序章
私がまだ幼かった頃、田舎の家で、祖母が隣家の飼い犬に餌をやっていたことがある。
広い敷地の庭先の、廃材を組んで作った小屋のそば。その家の主人が元気だった頃に手なづけた野犬で、名前はアカといった。濃い赤毛が夕日に照らされると、燃えているように見えるから、というのが由来だった。
賢く優しい犬で、幼かった私には、良き遊び相手だった。
高齢だった家主が体調を崩し、遠方の親戚に引き取られてしまってから、その家にはコロだけが暮らしていた。庭先の犬のことなど、誰も気に留めなかったらしい。
祖母は言った。
「せめて餌くらいはやらんと」
一日一回、餌入れを持っていく祖母は、決してアカに触れようとはしなかった。
アカは何年もそこに繋がれていた。
固く頑丈な縄は、何度も噛み切ろうとしたのか、ほころびてボロボロだった。
半ば諦めたように日がな一日座り込んでいたが、私が様子を見に行くと、いつも尻尾を振って歓迎してくれた。
私は毎日アカと一緒に過ごした。そばに座って雲を眺めたり、絵を描いたり。
半径一メートルの世界からどうにか自由にしてやりたかったが、当時の非力な私では、どうすることもできなかった。
雨の日には一緒に小屋の中に入り、アカの背をテーブルにして一人でままごとをした。
ドアのない入り口から一人と一匹で眺める世界は、とても小さく、ひどく冷たく見えた。
その後私は田舎の家から去ることになり、間も無くアカは死んだと聞いた。
私は一生、生き物は飼わないと誓った。