カフェのお仕事
俺は午前中にソウタから『Code書き換え』の訓練を受け、午後はカフェで仕事をすることになった。
カフェでは食材を運び入れたり、食器を洗ったり、テーブルを拭いたりする作業を主に担当した。
リリー曰く、転生者が接客をするのは『印象が悪い』のだそうだ。
この世界は、多様性とコンプライアンスの時代ではないのだろう。
転生者が差別されるのもわからなくもない。
下げられた食器を洗いながら、俺はソウタから習った『Code』の書き換え練習をする。
例えば食器にへばりついて、取れなくなった汚れを読み取り、Codeを書き換える。
すると、はらうだけで簡単に食器の汚れが取れたりする。
洗うため蓄えられた水も、Codeを書き換えて一瞬、暖かくすることで、洗浄が楽になる。
俺は仕事の合間に、店側を見ていた。
カフェにくる客は女性が多い。
もしかすると、俺が探している人が来るかもしれない。探している人の知り合いがくる可能性もある。
俺はソウタから言われた事を思い出していた。
『この部屋きた初日、私はアラタの背中に手を密着させていたけど、直接触れているもののCodeしか書き換えられない、という制限はないのよ』
俺は聞き返した。
『じゃあ、どうして背中に触れたんですか?』
『それは対象のCodeに行き着くために『辿る時間』が省略できるからなの』
詳しく説明を聞くと、遠くのものをCodeで認知しようとする時、距離が遠くなればなるほど、Codeを見つけたり辿る道のりが必要になるのだそうだ。
Codeの空間は基本的に距離はないのだが、転生者の能力はCodeの空間を自在に行き来できる能力ではないらしい。
『逆に言えば、順番にCodeをサーチすれば、遠くのCodeまで行き着くことは出来るわけ。力は使うけどね』
つまり、この店の裏、洗い場からでも客の女性に意識を伸ばせば、俺は客の『Code』にたどり着き、その個別のパラメータや属性を見ることができるわけだ。依頼を受けて探している女性かどうか、属性を見て判別してしまえば、言葉で聞き出す必要もないし、嘘をつかれたとしても問題ない。
店側を覗き見た限り、客は女性一人。
「……」
後ろ姿しか見えないが、カップを両手で持ち、時々お茶を口に入れていた。
通りを見ながら、黙って座っている。
髪は肩のあたりで切り揃えた髪は、黒々としていた。
仕事がひと段落した時、俺は意識を客席へ伸ばしてみた。
眼球を通じて直接感じる映像にオーバーラップしてCodeが頭に入ってくる。
これは店の床、これは潜んでいるネズミ、これはテーブル、これは椅子。
慣れてきたせいか、Codeの属性を見るスピードが上がってきた。
人間、女性、足を曲げ、背中が椅子と接触している。
「見つけた」
さらにCodeを見ていく。
その瞬間だった。
「!」
「アラタ、何しているの?」
声に振り返ると、それは店長のリリーだった。
「はい、なんでしょう?」
「仕事がないなら、こっちを手伝って」
俺は店長に呼ばれ、食材を調理場に運び込む手伝いをした。
手伝いが終わると、リリーは言った。
「まだあのツインテールと暮らしているの?」
「ええ」
「あの娘とは、どういう関係なの?」
なぜか、しつこく関係を聞かれる。
「友達です。同じ転生者なので、助け合っているだけでそれ以上は何も」
「うそ。若い男女が同じ部屋に住んで『友達』でいられる?」
「……」
相手の中身はソウタという名の『おじさん』で、とてもじゃないが俺は『やる気』にならない、と俺は説明したかった。
「ほら、黙っちゃった」
「店長、お客様が」
店の方から、メリッサが声をかけてきた。
リリーはそのまま店の方へ出て行った。
リリーと入れ違いに、メリッサが裏手に入ってきた。
彼女は、女王と同じように結った髪を後ろに垂らしている。
顔は幼い印象で、実際の年齢よりずっと若く見えた。
俺に近づいてくると、耳を貸せと言った。
そして小さい声で言う。
「アラタ、やっぱり店長に目をつけられてたのね」
俺も小声で聞き返す。
「やっぱり、とは?」
「店長、他人のものを取るのが好きなのよ」
メリッサは店長が戻ってこないか気になるようで、店側を見ている。
「ひとのものとは?」
「分かるでしょ? 店員がやめる理由の八割は彼や夫を取られたからなの」
「それってやっぱり」
俺はソウタと出来ているように見えると言うことだ。
あいつと一緒に住んでいたら、いつまで経っても彼女が出来ないことになる。
早いところあの部屋を出た方がいいのだろうか。
いや、ソウタが勝手に入ってきたのだ。あいつを追い出せばいい。
「あのすみません、勝手にそちらに入られては困ります」
店長の声がすると、裏手に人が入ってきた。
「あんたね! 転生者」
それは店にいた客だった。
俺の記憶が刺激された。そして様々な思いが浮かんできた。だが、俺はそれを口にはしなかった。強引に気持ちを封印していた。
客の後ろからリリーが言う。
「アラタ、謝りなさい」
謝れ、と言うが、俺は何を謝ればいいのか、わからなかった。
「客の事を嗅ぎ回るような店員がいる店だって言いふらしてやる」
そうか。
俺はさっきCode探査した事を思い出した。
店長から呼ばれる直前、この客は俺の探査を遅らせるよう対抗してきたのだ。
モノや動物ではそんな事をされたことはなかった。
大半の人間も。
これまでの経験で、Code探査に対抗してきたのは『ソウタ』だけだった。
「!」
この女『転生者』だ。
「無視なの? 本当に怒ったわよ」
「すみません、この男は今ここで解雇しますから」
「えっ?」
店長は客の女に頭を下げる。
客は溜飲を下げたようで、厳しい表情が少し緩んだ。
「お客様に悪いことをして、誤りも出来ない人間を雇い続ける理由はないですから」
「店員の管理、しっかりお願いします」
リリーは再び頭を下げると、俺に出て行けと命じた。
俺は店から借りているエプロンを畳んで置くと、裏口から外へ出た。
閉められた扉を見つめ、小さい声で言った。
「なぜ気づかなかったんだ」
あれは『アオイ』だ。
俺は裏路地を歩きながら考えた。
女王から、探す相手の名前を聞いた時に気づいても良さそうだった。
転生前、俺は成人式でアオイと会えると考えては、その思いを心の奥へと追いやった。
ずっとそれを繰り返しているうち、アオイという言葉に気づかなくなっていた。
だが、さっき顔を見て俺は完全に思い出した。
当時の思いも、全て。
何もかも。
そして当時の稚拙な考えを、成長した今の自分が批判する。
耐えられない……
だが、今はそんなことを気にしている場合ではない。
俺は大通りに回り込むと、遠くから、さっき解雇されたカフェの様子を確認した。