戦う勇気
俺は、大通りで自分自身のCodeを書き換えた。
ソウタから外見の書き換え方は教わっていた。ソウタのように丸一日、少女の格好を維持することは出来ないが、顔の特徴が変わってしまえば、気づかれないだろうと考えた。
人を待っているような演技をして、カフェからアオイが出てくるのを待った。
俺がアオイを認識したのに、アオイが俺に気づかなかったことは、ショックだった。
リリーは俺の名前を言ったし、以前から顔がそんなに変わったとは思えない。
まさか同じ世界にきたと思わなかった、それだけのことで気づかないのだろうか。
おそらく成人式で出会っても、同じだったのではないか。
俺は彼女を意識していたが、彼女が俺の存在を認識していたのかはわからない。
何しろ、彼女はスクールカーストの上位で、俺は底辺なのだ。
住む世界が違うと言っていい。
「!」
彼女が店から出てきた。
俺はそれとなく回り込み、後ろを歩いた。
彼女は歩くのが遅く、俺は追いつきになると、立ち止まって周りを見回した。
大通りを曲がり、細い道に入ると、坂になっていた。
人通りが急に少なくなるので、俺は十分間を開いてから追跡する。
坂が終わると、今度は道が階段になった。
ここまで登ってきた道を振り返る。
リムの街が見下ろせる。
ここはリムの街の、東の外れだ。
アオイは俺がつけていることには気づかないまま、自宅と思われる建物に入っていった。
俺は建物に手を触れ、建物のCodeを読み出した。
建物の属性に住所があるわけではない。住所はあくまで人が勝手に使いやすいように認識しているエイリアスだ。建物のCodeが持つ属性は、この星の中での相対的な位置だ。俺はそれを読み取り、記憶した。
Codeを読み取る限り、アオイの住んでいる部屋も俺と同じで階段を上がった二階のようだ。
俺はこのまま部屋に押し入り、彼女を確保するか、この建物の前で張り込んで出入りするところを抑えるか考えた。
どちらの方法も違法だ。
この街にも警察はいる。
穏便に済ませるなら、後日、人気のない状況を見計らって、ということになるが……
まだ昼過ぎだ。
周りの家に気付かれたら、警察が駆けつけるだろう。
「……」
場所は覚えたのだ、一旦引き返そう。
そう思って、建物に背を向けた時だった。
「助けて!」
アオイの声だった。
無意識のうちに体が動いていた。
建物に入り、階段を駆け上がった。
扉が開け放たれていた。
押し入ったのだろう、扉は一部破損していた。
アオイの身に危険が迫っているに違いない。
どうする…… 俺が入って助けられるのだろうか。
もし助けられたとして、カーストの最下層が、ちょっと助けたくらいで、最上位の人間と対等に慣れれる訳でもないだろう。
怖いから、勇気がないから、そんな言い訳を並べているんだ。
勇気を出せ。
俺が助ける以外に、誰が助けるんだ。
俺は頷いて、覚悟を決めた。
「今の悲鳴、何ですか! 大丈夫ですか!」
言いながら、俺はアオイの部屋に飛び込んだ。
部屋に入るなり、俺の目の前に剣が飛び出してきた。
俺の顔に突き刺さる、完璧なタイミングだった。
しかし、剣は俺の顔には刺さらず、代わりに壁に突き立った。
「?」
一瞬の間。
剣はすぐに刺した速度と同じスピードで引き戻された。
「……」
それを見て、俺はゆっくりと部屋に入った。
『いいか、これから教える技はとても有用だ。しっかり理解して』
美少女がダミ声でそう言った。
俺は頷いた。
『今、Codeを送る。これは光学的に分身を作るコードだ』
『分身?』
『そうだ。自分の前や後ろ、左や右に一つ作るんだ』
そう言うと、ツインテールの美少女の格好をしたソウタが、二人に分離した。
『わっ! すごい』
『これは自分の体を素早く左右にして、残像を見せて…… いるわけではない』
では、どういう理屈で同じ格好のものが見えているのか?
俺は訊いた。
『実は、この分身はアラタにしか見えない。これは、受け取り手のCodeに細工することで実現しているのだ。そして受け取り手が、気づくまで見え続ける』
『えっ、じゃあ、一瞬で気付かれたら?』
『……別の方法を考えろ』
部屋にいたのは、背の高い男だった。
ちょっと手を伸ばせば、天井に手が届きそうだ。
肌の色は極端に白く、耳は潰されたように歪に歪んでいた。
背の高い男の正面には、アオイが立っていた。
「邪魔をするな」
男はそう言うと今度はアオイに向かって剣を構え、突きを繰り出した。
「やめろ」
言いながら、急いでCodeを書き換える。
俺の手は、男の突きを超えた速度で剣の柄に向かって伸びていく。
だが、体は動かない。
肘から肩までの二の腕が細くなって『腕自体が』伸びているのだ。
「!」
俺の手が剣の柄を掴むと、今度は腕を縮めた。
アオイの手前、十センチほどで剣が止まる。
そのまま俺の右腕を使って、俺と男の綱引きが始まる。
「ヤマホシさん、逃げて!」
一瞬、アオイは変な顔で俺を見たが、すぐに壁沿いに走った。
背の高い男が追いかけるが、俺が前を塞ぐ。
こんな俺を警戒して、男は立ち止まる。
「貴様、転生者だな?」
「だったら?」
男は水平に剣を振ってきた。
俺は下がるしかなかった。
再び剣を引き、俺の腰の高さを、水平に振り回す。
俺はさらに後ろに下がった。
変だ。
俺は思った。
身長の違い、足の長さの違いからすると、この剣の振りで、真っ二つに切られてもおかしくなかった。
だが、俺は生きている。
わざと当てず、下がらせようとしているのか?
そんなことを考えた瞬間だった。
男は思い切り、剣を突いてきた。
油断があり、俺は完全に反応が遅れていた。