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月曜日。
入学後初の期末テストの返却が一通り終わり、長期休暇の開始を待つだけの放課後は、いつにも増して浮ついている。
大袈裟に騒ぎながら夏休み中の約束を取り付けたり、ハイテンションを装って連絡先を交換したり、誰も彼もが休暇中あぶれないように必死だ。三ヶ月間で慎重に積み上げた人間関係が、一ヶ月ちょっとの空白期間で霧散してしまうのではないかという焦りが、漠然と漂っている。
そんなクラスメイトたちを横目に、そそくさと美術室へ向かう。部活のためだ。
休暇中に巡る美術館の計画を練る方が、私にとっては重要だった。
「そういえば。ね、見て! これ!」
ひときわオーバーに声をあげたのは、同じ学年の美術部員、浜名という女子生徒だった。
指導ギリギリの明るい茶髪をゆるく巻いているが、今は雑に後ろで結んでいる。
こんな見た目だが、中学の絵画コンクールでは受賞者の常連だった。
鞄からスマートフォンを取り出して、「すごいの撮れたんだけど」と興奮気味に取り巻きたちに見せる。
そばで携帯を見ていた二人が、同時に画面を覗き込む。
「やばー」語尾を伸ばす癖のある小網が言う。
「ぶつかりおじさんじゃん。鞄とんでるし」黒縁メガネの蟹江が冷静に返す。
「ね。めっちゃ痛そう」
反応の良さに気を良くした浜名は、得意げに状況を説明しはじめる。
撮影したのは土曜日の新宿駅、ちょうど私が胡桃坂と会っていた時間だ。その日友人と遊びに出ていた浜名が偶然カメラを回していたところに、おじさんの悪行が映り込んだらしい。
賑やかな雰囲気に惹かれたのか、私の後方に浮かんでいたコイが、のんびりと三人に近づいていった。
コイは、文字通り鯉に似た魚のようなやつだ。
軽自動車くらいなら飲み込めそうな巨体と、頭の先から尾ひれまで一様に銀光りする体は、遠目には宇宙船のように見える。どうやら、話題の中心たるスマートフォンに興味があるらしい。
魚の視野角で小さな画面を覗き込むのは難しいのか、体を大きく傾け、右目を近づけたり左目を近づけたりくねくねしている。全長四メートルはあろうかという巨体が動くと、浜名の前の二人の上半身はコイの体に埋まってしまう。
「うわー。なんか私、鳥肌立ってきたー」
「私も。意味不明すぎて気持ち悪い。これ、もうアップしたの?」
「まだ。ねー、これ上げて大丈夫だと思う? ガチすぎてやばいかな」
「えー、どうだろ。でもー、おじさんってSNSやらないんじゃない?」「モザイクめちゃくちゃ濃くすれば?」
小網と蟹江は無責任に言うと、最新の加工アプリの話を始める。
コイはいまだに画面を覗き込もうと懸命に体を揺らしていて、動くたびに小網と蟹江がはみ出たり埋もれたりしていた。
私は筆を置いて立ち上がり、彼女たちに声をかけた。
「ねえ」
三人がぎょっとしたように顔を上げる。
「え、なに?」
生まれて初めて宇宙人に話しかけられたかのような反応で、浜名が答える。
「私にも見せてくれない? 動画」
「え、別にいいけど……」
差し出されたスマートフォンを、胸の前、気持ち高めにあげてやる。
コイが素早く私の後ろに回り込む。
ちょうど良い位置に落ち着いたのを確認して、私は再生ボタンを押した。
まず画面に映ったのは、改札を抜けて、笑いながらこちらへ歩いてくる女子だ。浜名の友人だろう。
「なんで撮ってんのー」とはしゃぎながら、こちらへ近づいてくる。
周囲は改札前を通り過ぎる人波と、改札から出てくる流れとがぶつかって、非常に混雑している。
動画はそのまま撮影者の友人を追っているが、彼女が目前に迫った時、ちょうど後ろを通りかかった少女が右半身を突き出すような形でつんのめった。
手に持っていたナイロンバッグが手を離れて飛ぶ横を、上下ともグレーのスーツを着た中年男性が、足早に通り過ぎていく。
肩を抑えて呆然と立ち尽くす少女と、呆気に取られる友人、床を滑った鞄を写して、動画は終わった。
「これ、どこで撮ったの?」
携帯電話を返しながら尋ねると、浜名が怪訝な顔で答える。
「新宿の南改札の前だけど」
「ありがとう」
いくよ。
コイに声をかけて、私は自席に戻る。
(◉Θ◉)oO ( 良い文章が浮かばず、遅くなってしまいました。
次回は来週中にはアップしたいな・・・。