2‐3 本当の気持ち
次に奏音ちゃんが現れたのは、その翌日だった。同じ週の間に二度も登校できたのは五年になって初めてだと、七瀬先生も驚いていた。
「よう、堤」
その日給食を運んでくれたのは、水曜日とは別の、男の子三人だった。必ず複数名で向かわせるように、先生の方でも考えてらっしゃるのかもしれない。
「ホラよ。またな」
うつむく彼女の反応は待たず、踵を返した三人の背中に、私はまた「ありがとう」と代わりに声をかけていた。前回、女の子たちにそれはおかしいと笑われたのに。
振り向くと、彼女と目が合った。机の中にしまってあったボードを引っ張り出すので、近寄ると、彼女は短く走り書きをして私に見せた。
《本当は自分で取りに行きたい》
びっくりして目を見張ると、さらに書き足した。
《お礼が言えないから》
以前、恵に注意されたというのを、今でも気にしているのだろうか。
《でも教室は怖い》
私が手を差しだすと、彼女はボードをよこした。
《そうなんだね。もし先生がいっしょだったら、教室までもらいに行ける?》
彼女は首を傾げた。
《奏音ちゃんが本当はそう思っているって、私から七瀬先生に伝えたら嫌かな》
《少し考えたいので、待って下さい》
それが彼女の返事だった。
《わかった。でも、話してくれてありがとう》
ボードを返して、もうやりとりは終わりかと腰をのばすと、彼女はさらに書いた。
《持ってきてもらわなくて良くなったら、毎日ここに来られると思う》
それは彼女のつぶやきのようだった。
《私が来ると、皆に迷惑がかかる》
「そんなこと、ないよ」
思わず、声に出して言ってしまった。彼女はちょっと目を上げて私を見ると、ボードの字を全部消した。
《教室は怖い。でも、私がこの学校で一番ルールを破っている。給食は自分でもらいにいくべきだし、本当は教室にいなきゃいけない》
彼女の全身のこわばりがまた強くなっていた。私は予期せぬ打ち明け話に追いつけないまま、彼女からマーカーを受け取って書いた。
《本当はこうしなきゃいけないって、そんなに思いつめなくていいよ。いろんな子がいていいんだよ》
彼女は、私のメッセージごと再びまっさらに消した。
《ダブルスタンダード》
――ダブルスタンダード。また難しい言葉を知っているものだ。
けれど、そう書き捨てたことが彼女の人柄を表しているように感じた。彼女は他人が思う以上に生真面目で、特別扱い自体を負担に感じてしまう性分なのだ。教室に上がれないから給食を持ってきてもらうが、そのことが却って登校を遠慮する要因になっているのならば、対策を講じた方がいい。でも、まだ待ってくれと言われてしまった以上、彼女の心の準備ができるのを待たなければならない。
なんとも歯がゆい。
「また来週ね」
六時間目が終わり、帰りの支度をしているところへ声をかけると、彼女はしまいかけていたボードを出して、最後にこう書いた。
《モモ先生にはつい話し過ぎてしまう》