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5話 春の陽だまり

 杉田が耳にした噂では地球防衛部には新たに二年生の部員がふたり加わり、廃部の危機は無事脱したようだ。

 ひとまず心の整理がついたあと、杉田が部室を訪れたとき、新入部員のふたりは留守にしていたが、ちょうど前回の面々と新たに加わった顧問の教師がそこに居た。

 あの後、鋼の超能力によってポチは眠るように静かな最期を迎えた。

 それと同時に巨体は瞬く間に小さくなり、そこに残った骸はワニではなく異国のトカゲのものだった。それがどこかの家から逃げ出したものなのか、マナーの悪い飼い主が捨てたものなのかは判らない。

 杉田はその骸を池の近くの山肌に埋葬した。やや高い場所を選んだのは雨で増水したときに水没してしまわないようにだ。

 彼が手を合わせて冥福を祈ると地球防衛部の面々もそれに倣ってくれた。

 部室で再会した今日、そういったことも含めて、謝罪と礼を言い終わると、杉田は気になっていたことを口にした。


「ポチが怪異だったというのは理解できたが、少なくとも小さい頃は大人しかったんだ。それがどうしてあんなふうに凶暴化してしまったんだろう?」


 これに答えたのは顧問の女教師だった。


「怪異の力の源であるアイテールは、知的生命体の想念の影響を受けやいんだよ。解りやすいように漫画的に例れば、負の意識にふれると闇のエネルギーになるという感じだね」

「負の意識……それはつまり、俺の心の影響を受けてポチは怪物になってしまったのか?」


 それは杉田自身にとって恐ろしい仮説だ。だが、顧問は首を横に振った。


「たぶん違う。あなたと出会ってから、その子が暴れ出すまでには、かなりの時間があったから」

「だけど先生。俺は学校でいじめられる度に、あいつにそのことを愚痴ってたんです。そのときの俺の感情はお世辞にも健全とは言い難くて……」

「負の意識というのは感情のことではないんだよ。善良な人でもイヤなことがあれば落ち込むし、理不尽には腹を立てる。場合によっては、もちろん憎んだりするけど、それはむしろ健全なことでアイテールを歪めることはない」

「では、負の意識というのはどのようなものなのですか?」

「たとえば理由もなく人を苦しめることを楽しむような心。そうだね、君をいじめていた人たちならば、アイテールを悪い方向に歪めていくかもしれない」

「あいつらなら……か。でも、たぶんポチは俺以外の人間とは、ほとんど接点がないはずです」

「それでも人の意識から生じる負の粒子は風に乗るようにして世界を流れていくんだよ。大気汚染みたいなものだ。ポチはたぶん悪い空気を吸い続けて病気になってしまったんだよ」

「つまり、けっきょくは人間が原因ですか。ポチはあんなふうになることを望んじゃいなかったのに……」

「すべての人間がそうじゃない。だけど、人間社会が在りつづける限り、ポチのような悲劇はこれからも繰り返されるだろうね」


 杉田は胸の痛みを堪えるように拳を握りしめた。犠牲になった友人のために何もできない自分の無力さが恨めしい。

 そんな彼に千里はやさしい眼差しを向ける。


「覚えていてあげることだよ」

「先生……」

「相手が人であれ怪異であれ、失われてしまったものに、わたし達ができるのはそれだけだから。忘れてしまえば楽になるなんて言う人もいるけど、それは前向きを装った後ろ向きの言葉に過ぎない。喜びも痛みも、胸に刻みつけなくちゃ、わたし達は本当の意味では前に進めないから」


 杉田は彼女の言葉を噛みしめた。再び涙がにじむが、これは友のための涙だ。恥でもなんでもない。それでも笑う奴がいれば笑うがいい。そいつらの心の貧しさを俺も笑い返してやる――そう思った。

 そんな彼を千里のみならず鋼と鉄奈も、柳崎さえ何も言わずに温かい目で見守っている。

 陽楠学園の名物とも言われる珍妙な部。どうしてそんなものが認可されているのかと誰もが首を傾げる、地球防衛部の部室は、春の陽だまりのように心地良い場所だった。

読んでくださった皆様、ありがとうございます。

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