5‐1 誰と話しているの
ミラは本物のエスパーかもしれないと疑った日、モモは誰にも相談できなかった。
三人の周りで「キセ」を巡る怪現象が次々と起き始める。
「娘がいつも、本当にお世話になっております」
恵から聞いていたかつての苦情の話と、堤家に事前の説明なく保健室登校の児童が増えたのと、先週の金曜日に少し気分が悪くなって休んだのを伝えていたのと、今日が欠席だったことで内心ヒヤリとしたが、奏音ちゃんのお母さんは低姿勢だった。
「モモ先生のおかげで、最近では奏音の中でも登校する方が日常になってきているようで。本当に、なんとお礼を申し上げていいか」
「いえ、そんな。私は本当に何も……」
頭を下げるお母さんに慌てる私に、横から七瀬先生が言う。
「ねえ、本当に、酒井が来てから私たちなんかもう学ぶことばかりなんですよ。このところの奏音ちゃんの変わり様は目覚ましいですね!」
変わり様、という言葉に、母親はやや反応したように見えた。
「それで、その……是非モモ先生にも聴いていただきたいものがあるんですが……」
彼女がトートバッグから取り出したのは、簡素な造りのICレコーダーだった。
「うちの娘、私とだけはずっと普通に喋れるんですが、この頃、夜になると独り言が多くて、気になっていて……。まるで誰かと喋っているみたいなんです。パソコンはリビングにあって、本人には携帯も何も与えてないんですけど。誰と話しているの? って訊いても、秘密の友達、としか答えてくれなくて。気持ち悪いからやめなさいって言っても、反抗的になって聞いてくれなくて……」
キセとの会話を母親が密かに録音したものだと、私は直感した。
「奏音さんご本人の承諾は得ていますか? 録音していることと、私たちのところへ持って行くことと」
とっさに私が尋ねた。母親はうつむいて首を振った。
「いいえ、私が勝手にやったんです。今も、娘は留守番してますけど、このことは断ってません。知ったら、怒ると思います」
「……聞いてしまって、大丈夫な内容ですか?」
やけに慎重な態度の私を、何もご存知ない七瀬先生は不思議に思ったようだった。
「まあ、私たちは黙っておけばいいんだし、聞いてみましょうよ。私は聞いてみたいです、奏音ちゃんの声」
今思えば、私ももう一つの問題にまでは頭が及んでいなかった。ミラちゃんの存在だ。これから聞いてしまう内容を彼女が悟るおそれがあるのを私は考えてみるべきだった。
「録音は二つあるんです。……ちょっと、他の方には聞かれたくないんですが」
「じゃ、相談室にしましょうか。今鍵開けるんで」
七瀬先生が言い、すぐに職員室から鍵を持ってきて、私たちは移動した。