるものではなく、案外脆く消え失せたのだった。

 しかし、動じることなく代矢はうなじの毛を吹きかけ、オオカミを追加で呼び出す。

 3匹は先程と同様に、照に飛び掛かるが、今度は急所を守るべく彼女はしゃがんだ上に両腕を交差させてガードするのだった。


「気を付けろ、照ッ!! やっぱり──ダイアウルフだッ!!」

「はぁっ!? ダイア──なんてッ!?」

「えっ!?」


 その声に反応したのは、照──というよりもオオカミ達を使役させている代矢の方だった。それに対しアテが当たったからか亜紀良は口角を上げて大声で叫び続ける。


「ああそうだ!! ニホンオオカミなんてウソっぱち!! そもそもダイアウルフは、ジャッカルの仲間で、現生のオオカミとは遠縁!! パチモンだよ、パチモン!! オオカミの面したパチモンだ!!」


 勿論、ダイアウルフに此処まで言われる謂れは一切ないのだが、あくまでも戦略的挑発なので許してくれたし。

 仮にも大好きな古生物を自らの手でバカにする所業に──当の亜紀良が一番血涙を流して苦しんでいるのだ。


(ダイアウルフ、パチ呼ばわりを今は許せッ!! 総ての古生物は等しく愛しいッ!! ぐぬうううううううううううううッ!!)


「なッ、んな──パチィ!? そ、そんな、拙者、今まで自分の能力をオオカミだと──ニホンオオカミは大神家に、忍者にぴったりな生き物だと兄者は言ってくれたでござろう!?」


 その瞬間、狼たちの統率が明らかに乱れ始める。

 マズいと悟ったのか、遮るようにして狼煙が叫ぶ。


「貴ッ様、代矢ーッ!! 何を戦闘中に乱されているッ!! そんな事は今、どうでも良いだろうがッ!! こんな下らんことで負けるのは許さんぞッ!!」

「あーるぇー? 必死だなァ、お兄ちゃんッ!! ひょっとして図星なのかな? 妹のモチベの為に知らないフリをしてたのかな? それとも、大神家当主はニホンオオカミとダイアウルフを間違えるアホうでもなれるんでございますかぁー?」

「何故僕は血涙を流されながら挑発されているのだ!?」


 尤も、普通の人間はニホンオオカミとダイアウルフの違いなどさして気にしない事など亜紀良は分かり切っている。しかし──代矢の集中は今ので完全に途切れた。


「わ、分かってるでござるッ!! 追加で援軍を──」

「──ありがと、アキ君。一気に楽になったよ」

「!?」

「やっぱり本当だったんだ。群体型能力は、本体が動揺すると一気に弱くなるって」


 オオカミ達はバラバラに引き裂かれ、一瞬で照は代矢に距離を詰めた。

 そして、さっきまでのお返しと言わんばかりの強烈な引っ掻きを浴びせるのだった。




「──何度も言わせないで。アキ君を返せ」



 

 態勢が崩れた代矢に、照は尻尾で強烈なビンタを見舞う。ゴム毬のように代矢の身体は吹き飛ばされ──廃墟の壁に叩きつけられる。壁は粉塵と共に崩れ落ちるのだった。

 流石に決まったか、と亜紀良は目を瞬かせていたが──よろよろ、と代矢は壁の中から身体を起こす。


「あーあ、痛い痛い……今のは少しだけ痛かったでござるよ」


 ペッ、と血混じりの淡を吐き出す代矢。

 改めて獣脚類型との膂力の差を思い知らされた。幾ら相手が素人と言えど、純粋に殴り合って勝てる相手ではない。


「……確かに代矢の能力が何の生き物かどうかなど、今更どうでも良い事……兄者の為に、此処で勝つでござるよ」


 めきめきと音を立て、代矢の足が人間のそれから犬科特有の逆関節へと変わっていく。

 インナーは破れ、ケダモノの毛皮が露わになっていく。犬歯は伸び、爪は鋭く研ぎ澄まされていく。

 まさにその姿は、人狼と言っても過言ではないものへと変貌していく。




「……代矢とてコケにされたままで終われないでござるよ」

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