5‐3 あなた、誰
病気を疑うなら病院に連れて行けばいい。だが、看護師のくせに情けないかもしれないが、私はいよいよもう一つの可能性を排除できなくなっていた。オカルトの線だ。
光里先生には打ち明けるべきだろうか。私は迷いはじめていた。ミラちゃんは病気というよりむしろエスパーかもしれないこと、キセというバケモノじみた存在のこと、ミラちゃんはその姿を学校の中で見たとさえ言っていること……。彼女たちに影響されて、私の気が触れたと思われるだけだろうか。
奏音ちゃんのお母さんによって暴露された彼女の「夜のお話」について、私は七瀬先生を相手に強い口調で口止めを図ったが、無駄だった。
翌朝登校してくるなり、奏音ちゃんからそのことで問い質されたのである。
《昨日うちのお母さんが来たでしょう。何を聞いたの?》
必ずしもICレコーダーについてではないと思い、無難な答えを探していると、彼女はさらにこう書いた。
《お母さんのカバンから見つけたんだから。ICレコーダー。お母さん、勝手に私とキセの会話を録音していた。それを先生にも聞かせたの?》
「聞いていない」で通すべきか、素直に「聞いた」と認めるべきか。迷っている間に、彼女は苛立たしげに書いた。
《答えてくれなくても知ってるんだから。キセから聞いた。お母さんは私たちの秘密を、モモ先生と、七瀬先生にもばらしたって。七瀬先生は気味悪がってて、モモ先生は七瀬先生に他言無用だと口止めしてたって。お母さんは私を病気だと疑ってるって》
「ごめんなさい。聞けません、ってお断りして、帰ってもらうべきだったね」
彼女がボードを渡してくれないので、私は声に出して謝った。それを気に入らなかったのか、彼女は書いたものを消すとやや押しやるように私にボードをよこした。
《でも、どんな様子だったのか、あなたはキセから聞いたの?》
彼女は、それが初めてのことだったが、マーカーをもう一本取り出して、下に書いた。
《そう》
《それは、どういうこと? キセは、あなたの空想の中にいるのではないの?》
書き出すまでに、しばらく躊躇うような間があった。
《最初はただの空想だった。毎晩寝る前に、布団の中でキセのお話を作って遊んでた》
《今は?》
カタン、と音を立てて、彼女の右手からマーカーが落ちた。
「いないよ、そんな子」
床に落ちるマーカーを目で追っていた私は、はたと目の前の彼女の顔を見た。
奏音ちゃんは、奏音ちゃんではないような虚ろな笑みを浮かべていた。
「いるわけないでしょう? モモ先生」
彼女が声を出して話していた。けれど、その声はレコーダーから聞いた奏音ちゃんの声ではないように聞こえた。
「――あなた、誰?」
思わずそう尋ねた。心臓が早鐘のように鳴っていた。彼女はそこでカクンと首を落とすと、何事もなかったかのように床に落ちたマーカーを拾い上げた。
《もう時間だから、国語の自習を始めなきゃ》




