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田所の場合

邦夫の印象は高校3年の文化祭に遡る。

同じクラスで同じ部だからその前から一緒に居たはずだけど、文化祭までは接点が無かった。

入っていたのは文芸部。毎年部誌を作成して配布する。僕と邦夫が編集係になった。

邦夫はいつもは寡黙で喋ってもボソボソ話すタイプだったけど、本の話になると熱っぽく語り出して止まらず、どんどん脱線して広がり出す。僕が軌道修正して、まとめてやらないとなかなか話が前に進まない感じだった。

装丁は美術部の知り合いにお願いした。

出来上がったデザインは十分いいものだったし、先生のOKも出た。でも邦夫は反対し始めた。もっとこうすべきだああすべきだと。でもこれは、ボランティアでやってもらってるからと言ったら「じゃあ僕がギャラ払う」と言い出した。嫌なことを言う。そこまで頑張るようなもんじゃない。「それより君の原稿はどうなってるのさ?」と聞くと黙り込んだ。

部員のみんなからの原稿集めが苦戦していた。みんな読むのは好きだけど書くのは難しいし恥ずかしい。それに元々部活に興味のない名ばかり部員も多かった。

先生の方針で、とにかく全員何らかの言葉を載せるのがルールだったけど、それじゃ本の体裁を保てないから、書ける人には多めに書いてもらうようにお願いしている。

「君ももちろんちゃんと書いてるよね?」

「うん。…でも、まだちょっとかかる。」

「印刷とか製本の時間もかかるから、締切までもうほとんど無いんだけど。一度持って来てよ。」

そう言ったら邦夫は、おずおずと一冊のノートを取り出した。それに書いてるという。

「まだ未完成だから」というのを無理やり見せてもらったら、それは、"長編"異次元ファンタジーモノだった。

今で言う異世界転生モノ。少年が事故にあって異世界に転生し、そこで英雄としての使命に目覚め、冒険の旅に出る。その中で様々な経験を積みながら成長し…という正統派ファンタジー。文体や表記の揺れが結構あるし、文字が汚くて読みにくかったけど、気がついたら引き込まれていた。面白かった。

でも、まだ多分お話の半分くらい。締切まであと2日しかない。それに文量がすごい。今の時点で文集の半分位を占める量はある。これじゃ、彼の本になってしまう。先生に見せたら却下されるだろう。

「いいんじゃない?頑張ってみたら?」

僕はノートを彼に返して言った。本当はもっと言いたいことはあったけど、言えなかった。彼ははにかんだような困ってるみたいな顔で「ありがとう!頑張るよ!」と言った。

もちろん、その作品が世に出ることは無かった。ギリギリまで粘って、でも未完成のままで先生に直談判したが却下された。長すぎるし未完成なのは駄目だと。

結局、文集の中の彼の言葉は編集後記だけになった。

あからさまに落ち込んでる邦夫を見て、僕はちょっと後悔した。

あれだけのものが書けるのはすごいことだ、多分君には才能がある。あの作品も完成させればいつか誰かの目に止まって出版されるかもしれない。諦めずに頑張りなよ。

僕が言う言葉の後、彼は困ったような顔で「ありがとう」とだけ言った。

その日以来、彼が創作活動に手を出すことは無かった。


次にあったのは大学を卒業して出版社に入ったあとだった。営業周りをさせられてる時、回った本屋の一つに、邦夫が居た。

親戚のお店でバイトをしてると言っていた。

その日の夜、待ち合わせして二人で飲みに行った。

「田所くんは夢が叶ったんだね」

そう言われて、ピンとこなかった。彼が言うには一緒に作った文集の編集後記に書いてたらしい。いつか編集の仕事がしたいと。

言われて思い出したけど、本気で考えてたわけじゃない。編集係の感想ならそう書くのがそれっぽいと思っただけだ。本の仕事はしたいと思ってたけど、作家の才能は諦めてたし、かと言って本屋というのもパッとしない。司書を目指すほど真面目じゃないし、結果的にこの仕事に流れただけだ。

苦労しないで生活してるんだなあ、こいつは。と、その時は思った。

実際にはその後、会う度に職が変わっていたし、こころなしかムサイ感じになっていった。話を聞けば、父親が死に、母と二人暮らししてたのが母親も死に、姉家族に居候していたのが、そこを飛び出して(多分追い出されたんだろう)ついには一人暮らし。たぶんこのまま、いつかはホームレスになった邦夫を見ることになるんだろうなと思っていた。

会った時に話すのは本のことだった。偏りは有るけど、とにかく本は好きで、最近の本もかなり読んでるみたいで、流行のラノベ作品の傾向なんかもも熱く語っていた。語りだすと止まらず横に脱線して広がっていくのは昔と変わらない。でも雑談なら、ただただ楽しめた。色んな作品や概念に、僕か思いつけないようなつながりを見つけてみせたり、一つの話を多方面から分析してみせたり。

「小説書きたいんじゃないの?」ある時彼に言った。

彼は困ったような笑顔を見せて、黙り込んだ。どうやら地雷ワードだったらしい。僕は話を変え、彼もそれに乗ってきて、その後その話をすることはなかった。

もし、あの時みたいに「実は…」と言って作品を出されたら、僕はどうしただろうか?作品を受け取って作家志望の若者に対するように良いところ悪いところを踏まえながら、採用されるための改善点を指摘しただろうか。そうしただろうと考えつつ、心はなにかに怯えていた。それが何かはわからない。


彼の死を知ったのはお姉さんからの電話でだった。

心臓の発作で、自宅で孤独死したとのこと。死んだ数日後に大家さんに発見されたらしい。

お姉さんに聞いた会場はこじんまりとした家族葬用の部屋で、お姉さんのご家族以外は僕しか居なかった。遺体は損傷がひどいとのことで対面は出来なかった。最近撮った写真が無いとのことで、遺影には僕が以前撮った写真が使われた。

お姉さんたちとは初対面。彼と対面も出来ないとなると、彼と過ごした時間を感じるものはなにもない。

本当に死んだんだろうか。これはドッキリかなんかじゃないだろうか。

いや、そんなことをする奴じゃないことはよく知っている。でも、それくらいしてもいいんじゃないか?とも思う。彼にそれくらいやる度胸や愛嬌があったら、きっと大成していたに違いない。自殺じゃないって?自殺だった方がよっぽどマシだ。そこには彼の意志がある。彼は、自分の意志とか想いとかを外に出そうとしなかった。

いつから?決まっているあの時からだ。あの作品を拒まれた時からだ。

だとしたら。

だとしたら、彼の生の苦しさの何割かは、僕の責任だ。でも、これから彼にしてやれることはもうなにもない。


「明日、あいつの部屋の掃除するんだけど。」

お姉さんが言うので手伝いを申し出た。会社は有給を取った。

そんなことしても、邦夫の冥福には役に立たないかもしれないけど、少なくとも僕の気持ちはいくらか楽になるだろうから。

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