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リュウジュの逆鱗

「みゃあは、ここから遠く離れたある小国に生まれたミャ。国中を流れる大きな川があって、とっても綺麗なとこだったみゃ。みゃあの国には伝説があって、かつて巨大な龍を倒した勇者が眠った土地だと言われてたみゃ。その恩恵かはわからないけど、国の人たちは互いに争うことなく、みんな幸せに暮らしてたみゃ」

「それで」

「でも、奪われたみゃ。龍警団と名乗る十数人のリュウジュの民によって」

 マオは砂場に悪そうな顔の集団を書き、被害を受ける人を書く。即興で書いているにしてはやけに緊張感のある、陰惨な死の匂いを放つこの世の地獄だ。

「奴らは突然現れ、みゃあたちを捕まえていったみゃ。武器を持って抵抗した人は腕を潰され、逃げようとした人は足を潰されたみゃ。みゃあのおとんとおかんも変なマスクをした奴に連れてかれたみゃ。果てには、川の水も根こそぎ持ってかれたみゃ。今思うとあれは『龍神器』の類いを使ったみゃ」

「……」

 ソウナギはじっと聞く。

「その時みゃあは生まれたての赤子だったけど、奇跡的に奴らに見つからずに助かったんだみゃ。後にりぃだぁに聞いた話みゃと、おとんとおかんがみゃあおをうまく隠してくれたのと、みゃあの鳴き声が猫だと思われたかららしいみゃ」

 その経験のせいでこんな言葉使いになったのか、とソウナギは納得した。

「で、みゃあの他にも、ほんの少しだけ、ほんの少しだけ生き残った人たちがいたみゃ。その中でもかつての勇者の直系の子孫だと言われてるりぃだぁがみんなをまとめて、リュウジュに復讐するために立ち上がったみゃ。かつての勇者伝説、いまここに復活みゃ! って感じみゃ」

 ま、当時はそんなに明るい雰囲気みゃなかったらしいけど、とマオは付け加える。

「それでリュウジュに」

「リュウジュのことを調べていくうちにわかったのは、リュウジュの莫大なエネルギーを維持し、龍脈を拡大させるには、莫大な栄養を摂取しなければならないんだみゃ。んで、その栄養とは、リュウジュの外にいる人間たちなんだみゃ。みゃから、マオたちは狙われた……驚いた?」

「いや、知ってた」

「……みゃ?」

「私、左心房出身だから」

「あぁ、特権階級……」

 左心房出身だから知っているというわけでもないが、リュウジュの仕組みの違和感に気づくだけの環境は与えられていた。

「まあいいみゃ。つみゃり、リュウジュを殺すには、リュウジュの行う栄養補給を止めさせる必要があるというわけだみゃ。幸い、ご先祖の伝記のおかげで、リュウジュの弱点はわかっていたみゃ」

「それは……」

「まず、龍脈の存在が重要みゃ。通常、リュウジュの民はリュウジュの龍脈を宿して生まれるみゃ。その人たちはリュウジュの龍脈に脳を寄生されて、だからリュウジュの民はリュウジュの利益になるようなことをやりたがり、バルバイのような異物を打ち倒そうとするように洗脳みゃれる。普通の生物が心臓からつま先まで血管が繋がっているように、リュウジュの民は龍脈によって一本に繋がっているから、統制も楽なんだみゃ。……知ってた?」

「知らない」

 知っていたが、ソウナギは空気を読んだ。マオが嬉しそうなのでよかったと思った。

「それでみゃ。ところが百年に一度の割合で、リュウジュの逆鱗と呼ばれる人間が生まれるみゃ。それは他の人間と同じくリュウジュの身体の一部でありながら、リュウジュの恩恵を受けられず、普通の人間と同じような能力しか持たないみゃ」

「……!」

 それは知らなかった。

「そう、ナギナギのことだみゃ。ナギナギには絶縁体のような機能が体にあって、龍脈の力を体内に通さない代わりに、リュウジュに洗脳もみゃれない。それでいながら龍脈自体は繋がっている。ここがミソだみゃ」

「ミソ」

「ミソミソもミャソミャソだみゃ。さっきも言ったように、リュウジュの民は龍脈によって繋がっているみゃ。人間という自分の意のままに動く傀儡を使って生命活動を続けているわけみゃけれど……仮に、そこに龍脈を流さない絶縁体のようなエネルギーが逆流したらどうみゃるか」

「……リュウジュの民全員が龍脈を使えなくなる?」

「ビンゴ! さっすがナギナギ!」

「ビンゴって何」

「えっ」

リュウジュにビンゴの文化はなかった。

「……じゃあ、どうみゃってエネルギーを逆流させるかみゃけど」

 マオは切り替えの早さに定評があった。マオは棒人間や矢印を書き、それに「龍脈エネルギー」「誰か」「ナギナギ」「リュウジュ」と名前を振り、図解を書きながら説明する。

「その方法は簡単ではないみゃ。というのも、ナギナギ一人では完結させられないからみゃ。方法としては、誰か適当なリュウジュの民が、ナギナギに龍脈エネルギーを分け与えようとすればいいんだみゃ。原理としては輸血みゃね。すると、そのリュウジュの民にナギナギの絶縁体エネルギーが逆流して、龍脈全体の活動が停止するんだみゃ。輸血だって血液型の相性によっては拒否反応で大変なことになるみゃ。問題はどこにソウナギに輸血、いや輸龍脈してくれるリュウジュの民がいるかみゃけど……」

「ま、待って!」

 ソウナギは叫んだ。マオは手を止める。

「それって……」

 母だ。

マオは「誰か」を消し、「ナギナギの母」と書いた。

「……ナギナギのおかんは、左心房に送り込んだバルバイの密偵に、リュウジュの秘術といってその方法を知らされたみゃ。ナギナギのおかんにリュウジュの命令が聞きづらいことは、龍脈の弱さでわかっていたみゃらね。気を悪くしたらごめんみゃけど、ナギナギの体が弱いのも計画を後押ししたみゃね。それでも、自分の娘を助ける代わりに娘以外のリュウジュの民全員が犠牲になるなんて知ってみゃら、そんなことしようと思わないはずみゃ」

 どうだろうか。母はその事実を知っていたのかもしれない。

「でもその作戦は失敗した。私は生きて、母は死んだ」

「そうみゃね。おみゃけに密偵の存在が政務局にバレて尊い犠牲になったみゃ。――だから今やっているのがプランBだみゃ。ナギナギのいる『右後肢』に潜伏して、こうして直接ナギナギを引き入れる計画だみゃ。政務官がナギナギの行方をここまで追っかけてこなかったのが幸いみゃ」

「でも、今あなたたちの存在がバレてこんなことになってるけど」

「おのれリュウジュ」

 マオは図の「リュウジュ」に「うざい」と付け足した。同感だ、とソウナギは思った。

「――さ、これでみゃおたちの目的とナギナギの力がわかったみゃね? ナギナギ、おみゃあはリュウジュの息の根を止めることのできる唯一の人間だみゃ! その願いはナギナギの願いでもあるはずだみゃ! さあ、みゃあと一緒に来るんだみゃ!」

 マオは両手をぱっと開き、ソウナギを迎え入れる体勢を取る。

 だが、ソウナギはマオの手を掴まない。

「悪いけど、私はあなたの頼みには乗れない」

「それは残念だみゃ。みゃにか、リュウジュに未練でもあるのかみゃ?」

「違う」

 ソウナギは首を振り、自身の白い髪をさらっと梳く。

「私にはやることがある。それが終わるまでは、この町を離れることができない」

「『それ』って、なんだみゃ? リュウジュに復讐するより大事なことがあるのかみゃ?」

「ウミヒコの原稿を届けて、ウミヒコの新作をリュウジュ中に届けること」

 ソウナギはきっぱりと言った。

 マオはぽかんと口を開けた。

「……そんみゃこと!? そんみゃことが、自分を虐げてきたリュウジュに復讐するより大切なのことなのかみゃ!?」

「たぶん、そうだと思う」

「なんでそこで曖昧になるんだみゃぁ!」

「いや……たぶん私は……」

 自分とウミヒコがいる、たったそれだけの日常を続けたいだけだと思う。

「マオ、彼女の望む通りにさせてやろう」

「誰」

 誰かきた、とソウナギは思った。


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