金森の場合
個人経営の金貸しちゅうたら怪しげなものと相場は決まっとる。
ふつーのところで金借りられる奴なんぞお呼びでない。もうどこも貸してもらえんっちゅう奴さ金貸してどうやってギリギリまでむしり取るかっちゅう商売じゃから、わしが死んだら地獄行きは確定じゃね…っちゅうたら、いやいや、金森さんは、もう誰からも救いがない人に救いの手を差し伸べてるから、地獄には行かれないかもしらんねえって笑っとった。
立花さんはそういう人じゃった。
はじまりはパチンコじゃった。
いつもわしが行っとる店の、誰も狙わんコーナーの一台に陣取って難しそうな顔をしとった。
「出るかね」
「出ないねえ」
そりゃそうじゃろ。このコーナーはどれも渋めに設定されとる。そういうことを調べもせんと座ってられるやつは、わしのお客様じゃ。
わしもその隣りに座って始めた。立花さんの玉はあっちゅうまに飲まれてしもた。
「玉貸そか?」
「いやー玉借りるのは良くない」
「んじゃ金貸そか?」
「え、いくら位?」
「ナンボでもええよ。わし昨日大当たりしてん。」
「じゃあ5,000円」
その5,000円はすぐに呑まれてもうたけど、まあ気にしなさんなちゅうて晩飯をおごることにした。まずは仲間意識が大事。こいつならなんとかしてくれるちゅうて甘えた心根が生まれりゃしめたもん。
そんな気分で酒のんで話してる内、わしの方でそいつに興味が湧いてきた。
わしは本を読むのが好きじゃ。
愛読書は芥川龍之介の短編。トロッコ読んじゃ寂しい帰り道を思い、地獄篇読んじゃ取り憑かれた人の怖さに震えちょる。
でもわしのお客共に本を読むやつぁほとんど居ない。まともな日本語の文章が読めないやつも多いし、本買う金とか暇があったら、別なことに使っちまう奴ばっかりじゃ。だから客と本の話をすることはまず無かった。
でも立花さんは違っちょった。
わしなんぞ及ばないほど膨大な本ば読んどる様じゃった。なにか話せばどんどん出てくる出てくる。いろんな物語のモチーフじゃ、それが書かれた時代背景じゃ、この作品に似たお話でこんなのがあってとかなんじゃかんじゃ。
それもただ小難しい話じゃったら、わしちんぷんかんぷんで相手にならんかったじゃろうけど、あん人はわしにも分かる言葉で話してくれた。それがまあ面白い面白い。
その日は遅くまで一緒に飲んで語って、その勢いであん人の部屋に行ってまた朝まで語って。そんなんは生まれて始めてじゃった。
その日から、あん人とちょくちょく会うようになった。
パチンコ屋やら麻雀やらで会うことが多かった。
賭け事は向いてない様やったけど、なにか思う所があるみたいやった。金がなくなりゃ貸して、金が入ったら返してもろた。でも、わしは金の貸し借りより立花さんと本とか物語の話をする方が何倍も好きやった。
立花さんから、最近の面白い本を色々教えてもらった。借りられる本は借りた。わしも数少ない蔵書の中に立花さんが知らん本があった時は得意げになって貸したりした。金貸しの法律関係の本なんぞも喜んで読んじょった。
立花さんは「いつか借金はちゃんと返すから」って言うとったけど、わしは「ええよええよいつでも」ゆうて流しとった。気がつきゃ100万超えとったけど、わしはこれ別に踏み倒されてもええぐらいに思っとった。
わしと立花さんをつなぐのはこの借金じゃ思うと、返されたら寂しいぐらいに思っとった。
ある時、話しながらなんやらずっと考え事しとる様な時があった。
「なんや、随分ご執心みたいやな。コレかいな?」
わしが小指を立ててみせると、
「そう言うんじゃないよ」
っちゅうて恥ずかしそうな困ったような嬉しそうな顔をした。
話を聞けば、職場の同僚のパートさんのことらしい。
家族と別居中で一人暮らし。離婚調停が進んどる。なんでもDVがひどいっちゅうて、夫に子供の養育権を奪われそうになってるらしい。母親が養育権奪われるちゅうのはよっぽどのことじゃろ。立花さん、そん人のことばあれこれ話しだしたら止まらんくなった。
なんじゃよっぽど気に入ってるんやなあっちゅうたら。また困ったみたいな笑い顔して言った。「僕にはどうにもできないもんね…」笑ってんだか泣いてんだかわからん顔じゃった。
「それじゃったら、物語ば見つけてやったらどうね?」
「え?」
「こう、しんどい時でも、本ば読むと救われたりするじゃろ?その人がしんどい状況にいるんやったら、読んで慰められたり、元気になったりするお話ば探してやったらええんちゃうか?」
わしにしては気の利いたこと言ったと思う。あん人まじめーにうなずいて、探してみるっちゅうて。
そう言えば、最後にあった時、あん人言っとったな。
「あの人に読んで欲しいお話、用意できた。」って嬉しそうに。
どんな話か聞いたけんど教えてくれんかった。その人に読ませてから教えるっちゅうて。嬉しそうに困ったみたいないつもの笑顔で笑っとったなあ。
あのお話は、渡せたんやろか?
立花さんの訃報は、お姉さんじゃちゅう人の留守電で聞いた。
そん日は遠方の金主との面会で外すわけにゃいかんかった。
お姉さんの話だと、来ても遺体の損傷が激しくて面会はできん。通夜・葬式が終わったら、遺骨はしばらくあん人のアパートに安置するちゅう話やったから、そん時お別れしに行くことにした。
金主との面会が終わった後、新幹線に乗った。かばんの中には旅中に読もうと立花さんに借りた本が入っとった。最近のおすすめじゃゆうとった本。
開こうとして涙が出て止まらんくなった。こんなにつらいのは小さい頃に母ちゃんと死に別れした時以来じゃと思う。
止まらん涙と嗚咽で、わしは、かけがえのない人を失ったちゅうことがわかった。