生前の出来事
俺は大学デビューに失敗した。
大学合格後、すぐに美容室を予約し、金髪で入学式を迎えたところまでは順調だった。
髪を染めたり、見た目をチャラくしたにも関わらず、振る舞いをそれに合わせることができなかった。
なぜなら、中学・高校とスクールカーストの下位、いや底辺で過ごしてきたからだった。地味で、暗い現状を受け入れることに慣れていたのだ。
突然、小学生のような気楽な人間関係を構築できるわけもなく、ただ孤立し、人と関わらない生活が続いてしまった。
一年が過ぎ、そして大学二年の冬を迎え、特筆するような思い出もなく、ただ勉強をしている寂しい大学生活。
正月、親に成人式は出るんだろ、と聞かれ、そうか、俺にも『Thanks 20th』が来たのかと、少し浮かれた。
しかし、よく考えれば成人式には、俺をスクールカーストの底辺に押し込めた上位のメンツがわんさか集まってくるのだ。
「スクールカースト上位…… か」
俺はスマフォに入れてある一枚の映像を呼び出した。
その映像を見つめる。
そこには『山星葵』が映っていた。
普段は後ろ一箇所で結んでいる髪を、左右に振り分け、ツインテールにしている時の画像で、俺の宝物だった。
そう。成人式に行けば、山星に会えるかもしれない。
俺はぼんやりとそう思っていた。
この地域で何人が成人するのかも知らず、彼女が今どこに住んでいるのかも知らないのに、どうして会えると思ったのかはわからない。
だが、そう思う事が、俺の寂しい人生に少しだけ光を見せてくれた。
早く家に帰って学校の卒業アルバムを見よう。
俺は大学の帰り道、いつもと違う近道を使った。
途中のビルが建て直しで、大規模な工事をしていた。
だが、俺は気にせずその横を駆け抜けようとしていた。
角を曲がり、そのビルの横を通っている時だった。
突然、異常な痛みを感じて、俺は左手の甲を見た。
『待って! 急いで承認して! 詳しくは後で説明する』
手の甲に墨のような真っ黒な字で、そう書かれていた。
そして、その下には『承認』、『拒否』の選択ボタンまであった。
「な、なんだ、これ?」
『早く! 手遅れになる前に!』
「危ない!」
俺は嫌な予感に突き動かされ、空を見上げた。
そこには『H』の断面を持つ、大きな鋼があった。
見上げた時、俺は左手の痛みに反応して、右手で甲を押さえてしまった。
「!」
次の瞬間、鋼の『H』が俺の顔面を直撃した。
魂は、俺の死体を客観的な視点から見ていた。
実際に魂が存在し、俺の死体をドローンで撮影したような視点で、飛んで回っていたとは思えない。が、まさにそんな映像だった。
それは、何か別の情報から再構成された映像に違いない。
そう思いつつも、不自然なことに、俺は『俺の』死体を見ていた。
頭をH鋼で潰され、さらに倒れたその鋼で上体も潰されている。
グロ映像中のグロ映像。
俺は見て入れなくなって、その場を去った。
暗い夜空を飛びながら、俺は意識を失っていった。
気づいた時は、別世界だった。
別世界。
単語としては簡単だが、なぜそれが今まで生きていた世界と『違う』と思ったのだろう。
簡単なところは、目の前にある植物が大きいことだった。
一瞬、ドリアンかと思ったが、どちらかというと、大きなオナモミに近い。
種がセーターなど服につくことで有名な『オナモミ』。
今まで生きてきた世界では、指でつまめる大きさのものだが、目の前にあったオナモミは一瞬、ドリアンと思ったくらいなので、それこそドリアンやパイナップルほどの大きさがある。
そして、ちょっと離れた先にある別の植物は『そら豆』のように鞘に実をつけているが、一つの豆の膨らみは『スイカ』くらいのサイズだ。
植物は俺の背丈ほどあって、それらの植物に囲まれて周りが見渡せず、位置関係がよくわからない。
おそらくこんな草っ原にいてもどうしようもないだろう。
俺はどっちに進んでいいか、はっきり分からないまま、歩き出した。
「いてっ!」
どうやらバカでかいオナモミの棘に、肩が触れてしまったようだ。
ちょっとした程度ではない、その強い痛みに、よく見ると、服は破れ、出血しているのに気づいた。
小さいオナモミの棘と同じで、この大きなオナモミにも『返し』がある。
そのせいで出血している部分は抉れたようになっていた。
「……」
かなり気をつけて歩かないといけない。
俺はオナモミの実を体を捩るようにして避けながら、再び歩き始めた。
「!」
その時、目の前のオナモミが割れた。
実を割ったのは鉈だ。
その鉈を持つ手を追っていくと、木製の仮面をつけた人間がそこにいた。
気付かれた?
再び、鉈が振り上げられる。
「うわっ!」
殺される。俺は思わずのけ反っていた。