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Gemini 秘密の親友  作者: せっか
第5週 いないものがいる
19/30

5‐2 奏音の声


 果たして、レコーダーには、私たちが初めて聞く奏音(かのん)ちゃんの「声」が吹きこまれていた。

 少年のような風貌とはまたギャップがあり、意外と高く、澄んだ声をしていた。


 前編は、楽しげだった。部屋でビデオ通話でもしているかのように、奏音ちゃんの声だけが聞こえてくる。お気に入りのアニメかドラマの感想でも話し合っているのだろうか。『あの回は傑作だったよね』と、知らない人名を次々と出しながら何かのストーリーを振り返り、キセも彼女に答えて何か言うのか、奏音ちゃんはケラケラと笑っていた。


 それが一段落したところで突然、私の名前が出てきた。


 『モモ先生とは話せたらいいと思うんだ。確かに先生は「モモ」みたいで、ついつい話し過ぎてしまうけれど……』

 『ねえ、どうすれば声が出ると思う? 保健室で、他に誰もいないってわかっていても声が出ないの。うちではこんなに普通に話せるのに』


 録音はそこで終わっていた。

 それから母親は、より緊張した面持ちで言った。

 「それで、これが先週の金曜の夜なんですが……」


 案の定、今度はミラちゃんのことが話題になっていた。


 『ミラちゃんはだいぶ変わってるね、キセのこと鏡に映したみたいに絵に描くなんて、私も驚いた……。でもきっと、いい子だよ。星のことそれなりに詳しいみたいだったし、気が合いそう。きっと仲良くできると思う』


 楽しげな彼女の声が、少しの間をおいて、一転、曇った。


 『……他の子と仲良くしてほしくないの?』

 『……他の子と友達になるならいなくなるなんて、そんなこと言わないでよ!』


 今度は怒ったような、尖った声である。


 『なら、どうしてミラちゃんに絵を描かせたの? 名前だって、キセが自分で名乗ったんでしょ?』


 その後には、数十秒にも亘る長い沈黙が流れた。


 『……どういうこと? キセが私の声を()()()()()の?』

 『じゃあ、返して。喋れないせいで、私がこれまでどれだけ困ってきたか……』


 録音はそこまでだった。


 ――ああ、やってしまった、と、私は深く後悔した。

 七瀬先生に聞かせるべきではなかった。キセの名を知る人間がまた一人増えてしまった。今後の対応が一気に複雑になる。

 「この、キセ? というのが、奏音ちゃんの秘密のお友達なんですか?」

 七瀬先生はどう捉えていいかわからないという顔で母親に尋ね、私の顔を見た。

 「……ごめんなさい、こういうことって私は初めてで。ねえモモ先生、今の、どういうことだと思う? 先生はこういうお友達がいるって知ってた? 彼女は、架空の人物か何かと、言い争いをしていたの?」

 「七瀬先生。お母様」

 私は七瀬先生を遮り、二人に向き直って言った。


 「今日お母様がこれを持っていらしたことは、なかったことにしましょう。私たちは彼女の会話について、何も聞いていないし、把握していません。そういうことにしましょう。木曜にカウンセラーに相談されるのは賛成ですが。七瀬先生、学内ではこのことを知っているのは私と先生と、光里(ひかり)先生の三人だけにしましょう。学年にも管理職にも他言無用です。奏音ちゃんは、このキセという友達について、基本的に、他の誰にも知られたくないと思っています。万が一にも学校側が把握していることが彼女に伝われば、私が漏らしたのか、お母様が独断で相談されたのか、彼女は疑うことになります。いずれにしても、彼女は裏切られたと感じて、心を閉ざしてしまうかもしれません。ですから七瀬先生、どうか、すべて忘れて下さい。奏音ちゃんにそれとなく探りを入れたりもしないで下さい」


 七瀬先生は、普段言葉少ない私が珍しく一息に捲し立てたので驚いたようだった。

 「……わかったわ。なんだかよくわからないけど、モモ先生がそこまで言うなら、誰にも言わない。トップシークレットね」

 七瀬先生は真面目くさった顔で了解し、お口チャック、の手振りをしてみせた。

 「お母様。ご不安に思われるお気持ちはお察しします。この問題についてはカウンセラーの方が専門ですから、説明やアドバイスが得られると思います。私たちとしてはカウンセラーと連携を図りながら、引き続き、より丁寧に奏音さんを見守っていきます」

 「……わかりました。引き続きお世話になります」

 母親は、今日この場でも何らかの助言を得たかったのだろう。けれど、私には適切な対応を講ずる自信がなかった。(めぐみ)の忠告通り、ここは専門職に委ねるべき。だ。

 「それと……なるべくこうした、本人の了承を得ない勝手な録音は、もうなさらない方がいいですよ。ただでさえこの年頃のお子さんは秘密を持ちたがるものですし、それを大人に知られることを嫌いますから。お母様と奏音さんの関係のためにも」

 「はい。そうですよね……。すみません」

 奏音ちゃんのお母さんはICレコーダーをトートバッグにしまいながら、なおも救いを求めるように私に尋ねた。

 「先生、娘は病気なんでしょうか……? 思春期に発症しやすい精神病とか、私、今、検索魔になってしまってて」

 「それも含めて、私は医師ではないので何とも申し上げられません。ただ、ネットは往々にして怖いことばかり書いてあるものですよ。お母様はお母様として、これまで通りに、奏音ちゃんに接してあげて下さい」


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