4‐4 学校の中で見たことあるよ
週明けの月曜日、奏音ちゃんは学校を休んだ。ミラちゃんに予期せず自分の秘密を暴かれてしまったことがショックだったのではないかと、私は心配に思った。
「奏音ちゃん、今日は来てないんですか」
三時間目に現れたミラちゃんも、気になる様子だった。
「ミラちゃん。こないだ描いてくれたキセの絵のことだけど……」
「描いちゃいけないものでしたか? でも、みえたの。そこにいるみたいにはっきりと。奏音ちゃんは、喜んでくれると思ったんだけど」
「……奏音ちゃんにとっては、秘密の友達なんだって。だから、奏音ちゃんからその話をしてくれるとき以外は、私たちからは触れないでほしいって。あの日、先生も注意されたばかりだったの。秘密だから、先に言っておくわけにいかなくて、ごめんね」
「わかりました」
彼女は素直に頷いたが、続けてこう言った。
「でも私、その子のこと知ってると思うの。学校の中で見たことあるよ」
背筋が冷たくなるのを覚えて、私は潜めた声で尋ねた。
「キセを?」
「うん」
光里先生が来るのは木曜日。今日がまだ月曜日だなんて! 私は絶望感に頭がクラクラしながら、尋ねた。
「……他の子の見間違いじゃないかな? この学校、授業中に廊下とかに出ちゃう子、結構たくさんいるし……」
「ううん。髪の毛はあの絵の通り、短くて満月みたいな金色だった。背丈はたぶん私と同じくらい。最初に来た日の、カウンセラーさんとのお話の後に、昇降口の突き当たりのトイレに寄ろうとしたら、そこの角を曲がっていく真っ赤な洋服の子がいたの……。理科室か家庭科室に戻るのかなと思ったけど、その時間はどっちの部屋も閉まってて、誰も使ってなかった。あそこは突き当たりが家庭科室でしょう。でも、誰もいなかったんだよ」
幻視? それとも、怪談?
「この話も奏音ちゃんにはしない方がいいですか?」
「……たぶんね。でも、ねえ、今の話、光里先生には伝えてもいいかな。奏音ちゃんの秘密でもあるから詳しくは言わない。でも、ちょっと不思議なものが見えたってことだけ」
「光里先生? カウンセラーさん」
ミラちゃんは渋い顔をして黙り込んだ。
「駄目なら言わないよ。秘密は守る義務があるから」
「……いいですよ。でも、スクールカウンセラーさんはあまり好きでないの」
こちらから理由を尋ねるまでもなく、彼女は自分で言った。
「私を病気にしようとするから。モモ先生みたいに包み込んでくれない」
ミラちゃんは、重たい。
彼女を下校させてから、私は思った。奏音ちゃんは、なんだかいいのだ。筆談のコミュニケーションをしていてもそんなにおかしな感じはしないし、いつかは喋ってくれそうな希望を見せてくれる。
けれど、ミラちゃんは、知れば知るほど謎の深みにはまっていく、怖さのようなものを感じてしまう。
それと、「キセ」。聞けば聞くほど、私にはそれが不気味な存在に思われてきていた。奏音ちゃんが生み出した空想の友達だというなら理解もできるが、ミラちゃんの存在によってただのイマジナリーフレンドから逸脱しつつある。一体ナニモノなのだろう?
明日から十月なので、保健室の掲示を張り替え、カレンダーを破っているところへ、七瀬先生がノックをして顔を出した。その後ろには、奏音ちゃんのお母さんが立っていた。
――何か苦情だろうか。
一瞬、身構えた自分がいた。けれど、要件は別だった。
「奏音ちゃんのお母様がね、木曜日にカウンセラーさんの面談の予約はしてるんだけど、木曜といわずに今日私たちに聞いてほしいものがあるんですって。お家での奏音ちゃんの声を吹き込んだレコーダーをお持ちになってて。ちょっと一緒にお時間、いい?」
次週「いないものがいる」火曜~金曜毎朝7:00投稿