面接結果
店長が手を振っているところに、俺はやっと辿り着いた。
「ここは?」
「なんだと思う?」
「服を売っている店ですか」
俺がいた世界のように平板なガラスが大量に作れるわけではない。
服屋といってもショーウィンドウに服が飾られていたり、店内に大量の衣服が並んでいるわけではない。基本的に都度、欲しい服を相談してオーダーし作ってもらう。そうでない場合は、自作だ。
もしかして、俺がカフェで働くための服を作ってくれるのだろうか。いや、作ってくれるわけがない。俺自身でオーダーしろ、ということかも知れない。
だが、変だ。買い出しで俺の採用、不採用を決めるといっていた。
俺の服を作るとしたら、それは採用が決まっていることになる。
「ほら、入ってきなさい」
俺は言われるまま店長の後について、店に入った。
店の主人と思われる人物が出てくると、言った。
「リリー様。お待ちしておりました。お洋服、出来上がっております」
髪は真っ白で、背は低い。
繊細そうに見える細く長い指は、年齢のせいか、酷使したからか、皺だらけだった。
店主は部屋の中央にあるテーブルに、仕上がった服をそっと載せた。
「そう。いただく前に、着てみてもいいかしら?」
「何かございましたら手直ししますので、遠慮なくお申し付けください」
リリーは何も持たず試着室としては大きく思える、隣の部屋に入っていく。
女性の着替えに入っていく訳にもいかない。俺は部屋に留まっていると、リリーがいう。
「ほら、服を持ってこっちにいらっしゃい」
俺は服を渡すだけだろうと思い、机の上にあった服を店主から受け取ると、そのまま隣の部屋に入った。
だが、服を置くところがない。
リリーに渡して部屋を出ようとするが、服を受け取るつもりがない。
「あの、服はどうしたら?」
「とにかくそこを閉めなさい。私の裸を晒すつもりなの?」
「ですから服をどうしたら?」
リリーは笑った。
彼女は自らの手で、自らの肩に指先を当てた。
「あなたが着せるの」
「あの、それは、ちょっと」
「あなたが私の裸を見てもなんとも思わないから」
いや、俺が気にするって。
服を見た感じ、肩と胸の部分が開いていて…… その…… 見えてしまう気がする。
「簡単だから、私の指示に従いなさい。これは採用試験の一環よ」
「これが試験!?」
「ウチの店員は全員女性。お客様も女性が多い。この程度で動揺してたら身がもたないわ」
彼女は真面目にそんな事を言っているのか? それともからかっている? 真面目に言っているとしたら、これはセクハラではないのか? いや、セクハラかどうかは俺の受け止め方次第か。
俺は悩んだ挙句、着替えを手伝うことにした。
「わかりました」
リリーは、ためらいもなく脱いでいく。
俺は元いた世界でも、女性の裸や下着姿など、映像や写真で見た程度だった。
いきなり目の前の女性が上半身裸になった時、体が反応してしまった。
「ほら、寒いから、早くして」
俺は服をどう着るのかわからないでいると、リリーが俺の方を向いてくる。
思わず目を逸らそうと、俺は俯いてしまう。
「ほら、ちゃんと見て、そことそっちを持って服を開いて」
指示を聞こうと顔を上げると、どうしても彼女の胸が目に入ってしまう。
「わかったの?」
俺は言葉で答えることができなかった。
黙って頷くと、彼女は言った。
「じゃあ、早く服を開いて、下に下げて」
俺は床を向いて、服を開いて持った。
「肩借りるわね」
彼女が服の中に足を順番に入れてくる。
下を見ている俺の視界に女性のしなやかな素足が、スッと入ってくる。
背中には柔らかい手が添えられている。
「!」
俺の背中に、彼女の胸が当たった。
いや、のってきたという表現が正しいか。
「あ、あのっ!」
「ちょっと、あなたが動かないで、こっちは服に足が取られて動かないのよ!」
俺は興奮したまま、必死に体を動かさないよう、必死に意識を集中した。
だが、考えれば考えるほど、見えない背中に当てられた彼女の胸の事を考えてしまう。
その興奮を抑えることができない。
「しっかり立っててよ」
しっかり服の中に体が入ると、彼女はいう。
「服を持ち上げて」
広げるように持っていた服を持ち上げ、彼女の胸元まで引き上げていく。
服の中で一番細い腰の部分がお尻を通る時、止まってしまう。
「こっちは持ってるから、なんとかして」
なんとかしろと言われても。
服を通そうとすれば、彼女の体に触れなければならない。
俺自身、我慢の限界に近づいている。
「無理です無理」
「じゃあ、服のこっち側を持って」
彼女は正面に向き直る。
腰が通っていないということは、つまり、服が胸まで上がっていないのだ。
俺は服を持ったまま、顔を背けた。
「もういいわよ。後ろを止めてくださる?」
顔が熱かった。
背中側に、靴のように互い違いに紐が通っていて、縛り上げることで服を体に密着させるようだった。
俺は言われるままに紐を引いて、結んだ。
「ねぇ、似合うかしら」
彼女は俺の前で一周回って見せた。
いつの間にか、アップにしていた髪も解いていて、回ると同時に髪と裾が綺麗に広がった。
俺は言葉を失い、その姿に見惚れていた。
「どうなの?」
「ええ、綺麗です」
「私の言う事を聞く?」
「はい」
俺は思わずそう答えていた。
「本当に?」
リリーはそういうと、俺の首に手を回してきた。
俺は唾を飲み込んだ。
「なら、採用しようかしら」
いや『何でも』言うことを聞くことが条件だとしたら……
俺は取り消そうと声を出そうとした。
「……」
俺は転生前、転生後を通じ、人生で初めて口づけされていた。
目を開けていていいのか、手をどうしていいかも、わからない。
そんなことを考えている間に、キスが終わった。
「採用ね」
俺は断る訳にもいかず、その言葉に頷いた。