表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/32

ヘッドドレス、チョーカー、ツインテール

 扉を叩くと、返事が聞こえた。

 しばらく待って出てきたのは、気の良さそうなお婆さんだった。

 俺は早速要件を話した。

「この紙を見せれば、部屋を貸してくれると」

 渡した紙を近くにしたり、遠くにしたりしながらさまざまな紙の隅々まで確認する。

「女王の指示なのね」

 紙を返されると、お婆さんが言う。

「お二人とも、早速部屋に入るのかしら? お掃除していないのだけれど」

「今、なんて? あの、俺は一人です」

 背中に触れる手があった。

 当てられた手が溶けて背中とくっついてしまうな、不思議な感覚がある。

 触れた手を通じて、俺の何かを見られているような……

 背中を触る者から声が聞こえてきた。

「あなたこそ何言ってるの? 私たち二人で過ごすためにお部屋を借りるのよね?」

 ダミ声。女性のような、男性のような、よくわからない感じ。

 背中を触る者が誰なのか確認するため、俺は振り返ろうとするが、それが出来ない。

「……」

 今度は、違うと言いたいのに声が出なくなった。

 首を横に振ってアピールしたいのに、それもできない。

 お婆さんは微笑むと、そのまま案内を始めてしまう。

「じゃあ、お二人とも入って」

 俺は振り返ることもできないまま、お婆さんの後をついて建物に入り、階段を登っていく。

 そして左の扉が開けられると、これから暮らすことになる部屋に案内された。

 キッチンとダイニングが一緒、リビングとそこからさらに二つの部屋に分かれている。

「先に言ってくれていれば、お掃除ぐらいしたんですけどね」

 一通り部屋を説明すると、お婆さんは部屋を出ていく。

「これからはお隣さんですから、よろしくお願いしますね」

 お婆さんが出て行き、扉が閉まる音がすると、突然、背中の手が外れた。

 と、同時に俺は振り返ることが出来た。

「えっ?」

 振り返った先にはヘッドドレスとチョーカーをつけた、ツインテールの女の()が立っていた。

 背は俺よりは頭ひとつ低い。

「お前何者?」

「それがひとこと目に言う内容? 可愛いとか、キュートとか、そう言う褒め言葉は?」

「お前、今、俺に何したんだ? 体がまるで動かなかった!」

 女性は腕を組んで俺を睨んでいる。

「カシワギ・アラタ。まずは自分の名前を名乗ってから、人の名前を聞くものではなくて?」

「なぜ俺の名前を知ってる? そうだ! さっき背中に触れた手の感覚がおかしかった。お前、何か術を使うのか!?」

 女性は手を開いてため息をついた。

「話にならないわね」

「そもそも女性なんですか? その声」

 俺は突然、両足のつま先が天井から引っ張り上げられたように宙に浮いた。

 そのまま体の正面が天井を向くと、尻から床に落ちた。

「何もかも失礼ね!」

「えっ? 今の何? どういうこと?」

 物理的に彼女は指一本動かしていない。

 どうしてひっくり返ったのか、訳がわからない。

「……」

 女性はムッとした表情で、腕を組んで、そっぽを向いている。

 俺の問いには答えない。

 だが、俺はこれから、この女性と同じ部屋に一緒に住むということになってしまった。

 まるで主人公が謎にモテるアニメやラノベのようだ。

 そう気づくと、俺は考え直した。

 尻もちをついた状態から、彼女を足元から見ていく。

 細い足首、膝まではさほど太くならず、逆に膝から上が急な曲線を描いて太くなっている。

 細すぎず、太すぎずと言った感じだ。

 腰はくびれ、胸に向かって、緩やかにカーブする。

 肩は小さく、腕は細い。

 手足、首、顔を見る限り、色が白く、肌のキメは細かい。

 こんな女性は、そうそう見つけられるものではない。

 ましてや、一緒に住めるなど、夢のまた夢なのではないか。

 と、そんな風に、俺は考え方を改めた。

「私のことは、女王から聞いているでしょ?」

 人差し指を俺に向け、そう言った。

「えっ? 君が俺が探している女性(ひと)?」

 俺は立ち上がると、彼女のその手を取った。

「なんて偶然だ」

「私もそう思うわ」

「さあ、早く城に行こう」

 彼女は俺の手を振り解いた。

「完全に勘違いしているわね。私は『ソウタ』よ?」

「……」

 確かに聞いている名前の一つだ。確か能力を開発するなら、ソウタに鍛えてもらえと言っていた。

「私のことについて、女王から何か聞いてないの?」

「だって、『ソウタ』って言うから……」

 ソウタという名は、男性につける名前だという先入観が俺にはあった。

 だが、目の前にいる姿は女性だ。

 多様性の時代だ、そんな事を転生しても思い知らされるとは……

「変わった名前ですね」

「あんたが、私のことをどう受け取ったから、調べるわよ」

 今度は彼女の方から、俺の手を握ってきた。

 背中に当てられた時と同じように、その手は溶けて一体となっていくように感じた。

「女性に男性によくある『ソウタ』という名前をつけた、そう思ったようね。それはハズレ。正解は、私は男。今はCode(コード)を書き換えて女性に見せているのよ」

「えっ!?」

 Codeがどうしたって? Codeを書き換えると、どうして男の人が女性の姿になると言うのだ? 何もかも良くわからない。

「意味が…… 分からない……」

 俺がそういつと、ソウタに握られた手から何か(・・)が流れ込んでくる。

 感覚とか、理屈とか、まるでわからない。

 だが、触れたところが溶けたように接合し、何かが侵入していると感じるのだ。

『その感覚は正しいよ』

 それは『ソウタ』の声としか思えない()だったが、耳から聞こえてくるものではない。さらに言うと、それはダミ声ではない。見かけから想像されるクリアな女性の声。

『これは直接アラタに話しかけている声なの』

 目の前の彼女が頷いた。

 すると、今度は見えている風景に英数字の文字列がオーバーラップしてくる。

 英文字は、何かのリストのようにスクロールしていく。

 俺は声に出して言う。

「プログラムだ……」

『正確に言うと、プログラムのソースコードよ』

 ソウタは口を開かず、直接俺に話しかけてくる。

『アラタが見ているのは、この世界のソースコードの一部、あなた自身を記述したソースコードなのよ』

 俺は混乱した。

 ここは仮想現実のようなモノなのか? メタバースなのか。

 肉体はなく、精神だけが漂っているのか。

『違うわよ。肉体はここに実在するわ。ソースコードは物理法則のようなものよ。世界のルールが記述されている。それぞれのデータは各々が保持している。ルールは皆同じだけど、インスタンスごと、持っているパラメータが違う』

「わ、わからないよ」

 大学で『情報工学入門』は取ったが、こんなところまで突っ込んで教えてはくれなかった。

『実例として、この椅子のCodeを書き換えて見せるわ』

 また俺の目の前に英数字のリストがスクロールする。

 これは椅子を記述したソースCodeなのだろう。

 一部にカーソルが当てられ、選択されると、文字が書き換えられた。

 いくつかのコードが書き換わった後、ソウタが椅子の背もたれに触れる。

 弾くようにその手を離すと、四つある足の一つを中心にして、独楽(コマ)のように回り始めた。

『この世界の椅子全てがこの物理法則が適用されるわけじゃない。そう言うやり方ができないわけでないけれど、書き換え量が大き過ぎるの。だからのこの個体のみを書き換えて、独楽のように回るメソッドを追加したの』

「やめてください!」

 俺は耳を抑え、目を閉じた。

 頭で理解出来る範囲を超えていた。

『回すメソッドは分かりにくかったわね。この椅子が光を反射する法則を変えれば、色が違って見えるわ』

 ソウタは椅子の回転を止めた。

 再び俺の視界に英数字のリストがスクロールする。

 削除され、追加され、ソースコードが変更されていく。

 すると椅子の色が、赤くなったり、シャボン玉のように虹色に変化したり、さまざまな光り方に変化した。

 だが、時間が経つと元の色に戻ってしまう。

『そう、本来の法則に戻ってしまうのよ。これは個別に書き換えられたルールで世界が歪まないようにする為に世界が持っている力なの。この力でも戻らない場合もあるけど…… その時はコード管理プログラムが発動して、結局は元に戻るの』

「……」

 ソウタの説明は何も頭に入ってこない。

 俺はこの情報の中から何を感じ取ればいいのか。

『つまり、転生者は与えられたチート能力で一時(いっとき)、世界を改変できるということよ』

「転生者が使える魔法みたいなものですか?」

『そんな理解でも間違ってない。コードの書き換えルールはこれから叩き込んであげるから』

 俺は目の前に映るもののコードを、探ってみようと試みた。

 さっきの椅子のコードが見た。

 俺にも手繰れるぞ。

 さらに意識を広げ、探っていく。

 また違ったソースコードが見え始める。

 きっとこれは『ソウタ』のソースコードだ。俺は確信した。

 もしかしたら、ソウタが俺の基礎的な力を書き換え、見れるようにしたのかもしれない。

 そうだとしたら、世界のルールでまた戻ってしまうだろう。

 だが俺はそのままソウタのコードを読み続けた。

 容姿を決めるパラメータ。基礎的な属性。ベースになる性別。

 俺はそれらを読み出し、知った。

 と同時に、ちょっと前、俺の中で『美少女と暮らせる』と思い高まった気持ちが、萎えていった。

「ソウタ。やっぱりあんた、ただのおっさんやん」

 目の前の美少女が微笑んだ。

『だから、そうゆうたで』

 それは頭に直接届く、理想的な美少女の声だった。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ