転生した世界で
俺は恐怖で動けなかった。
目の前、すれすれのところに、鉈が振り下ろされる。
慌てて下がった先に大きなオナモミの実があった。
「痛っ!」
肉に食い込む棘の痛みで、叫び出しそうになる。
「大丈夫ですか!?」
俺は混乱した。
一つは、お前が鉈で殺そうとするからこういうことになったのに、「大丈夫ですか?」はないだろうということ。
もう一つは、仮面で隠れて分からなかったその人物の声は女性のものだったということだ。
鉈を持った女性は、俺の背中に食い込むオナモミを見るなり、引き抜いた。
「すぐに手当をしないと」
俺は痛みで返事をする余裕がない。
女性は鉈を振り回すと、あたりの危険そうなオナモミを切って落とした。
「私が歩いてきた道を戻ればバカオナモミは避けられます」
痛みで難しいことは考えられないが、このパイナップルサイズのオナモミを『バカオナモミ』と呼ぶことは分かった。
鉈を持った女性に手を引かれながら、俺は歩いた。
バカオナモミの群生地域が終わると、今度は周囲がスイカのような豆で埋まっていた。
女性がそのスイカのような豆によじ登ると、空に向かって手を振った。
すると今度は豆の草から飛び降りてきた。
「?」
何かが、視界の隅をかすめると、横に生えていた豆が綺麗に抉り取られた。
抉り取られた地に、鉈を持った女性が進み出ると、大きな口を持つ怪物が頭を下ろした。
それはワニ、というか、爬虫類のような顎や頭をしていた。
植物と同様、その頭も大きい。
首は蛇のようで長かった。
俺は女性に手招きされるままその怪物に近づいていく。
胴は膨れて大きく、前足と後ろ足には鋭い爪が付いている。
胴には大きく産毛の生えた『コウモリ』のような翼があった。
尾もワニのように長く伸びている。
つまり、端的に言うなら……
「ドラゴン!」
女性はドラゴンが下げた頭に登ると、そこにあったバッグを持って降りてきた。
大きな豆をつけた植物の葉を一枚選ぶとそれを持っていた鉈で切り落として、地面に敷いた。
鉈を腰の革のケースに戻すと言う。
「あなた、服を脱いでそこで『うつ伏せ』に寝てください」
俺は言われるまま服を脱ぎ、その植物の葉の上にうつ伏せに寝た。
「これは酷い」
いや、あなたが鉈を振り回さなければ、背中に刺さることはなかった、と言いたかったがやめた。
首を横にして女性の様子を見る。
髪は頭の後方で複雑に結って団子のようにしていた。
服は麻色などナチュラルな色合いで模様が描かれている、民族衣装のようなものを着ている。
ある程度年齢は行っているようだが、皺もなく肌艶も整っていた。
先端が刃物のように尖った『はさみ』を取り出した。
「!」
「心配しないで。これで棘を挟んで抜きます」
実は背中から取れているが、棘が刺さったままなのだ。だからこんなに痛いのだ。
背中で行われていることで、よくは分からなかったが、はさみの先端が突き刺さっている感じがする。だが、そうでもしないと棘を抜くことはできないだろう。
痛みが走る度、俺の視野の隅に、血のついた棘が一つ、また一つと置かれていく。
女性が大きくため息をついた音が聞こえる。
「棘が深く刺さらなくてよかった」
俺は聞き返す。
「……どういう意味ですか」
「一つ間違えていれば死んだかも」
それを聞いて俺は縮み上がった。
次に、女性はバッグから別の袋を取り出し、袋から何かを取り出した。
それはほぼ透明だが、うっすら白く濁った弾力性のある柵状のものだった。
「あなたがわかる表現をするなら、これはアロエの葉肉のようなものよ」
「俺が『わかる表現』って、それ、どう言うことですか?」
「気が付いていないみたいだから、はっきり言うわ。あなたはこの世界に転生したの」
異世界転生。
よく『なろう(「小説家になろう」)』に掲載されているヤツだ。
と、俺は思った。
異世界転生もの。多分、一つぐらい読んだことがあるだろうかと思ったが、タイトルが思い出せない。
「もっと言えば、私が転生させたの。手の甲に浮かんだ黒い文字を読んだわよね?」
俺は思い出した。
「『承認しろ』とかなんとか……」
いや、待て、すると、あのグロイ映像が真実だと言うことになる。
本当に、俺は死んだ……
く、苦しい
「パニックにならないで。元の世界の体はぐちゃぐちゃだけど、あなたは今、『転生』しているのよ」
ぐちゃぐちゃ? H鋼が頭を潰して、ぐちゃぐちゃ……
「だめ!! まず息を吐く。まず息を吐いて。吸うことより、吐くことを意識して!」
彼女の手が背中に置かれた。
すると急に目で見えている光景に、別の映像が覆い被さってくる。
大きな葉っぱの上でうつ伏せに寝ているはずなのに、まるで立っているような風景が見える。そして、その目の前に背中に手を当てているはずの女性がいる。
両手を胸の前で合わせ、祈るように少し俯き、目を伏せる。
『私はトモヨ。水晶の女王』
水晶の女王だと……
その『水晶の女王』が何を意味するのか、俺は知っている。
水晶の女王、別の呼び名は『ドラゴンマスター』だ。
だが、そんな知識があるわけがない。もしかしたら、この世界に転生した際に、体に知識が埋め込まれたのだろうか。
そんなことを考えているうち、気持ちも呼吸も落ち着いてきた。
「良かった……」
「ひっ!」
背中に冷たいアロエの葉肉が置かれる。
傷が全て覆われると、トモヨが言った。
「体を持ち上げて」
すると、体の下に包帯が滑り込んでくる。
包帯が何度か体を回ると、背中にアロエの葉肉が固定された。
「これ止血効果があるから、しばらく外さないように」
俺は立ち上がって、服をきた。
葉肉の冷たさで痛みが少し薄れた気がする。
「さあ、ドラゴンに乗って出発するわよ」
「えっ?」