1‐4 カウンセラーさん
果たして、恵の言った通り、八月の最終週に二学期が始まってみると、実にたくさんの子どもたちが保健室に遊びに来た。
授業時間外ならまだいい方で、授業中に教室にいない子どもが異様に多い。
特に用もなく保健室を覗きに来る子、朝から校内を徘徊している子、廊下に座り込んでいる子、教室で癇癪を起しては職員室にクールダウンに連れて来られるのが常態化している子などなど……。
そういう子どもたちが各学年に複数名いて、しかもすべてが特別支援の子でもないのだという。
気になる子どもが多すぎて、とてもではないが養護教諭が全員に構ってはいられない。構いきれないと思いながら、職員室も対応しきれていないから、恵は奏音ちゃんの保健室登校を渋々引き受けていたのだろう。
奏音ちゃんや、もう一人の子に対する彼女の洞察が厳しめなのもそのせいだと思われる。
身体計測でてんやわんやしている間、奏音ちゃんは現れなかった。もし計測の日に登校して来ればその時間帯は職員室で手隙の先生方が対応するという算段だったが、彼女の方でもおそらく予め日程を知らされていて、回避していたのだろう。
二週目の木曜日になると、ようやくスクールカウンセラーの先生が現れた。雨宮光里先生という、長い黒髪に黒のカットソーに黒のロングスカートという魔女のような出立ちの、年齢不詳の美人である。職員室では席が隣り合っていた。
「養護の酒井先生ですよね。はじめまして、スクールカウンセラーの雨宮です。もっと早くお会いしたかったのだけど、今週からの勤務にさせていただいてて、ごめんなさいね」
私も慌てて席を立って向き直り、頭を下げた。
「保健室でも色々なお子さんがお世話になっているでしょう? 私は木曜日だけなので、是非情報共有を」
「はあ、いえ、こちらこそ、色々と助けて下さい」
そうは言ってみたものの、実質すべて私に任されているように感じた。
奏音ちゃんが初めて来たのは、すべての計測が済んだ翌週の水曜日のことだった。
朝、午前中に登校する旨電話連絡があり、七瀬先生が興奮した様子で私に伝えてきた。彼女が来たら自分も課題を指示しになるべく早く下りて来るが、それまではとりあえずこれやらせといて、と、算数のプリントを何枚か渡された。
二時間目の始まった頃に、彼女はお母さんに連れられて、昇降口ではなく職員玄関から上がって直接保健室にやって来た。七月に会った時と全く同じ服装をしていた。
「おはよう、奏音ちゃん」
私はぎごちなく彼女を出迎えた。母親は小さく会釈すると、静かに去って行った。
「七瀬先生からプリントを預かっているよ。下りて来られるまでやっておいてって」
彼女の定位置に誘導し、彼女が空色のランドセルを机上で開けている間に預かったプリントを取りに室内のデスクへと向かう。振り向くと、彼女は私の方を向いて立っていた。胸の前にはノートサイズのホワイトボードを握りしめている。
驚く私の目の前で、彼女はその持参したボードにマーカーで何か走り書きすると、私に見えるように差し出した。
《私はこれに書いて話します。先生もこれに書いて答えて下さい》
次週「声のない少女」火曜~金曜毎朝7:00投稿