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未定


誰しも一度は死後の世界について考えるものだ。

幼い頃は純粋な興味と得体の知れない不安を胸に。やがて年老うと、迫ってくる終わりの気配を感じ、現世での身の引き方を考えたりもする。行先が地獄か天国かとか、輪廻転生だとか言われたりするけれども、実際のところはそんなことはしない。わざわざ魂を繰り返し使わなくてもその程度のものなら大量生産が可能になっていた。天界(神の世界とでも言うべきか)では、大量に生産された魂の管理を行っていた。彼女はそこで働く、1人の運び屋だった。美しい黒色に光る長髪と雲のように白いドレスに身を包み、血よりも赤い口紅を塗り、眉を1ミリも動かさない彼女はどこか怪しく恐ろしい気配を纏っていた。最も、運び屋と言っても運ぶ荷物は人の魂でしか無いので大きなトラックも台車も要らない。少し大きな黒いボストンバッグを両手に持ち、彼女は運び屋をしていた。


 ある日のこと。彼女は魂の回収に大きな病院に来ていた。病室には白いベッドに横たわる少年とそこにしがみつく両親。部屋の隅には口を固く噤んだ医者がいた。病室には母親の嗚咽と、父親の鼻をすする音が響き、時より少年の名前を呟いている。不意に母親と彼女の視線が合った。母親は虚ろな目でこちらに「連れていかないで…やめて…」と体を引きづりながら迫ってきた。彼女が眉をしかめると、父親が母親の肩を掴み、きつく抱きしめた。泣き崩れるその姿を横目に彼女は少年のそばによった。コツコツとハイヒールの音が病室に不気味に響く。彼女が少年に軽く会釈をすると、少年から光り輝く小さな魂が飛び出してきた。部屋を飛び出しそうな程に元気に溢れる魂を彼女は素早く掴みカバンに詰め込んだ。カバンの口を閉め、乱れたドレスを軽くはたくと、再び少年だったものに会釈をし、彼女は両親に目をくべることも無くコツコツとハイヒールの音を響かせながら病室を後にした。部屋から聞こえる叫び声のような泣き声がまるで聞こえていないかのように、彼女の表情は眉ひとつ動くことは無かった。


 あくる日、彼女は昨日と同じ病院にいた。ただし階層が違う。彼女がいたのは産婦人科だった。顔を真っ赤にして汗をかく女性の手を必死に握る男性の姿。女性の叫び声が響き渡るが昨日のものとは全く違う。それは紛うことなき生の叫びだった。彼女は苦しむ女性の側まで行くと、バッグから出した魂にフッと息をふきかけた。まるで生きているかのように動き出した魂は彼女の手に導かれ静かに女性のお腹に吸い込まれて言った。

オギャアオギャア

赤ん坊の泣き声が響き渡った。自らの生命を世界に証明するその叫びはフロアいっぱいに広がった。汗にびっしょりと濡れた女性を目を赤くした男性が力いっぱいに抱きしめた。微笑む助産師さんと目線を交差させ、軽く会釈をすると彼女は部屋を後にした。赤ん坊の大きな泣き声が聞こえていないかのように彼女の表情は眉ひとつ動くことは無かった。


翌朝、朝食後の紅茶をスプーンでかき混ぜ、冷ましながら、彼女は送られてきた書類に目を通していた。中には今日の届け先や回収先、その人の現世での情報が事細かに載せられていた。

チャリンッ

ふと、スプーンを回す手が止まった。普段は絶対に崩れることの無い彼女の表情があからさまに強ばっている。彼女の目は資料に釘付けになっていた。椅子を蹴るように立ち上がり、部屋を一周して再び資料を見直す。何度観てもそこには見慣れた顔と名前があった。仕事をパスする選択肢も頭をよぎったが、そんなことをしても意味は無い。他の誰かがこの仕事を請け負うだけだ。いつの間にか震えていた唇を噛み、爪のあとが濃く残るくらい拳を握りしめ、机に叩きつけた。机の振動でカタカタと鳴るティーカップを乱暴に壁に叩きつけると彼女はベッドルームに向かった。壊れそうな勢いでクローゼットを開け、1番端にかけられた黒のドレスを取り出した。全てを飲み込むような、闇より暗い黒だった。新品のドレスに身を包み、ボストンバックを両手に彼女は家を後にした。


彼女がやってきたのは閑静な街に建つ、少し古びたアパートだった。自分のポケットからストラップの付いた鍵を取り出し、中に入る。おかえりという声に唇をギュッと噛み、彼女はヒールを脱がずに部屋に上がった。部屋にいたのは1人の若い男だった。朝食後の皿を洗う手を止め、こちらを振り向いた男の朗らかな表情はその姿、黒いドレスを見た途端に消え失せた。彼女の目を見た男は静かに頷くとそっと目を閉じた。無表情だが、どこか優しさを感じる男とは対称的に彼女の表情は引きつっていた。怒り、悲しみ、恐怖その全てが彼女の心を嵐のように荒らしていた。ボストンバックから小さなナイフを取り出した彼女はそれを男に向けた。その手は小刻みに震えている。ドスンとボストンバックが床に落ちた。

……ッ!!!

自分でも気づかないうちに彼女は声にならない叫び声をあげていた。ナイフを強く握り、目をギュッと瞑る彼女は今まで見たこともないようなまるで人間のような表情をしていた。ふと、彼女を温かさが包み込んだ。ゆっくりと手に温かい何かが伝わる。足元に何かが溜まっていくのも感じる。何が起きたのか理解ができない。いや、理解はしている。彼女の心がひたすらに真実を拒んでいた。ほっと男の息が彼女の首筋にかかる。男の胸が光り輝き、彼女は眩しさに目を開けた。彼女を抱きしめていた男は、さっきの抱擁が嘘のように支えをなくし、彼女に寄りかかっていた。目の前の事実に思わず彼女は後ずさりをする。ドスンと音を立てて男が物のように床に落ちる。横たわる彼の胸から飛び出した光はゆっくり、優しく彼女の手に入ってきた。赤く染った自分の手にのる光を見た彼女は、じっとその輝きを見つめると、なんの躊躇いもなくそれを口に含んだ。途端、辺りが白く輝くいた。古びたアパートが、街が、世界が光に包まれるほんの直前に彼女の目元が光ったような、そんな気がした。


その後、二人を見た者はいないという。


久しぶりに小説を書きました。初投稿です。

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