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「銀色の巨大な鯉とか、虹色の輪。あなたにだけ見えているお友だち」
意に介さず胡桃坂が続けるので、面倒に思いながら答える。
「グミの群とか、見るたびに位置が変わる壁とか? 見えてるし聞こえてますよ。匂いも感じる」
「そして、あなたが言えば寄ってくる?」「そう」
「あいかわらず?」
「あいかわらず」
「なるほどね」
「信じられない?」
胡桃沢はそれには答えず、ノートパソコンになにか打ち込むと、曖昧に微笑んだ。
この人は肯定も否定もしない。眉を顰めたりしないし、過剰におだてて可哀想な気狂い扱いしたりもしない。
ただ私の話を、妄想や幻覚、あるいはイマジナリーフレンドとして聞いている。
「どうしてあなたが願うと寄ってくるのかな?」
「わからない。私に都合のいい幻覚なのかもね」
胡桃坂は相変わらず微笑んでいて、私は今すぐに”都合のいいお友だち”をけしかけてやりたい衝動に駆られる。
数年前から、私は他の人には見えない存在を知覚している。
それらはそこかしこにいて、各々が意思を持って空間をぶらぶら漂ったり、街中を奔放に移動している。意識を合わせて声をかけると、簡単な指示であれば言うことを聞く、かわいいやつらだ。
彼らはこの世界の物体に直接干渉することはできないが、存在自体が人間の無意識に作用するらしく、道におけばそこだけ避けて流れができるし、そばにやって、居心地の悪さや焦り、恐怖心を抱かせることもできる。
感じ方には本人の資質やコンディションも関係するようだが、混雑した通りを歩く時にはずいぶん重宝していた。
「ちなみに、今はどう? この部屋の中に何か見える?」
観察するような眼を見つめ返して、「どうだと思う?」と尋ねる。
私は意識をグミに合わせる。
グミというのは私のお気に入りの”お友だち”のひとつで、見た目と匂いがゼラチン菓子のグミにそっくりな、色とりどりの粒の群だ。
一粒ずつは小さいものの、大量に固まっていると香りで酔うので、あまり自分の近くに寄らせることはない。
しかし、空中を漂っている姿はなんとも言えず綺麗で、退屈な時間にはよく呼んでいる。要するに、この面談の初めから、部屋の中をてんでバラバラに飛び回っていた。
私が命じると、それまで部屋の中を適当に泳いでいた彼らは、素早く方向を変えて胡桃坂を取り囲み、一列になってゆっくりと回り始めた。
一定間隔でオレンジ色に明滅し、縞柄のうみへびのようだ。
あたりに柑橘類の甘酸っぱい香りが広がる。ように、私は感じる。
しばらくの間私たちの間に沈黙が続き、根負けしたように胡桃坂が口を開く。
「わからないな。もしかして目の前にいたりするのかしら」
自信なさげに肩をすくめてみせる。
輪を大きくしたり小さくしたりして頑張っていたグミたちは、「しょんぼりしました」と言わんばかりに、力無くほどけて、元いた中空へ戻っていく。
「ここには何もいない」
私はしれっと嘘をつく。
受付で会計を済ませて外へ出ると、廊下に置かれた自動販売機の前に胡桃坂が立っていた。
視線に気づいた彼女が、笑顔で缶ジュースを挙げてみせる。
「なんだか無性にオレンジジュースが飲みたくって」
軽く手を振ってクリニックに戻る胡桃坂を見送る私のそばで、グミたちが機嫌良く明滅を始める。
(◉Θ◉)oO ( お読みいただきありがとうございました!
次回は8/1ごろの更新となります。
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