3‐4 彼女は医療の領域ね
「光里先生、ミラちゃんのこと、どうご覧になりました?」
放課後、最後の児童を帰すとすぐに私は職員室に戻り、光里先生に面談の所見を仰いだ。担任の佳苗先生も引き寄せられるように側へやって来た。
「正直――彼女は医療の領域ね。私たちや先生方でどうこうというより、きちんとした小児精神科に本当にかかってほしいのだけど」
お母様がね、と、光里先生は苦々しげに片目をつぶる。
「今日の面談は三十分程度で、その間に聞き取れた限りだけど……かなり病的な妄想を抱えているの。彼女は他人の心の声がきこえると信じていて、曰く、五年生になってその〈力〉に目覚めたんですって。教室では皆のドロドロした〈本音〉が全部きこえてしまうから、怖くて居られない。それに被害妄想も強くて、自分は常に知らない人たちから見られていて、狙われているというの。今日は給食を食べずにすぐにお母様にお迎えに来てもらって帰っていったけど、それも、自分の給食には毒が入れられているから、って」
「そんなぁ」
ショックを受けたように、佳苗先生が声を上げた。
「あの様子だと実の両親のことも信じていないかもね。彼女は今そういう恐怖心に囚われていて、だからなるべく部屋を出たくないし、誰とも会いたくないということだったわ」
確かに、カーテン越しでも校庭の子どもたちの存在に怯えていたが、奏音ちゃんに比べればある意味人懐こいような印象を抱いていた私は、その話を興味深く聞いた。
「それと、生活リズムは完全に昼夜逆転してしまっているわね。今朝も十時過ぎにお母様に起こされて、ようやく支度して出てきたんですって。今後も一時間目から保健室に登校するという風にはできにくいかも」
「あ、面談の時間に合わせて起こして支度をさせることは、ミラちゃんのお母様もして下さったんですね。でも、どうしてミラちゃんは保健室なら大丈夫なんだろう?」
私も佳苗先生に同感である。
「少し安心感があるみたい、外界からは守られているような……。でもちょっと、どう思われます、酒井先生? 保健室ではどんな様子でした?」
「……そうですね、校庭の体育が気になって怯える様子はありましたね。ただ保健室ではくつろぐ様子もあって、相談室での面談までの間、十五分もなかったんですけど、何か持って来たかと訊いたら、ランドセルの中に自由帳しかなくて、絵を描いていいですか、と言われて。とりあえずまずは先生からいただいていたプリントに取り組んでもらったんですが……。奏音ちゃんとは、さすがに今日は直接のやりとりはなかったんですけど、お互い一年生で同じクラスだったことを覚えていて、悪くはなさそうですね……奏音ちゃんは、意外とミラちゃんに関心があるみたいですし」
それぞれに沈黙が流れた。
光里先生の話を聞く限り、ミラちゃんは病気かもしれない。お絵かきしたいというのを甘やかさなかったから、私のことも嫌って、もう来ないかもしれないが。
次週「触れてはならない」火曜~金曜毎朝7:00投稿