肩たたき券
思いつきで書きました。
「パパ、これあげる」
小学校に通い始めたばかりの娘から誕生日プレゼントだと渡されたのは「かたたたきケン」と拙い文字で書かれた紙だ。
娘お気に入りのアニメキャラクターがプリントされたじゆう帳をつかったのだろうか、鋏ではなく手で切ったのだろう切り口も疎らなそれは大切な宝物になるのが確定していた。
だというのに、同僚に自慢したくて会社になんか持ってきたのが運の尽きだった。
わりかし早く結婚した俺と違い、仲のいい同僚は未だに独身貴族。さんざんに独り身の自由を自慢してくる異種返しだとランチタイムに社食で見せびらかしたのがいけなかった。
「いいねー、かわいらしくて」
「いつまでも独身のお前には無理だもんな」
「うるせーよ。俺は結婚しよーと思えば相手なんてゴロゴロいるってーの」
こんな感じの会話で声が大きくなっていたのも災いしたんだろう。
40代の直属の上司に絡まれる。
上司は10年ほど前に奥さんに逃げられて離婚、親権も持ってかれて一粒種の娘さんにも会えないらしい。
間の悪いことに上司が奥さんに逃げられ離婚調停中に俺が結婚、そして離婚が決まった時に娘が産まれたのだ。
結婚式で有給を、妻の出産で育休を申請した時は親の敵のような顔をされた。
「育休ねー。俺もそんなもんを使えば嫁に逃げられなかったのかもな」
皮肉めいたことを真顔というより、殺したい相手でも見るように言われても笑えないし、同意しかねる。
下手に冗談にすれば、さらに絡まれると適当に流したんだが、もうそれ以来ずっと上司には冷遇されている。
正直、この会社がそこそこ大手で高給なことと、同僚に恵まれてることが無ければ辞めてたと思うが、かといって家庭を持つ身、実際のところはそんな簡単に転職には踏み切れないよなー。
絡んできた上司はネチネチと「かたたたきケン」に文句を言って来た。
「会社で家庭自慢か、こんなくだらないもん持ってきて、まぁ、さすがはお前の子供だな、字も汚きゃ、道具使う頭も無いんだな」
この言葉に呆気にとられた俺より先に同僚がキレた。
「なんなんすか、それっ。言って良いことと悪いことあんでしょ。謝って下さいよ。娘さんが必死につくってくれたもん、バカにするとか、そんなクズだから奥さんに逃げられんすよ」
呆気にとられていたが、さすがに言い過ぎの同僚が心配になり止めに入ろうとしたが、その前に上司が爆発した。
「お前っ、ふざけやがって、絶対首にしてやるっ! 」
「やれるもんなら、やってみてくださいよ。そんなふざけた理由で首に出来っこないでしょ。もし、首になんなら、そんなふざけた会社、こっちから出てってやりますよ」
普段はちゃらけて軽そうな同僚だが、思い遣りがあり、意外と正義感が厚いのが裏目に出ているが正直嬉しかった。だが、興奮した上司は「かたたたきケン」を手に取るとビリビリに破いて捨ててしまった。
「おいっ、なにやってんだよ」
同僚が上司に殴りかかり、それを止めた俺は宝物を破られた怒りより、同僚への心配と上司への呆れで冷静になってしまった。
さすがにガタイもいい元スポーツマンの同僚に殴られそうになり、恐れをなしたのか上司はボソボソと捨て台詞を吐きながら去っていった。
「なんなんだ、あいつ」
そう言って、未だに怒りが静まらない同僚は気付かなかっただろう。それとも、俺の錯覚だったのか、去っていく上司の尻ポケットに破られた「かたたたきケン」が吸い込まれていった。
「あっ、「かたたたきケン」拾わなきゃ、貼り付ければなんとかなるか、あれっ、ねーぞっ」
破片を拾おうとしてくれた同僚が破片がないと大騒ぎで探し始めた。
やっぱり錯覚じゃないらしいが、それよりも、同僚がいいやつ過ぎて、怒りなんて湧かなくなった。
「娘からはまたプレゼントは貰えるし、大丈夫だよ」
「何だよ。また自慢か」
「まぁ、確かにお前なら選り取りみどりだよな。いい嫁さん貰えるだろうよ」
「……いきなり、なんだよ」
お前がいてくれて良かったと素直に言えず、変な返しになったが、なくなった「かたたたきケン」は有耶無耶になったし、良いだろう。
残念なのは間違いないが。問題ないさ。
それから数日後、上司がさらに上、本部長から肩たたきされて会社を去っていった。
「パパ、はいまたプレゼント」
感想お待ちしております。щ(´Д`щ)カモ-ン