4‐3 なんでも映し出す鏡
――どういうこと?
奏音ちゃんだけではない。私も動揺していた。
他人の心の声がきこえると信じていると、光里先生は言った。それは病的な妄想や幻聴の類の話だと私たちは共通理解していた。けれどさっきからの違和感はどうだろう?
特に今、彼女は確かに「キセ」と言った。決して知るはずのないその名前を。
彼女は本物のエスパーか何かなのだろうか?
「昨日スクールカウンセラーさんにも話したけど、私は魔法の力に目覚めたんです、先生。先生の心の声は全部きこえるの。それに……人の頭の中もみえる。この子は奏音ちゃんの中に、とても強いイメージとしてみえたの。そして名乗った。『わたしはキセ』って」
ミラちゃんは少し寂しげに言うと、描いたばかりのキセの絵に目を落とした。
「でもきっと、先生にもそういうこと、わかるでしょ? 私と同じにおいがするもの」
その時。奏音ちゃんがぐらりとよろめいて、床に尻もちをついた。
「奏音ちゃん?」
ミラちゃんの脇を通り、助け起こす。軽い脳貧血を起こしたようだった。
「……『ちょっと、びっくりしちゃって』」
小さな声で、ミラちゃんが言った。
「でも、私に『喋らないで』っていってます」
「どうする、給食、少しベッドで休んでからにする?」
私が尋ねると奏音ちゃんは頷き、私に支えられてベッドへ移動した。横になると、ボードをくれというように手を伸ばす。
《あの絵、私の思い描いていたキセそのまま。本当にそっくり》
放課後。
私は佳苗先生に、算数の学習の様子だけを伝えた。すぐに管理職とも相談がもたれ、ミラちゃんの算数に関しては非常勤の植田美佐子というベテランの先生の空きコマに個別指導を受けられるようにしようとその場で決まった。けれど。
ミラちゃんは幻聴ではなく実際に他人の心の声をきいているのではないか。きくだけでなく、他人の心を覗けるのではないか――私はそれをその日誰にも共有できなかった。できないではないか。エスパーだなんて、オカルト話など口にすれば一発で信用を失う。
とはいえそれは、一人で背負うにはあまりにも重大すぎる秘密だった。
そして後になってみなければわからなかった、大きな誤りだった。