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森と帝国の夜

実力不足を痛感したので暫くこの作品は更新しません。

ゼーレさんの故郷であった村の場所から

ニスヴェールまでの中継地点であろう河を過ぎ、

俺は未だ道なき道を歩いていた。

最近ふと思ったことがある。

ニスヴェールは港町だもんな。

みんな海側から町へ入るんだ。

俺が向かう道はそうそう使われるはずがない。

悪手だと気付くのには少し遅すぎたな。


冬眠の影響だろうか。

ステューの朝鳴きはいつの間にか聞こえなくなった。

空模様も昨日までとは打って変わり、

快晴とは言えないほどにどんよりしている。


それに今日の朝は……

全く昨日の今日だぞ、色々起こりすぎだ。


…………………………


「おいおいなんの冗談だ…」


河が枯れていた。

昨晩星々の光で照らされ、

イール湖にも劣らない絶景を見せてくれた河が

枯れていた。

今日は久しく朝寝坊をしてしまったため、

顔でも洗おうと河へと戻ってきた。

一体何が起こったんだ?

一夜にして水無河か…


「オカルトに興味はないんだけどな」



帝国伝承~六~

この章に真実の川という記述があった記憶がある。

大陸全土を移動し、気まぐれに数日間

どこかしらの水無川に寄生し過ごす

まるで生き物のような川が存在したという。


今の今まで伝承の編纂者たちが改竄した記録だろうと

一蹴していたんだが…

こう身のまわりで起こると信じざるを得ないな。

しかし…川というよりもっと大きな河だったような。

語り継がれていく中で、時代ごとに、

そういう類いの連中も姿を変えていったのだろうか。


まあ面白いとは思ってきたが、

今日起こらなくたっていいだろう。

昨日あんなものを見て、それが枯れた。


「気分ってのは上がらないもんだな」


…………………………


朝起きた一連の出来事は何だったのか、

特段珍しいこともなく終る素振りを見せた今日だったが

就寝前、それは音もなく俺のもとへ届いた。


「ちっ、慣れないもんだな。趣味が悪い…」


それは執行人の影魔法。

左の腰に繋いだ控えめで空っぽの筒の中から

時たま、こつんっと音がする。

文だ。


今にも夢の中へ入りそうであった頭と身体を起こし、

俺は筒からそれを取り出した。

文にはただ一言、


―たまには帝国に帰ってこい。 カーティス―


そう書いてあった。

ったく、ジジイも無茶を言うな…

何のために俺が歩き回ってるか知ってるくせによ。


ニスヴェールでは

帝国との交易が冬の間盛んに行われている。

その交易船に乗り、帝国から帰省する者も多い。


「しょうがねえ」


帝国を出て早一年と数ヶ月。

見知った顔も恋しくなってきた。

まあ帰ってみても良い頃合いだな、と思い至り

左内胸のポケットから、薄汚れた紙を取り出す。

……うわ、だいぶ廃れてんなあ、

と感じたが無理もないだろう。

二年はこれを取り出していない。


――――――――――


右の腰に繋いだ筒の中に今さっき(したた)めた文を入れる。

これらもだいぶ古いものだが、まだ使えるだろう。

一時間もすりゃ、ジジイにも届くはずだ。

あっちに着いたら新しいのを受け取るか。


改めて身体を横たえ、ただぼんやりと空を仰ぐ。

船旅ねえ……

他人の操作する乗り物は苦手だ。

自分を預けはするが、なかなか落ち着かないものなんだ。

突然出来た予定に加え、

近く起こる確実な船旅への漠然とした不安に、

今日もまた少し、俺は寝るのが遅くなった。


――――――――――


チリンチリン

扉の上部に取り付けた鈴の音が鳴った。


「よお、まだやってるか?カーティス」


いかにも常連だぞ、とでも言うような物言いの女は

今自らが呼んだカーティスという男の店に入る。


「んーで、こんな時間に来るんだ…十一時だぞ十一時」


如何にも不機嫌そうに言葉を吐き捨て、

受付机の後ろに佇むそのご老体は、カーティス·バーン

帝国の外れに旅人用の店を構える、齢六十の爺だった。


女はカーティスの言葉に耳も貸さず、床に荷物を置くと

あるものを見せながら自らの要望を伝えた、


「これよこれ、ついに死んださ。銀筒(ホール)だよ。

 替えはあるかい?」


「はあ、あんまり見せびらかすものじゃないぞ。

 うーん…

 近頃は無いな、しばらくディーゴと連絡も取れていない。

 お前それ外で迂闊に使ってないだろうな」


呆れた口調で女にそう言う。

見慣れたその軽薄な態度には、

何かを注意する気力も無くなっていた。


「金ならたくさん有るからさーあ?

 今ここに来るときも門番から貰ったし

 だからあ……」


「お前が来る少し前、レインから文が来た」


聞こえてくる言葉を遮るようにカーティスは言う。

予想もしていなかった吉報に女は目を開き、

近くにあった木製の椅子に座った。

そして先ほどとは打って変わり低いトーンで問い掛ける。


「へえ、レインがねえ…。なに?手紙送ってたの?」

 

「たまたま今日の朝だ…。一年は経っただろうしな…」


少しの沈黙。

それがふたりの間には流れた。

頭の中でレイン·ミュラーとの思い出が反芻されていく。


「そっか。で、何て返ってきたの?」


しんみりと辺りを包む雰囲気を切るような女から問いに、

カーティスは送った文と受け取った文を開いて見せる。


―たまには帝国に帰ってこい。 カーティス―


―ニスヴェールから発つ。一週後には着くはず。 レイン―


「はは!久々の会話でこれ?

 相も変わらず不器用だねえ二人とも」


「……ほうっておけ」 


気恥ずかしくなりカーティスは女から視線を外した。

我ながら同じように思ったことは秘密にする。

女は椅子から腰を上げ、店内の物色をしながら言った。


「ニスヴェールってまた結構行ったね。

 一応最北端じゃなかった?」


「そうだな。しかし行く理由もまあな」


「たしかにねえ……。

 んじゃ仕入れたら教えてねー」


見物は終わったのか床の荷物を肩から提げ

女は店をあとにしようとした。

ばつが悪そうにカーティスは声をかける。


「なあカルネ…あいつが帰ってきたらお前も一緒……」


「嫌だよそんなもん」


最後まで聞かずカルネは食い気味に答えた。


「私たちの責任とか、使命とか……どうでもいいんだよ

 あんたにも……もちろんレインにもね」


「……そうか…」


カーティスはそれ以上なにも言えなかった。

自分達の責任。

執行人……いや…影の魔法を扱うものとしての

五百年前から世界に残る数え切れない傷痕。

それの責任。


「……大丈夫。レインにはちゃんと会いに来るよ…」


そういうカルネの横顔はどこか憂いを帯び

優しさを纏っているようにも見えた。


「ああ。だが少し気を付けろ。

 最近奴らの姿をここでもよく見かける」


「分かってるよ。カーティスもね」


そう言うとカルネは振り返らず店を出ていく。

その後ろ姿が見えなくなっても、

しばらくカーティスはぼうっと扉の方を見つめていた。


「これは、ひと雨来そうだな」


月の光は夜の町並みに淡く射し込み

冷たい風は路地裏を吹き抜けた。

そしてカーティスの店·カレカの灯りは今日も落ちていく。

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