3‐1 やばい子たちだからという忠告
奏音の登校状況が劇的に改善したことで教職員の信頼を得たモモは、ミラも保健室で見てくれと頼まれてしまう。
不思議なミラの登場によって、物語が動き始める。
教室へ足を踏み入れた反動からか、翌日奏音ちゃんは現れなかった。学内では週一で上出来と思われているため、誰も気にも留めなかったが。その一方で。
「え。ミラさん、来るんですか?」
驚きのあまり、聞き返してしまった。出勤するなり佳苗先生に話しかけられたのである。
「そうなんですぅ。昨日、あれからお家にお電話して、お母様に、他のお子さんと一緒になる日もあるかもしれないけど、保健室登校どうですか? ってお伺いしたら、ミラちゃんが、行ってみたいって言ったらしくて」
胸の前で手を握り合わせて、嬉しいような、切ないような表情で佳苗先生は言った。
「でも一応、最初は来週の木曜日で、カウンセラーさんもいらっしゃる日にお試しで来てみましょうということになって。なので先生、これからうちもお世話になりますぅ」
「……わかりました。ちなみに、どんなお子さんなんですか? ミラさんについての情報があまりにも知らされてなくて」
佳苗先生は困ったように顔を歪めた。
「私もよくわからないんです。一学期の初めの三日間来たきりで、後は訪問しても会ってくれないですし……担任なのに本当に恥ずかしいんですけれど、その三日間で直接お話したことってあったかな? というくらいで……」
ふっくらとした唇にはピンクのグロスが丁寧に塗られている。
「昨年度までは特に兆候もなかったんですか? もともとしぶっていたとか、きっかけになりそうな出来事があったとか……」
「それも全然聞いてないんです。校内委員会でも別に去年までは聞いたことのなかったお名前で。特にいじめがあったという報告もないですし……。もとは活発な子だった、とかでもないそうなんですけど、全然目立たない子だったみたいです」
なんだろう。何か発症したのでなければいいが――私は嫌な予感がした。恵が「結構やばい子たちだから」と言った声が、耳に蘇った。
「他のお子さんと一緒に、と言われたのは、奏音ちゃんだとは伝えましたか?」
「はい、それは、ミラちゃんが気になったみたいで、お母様から訊かれたので」
奏音ちゃん側には伝わっているのだろうか。誰が伝えるのだろうか?
「すみません、先生。よろしくお願いしますぅ」
佳苗先生は申し訳なさそうに何度も頭を下げながら、離れて行かれた。緩く巻いた茶色い髪が彼女の肩で揺れた。