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Gemini 秘密の親友  作者: せっか
第6週 動き回る影
23/30

6‐2 そう思わされているだけよ


 待ちに待った木曜日の朝、私は出勤してきた光里(ひかり)先生を捕まえて一週間の出来事を事細かに報告した。

 奏音(かのん)ちゃんのイマジナリーフレンドの存在、その「入れ替わり」が私の目の前で起きたこと、彼女の異変のきっかけがミラちゃんとの出会いであったこと。ミラちゃんは校内で不思議な子どもを見たと言ったこと、その子と遊んでいたと称して夕暮れの町を徘徊していたこと、彼女は本当に他者の心を透視できるのでなければ知り得ないようなことまで言い当てること――。


 「それは、そう思わされているだけよ」


 ミラちゃんは精神病ではなくエスパーかもしれない、と喉のところまで言いかかったところで、光里先生が遮り、きっぱりと言った。


 「冷静になって。本当に他人の心が読めるなら、自分の給食に毒を入れられるなんて妄想を抱くかしら? 誰もそんなことしないのに」


 言われてみれば、確かにそうだ。


 「先生、ちょっと彼女たちに引っ張られすぎね。そういう奇妙な話は、聴けば聴くほど妄想を助長してしまうから、聴かない方がいいですよ。でも、一週間お疲れさまでした」

 そう言って、黒のハンドバッグから個包装のチョコレートを一つ出すと私にくれた。

 「何にしても、彼女たちを一緒にしておくと良くないということね」

 「特にミラちゃんが、来られるのはいいんですけど、来るたびにおかしなことになっていくんです。奏音ちゃんにも影響が出ているような気がして……」

 この話を他の職員に聞かれたくなくて、私は先生と相談室で話していた。光里先生は例によってカウンセラーの記録簿を開いていて、面談予定表を指して言った。

 「ちょうど今日、奏音ちゃんのお母様がいらっしゃることになっているから。場合によっては、また臨時の委員会か、管理職と関係者だけで話し合いになるかもね」


 それから職員朝会に出るため私たちは共に職員室に戻ったが、その際施錠はしたはずだった。ところが九時頃に光里先生が所用を思い出して相談室に戻ってみると、事が起きていたのである。

 「酒井先生。ちょっと」

 保健室に顔を出した光里先生は、緊張した面持ちをしていた。私に手招きしている。

 保健室には既に奏音ちゃんが登校していて、他に来室者はいなかった。自分のデスクから立ち上がりながら、すでに不穏な予感がした。


 相談室の黒板の前で、私たちはしばらく無言のまま立ち尽くした。さっき話をしていた時には確かになかった落書きがそこにあったのだ。


 《キセは 本当に いる》


 黒板の真ん中に、子どもの字で小さくそう書かれていた。

 「私、さっき鍵を閉めましたよね? なのに今戻ってきたら鍵が開いていて、これが書かれていたの。――でも、職員室に誰か来て勝手に鍵を持ち出したと思います? 私はずっと職員室にいて、仕事はしていたけれど、誰か出入りしてた記憶もなくて」

 特別室の鍵はすべて、職員室の出入り口付近の壁に掛かっている。家庭科室や理科室、パソコン室、体育倉庫の鍵など、児童が掃除や授業のために借りに来ることはあるが、必ず学年クラスと名前を名乗った上で教員の許可を得て持ち出す決まりになっている。そこは副校長の席から見通しがよく、たいてい目を光らせている場所で、誰かが無断で持ち出し、気づかれないままに返却もしたとは確かに考えにくかった。鍵を閉めたつもりがうまくかからず、実は開いていた、というのがもっともあり得そうな解だが、では、誰が?


 「ああ、ここにいらした。酒井先生、ミラちゃんです」

 声の方を見ると、図工専科の男の先生が相談室の戸口に立っていた。今日は随分早いお出ましだ。先生が私に引き渡して行ってしまうと、ミラちゃんは相談室の中に入って来て、黒板の文字を見るなり、高らかに言った。


 「キセがやったんだよ!」


 光里先生が私を見た。ああ、ほら。また一段とエスカレートしている。

 光里先生は何も言わずに、その文字を黒板消しで消した。

 そこへ理性が、ミラちゃんの言う「キセがやった」とは奏音ちゃんを指しているのではないか、と私に囁きかけた。一目見て奏音ちゃんの字ではないと直感したのに。だが仮にそうだとすれば、一昨日遅くまで帰らずに遊んでいたという「キセ」も、実は奏音ちゃんかもしれない――。堤さん(かのじょ)の家からは何も言われていないのに、そう考えようとする自分がいた。


 キセの存在感が生々しくなってきているとは認めたくなかったのだ。


 「さあ、先生はお仕事だから。ミラちゃんは自分の席に戻りなさい」

 光里先生はきっぱりと言うと、彼女の肩に触れて戸口の方へと向き直らせた。妄言は聴かずに聞き流すというのはそれくらい毅然としてやるのかという具合に。


 「おはよう、奏音ちゃん」

 私とともに保健室に戻ると、ミラちゃんは奏音ちゃんに親しげに話しかけた。それに対して奏音ちゃんが、声は出さないものの、心を許した笑顔を返したのを私は見た。

 あの日、二人は、やはり学校を出たままそれぞれの帰路につかずに遅くまで遊んでいたのかもしれない。ミラちゃんが一人で幻影を相手に町を徘徊していたのではなく……。

 そう信じようとする自分がいた。奏音ちゃんに落書きができたかと考えてみることもせずに。


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