マオ
「……え?」
不意に声を掛けられ、咄嗟に身構える。『あれ』はいつでも取り出せる。
「あは、そんなに警戒しなくていいミャ。みゃあはおみゃあの仲間だミャ」
不敵に笑う少女は、ソウナギの横でブランコを立ち漕ぎしていた。よっと膝を曲げると、ブランコの勢いそのままに宙に飛び出し、鉄柵の上に軽やかに着地した。
――仲間。
「さ、お近づきの印に、これでも飲むにゃ。あの政務官代表も美味いといってくれたんだみゃ~」
そう言って猫目の少女はココアを差し出した。色々疑問はあるが、ソウナギが何よりも気になったのは、
「なにその語尾」
「この状況で一番どうでもいいとこ気になったみゃね」
確かにどうでもいい、とソウナギは思った。
ソウナギはブランコを降り、みゃあみゃあ言ってる猫目の少女を見る。政務局の手先……には見えない。ソウナギの見た目よりちょっと年上くらいの少女だ。
喋り方も奇妙だが、見た目の方も奇妙だ。蛍光の赤色生地に、鳥や龍のような紋様がデザインされた上下一体のドレスのような服を着ており、大胆に切り開けられたスリットの隙間からふとももがばっちり見えている。サイズが一回り大きいのかそういうデザインなのか定かでないが、袖から手が指先までしか出ていない。そして黒々とした髪の毛を団子状にまとめている。少なくともこの辺りでは見かけない服装だ。というか寒そうだとソウナギは思った。
「その白い髪、白い肌、人形のような目、低い身長と小さい胸……間違いないミャ。おみゃあ、ソウナギだミャ?」
無視された上に悪口を言われた。
「……そういうあなたは」
「みゃあ? みゃあのことはマオって呼んで欲しいミャ。代わりにみゃあはおみゃあのことをナギナギって呼ぶミャ」
「ミャオ?」
ソウナギは目の前の少女の名前を繰り返す。
「確かにみゃあはみゃあみゃあ言ってるけど、みゃおの名前はミャオじゃないみゃ。マオだみゃ」
「ニャオ?」
ソウナギは繰り返した。が、うまく言えなかった。
「マ、オ」
「ニャ、オ?」
「……」
「……」
ソウナギは滑舌に難を抱えていることを申し訳なく思った。それと同時に、ソウナギは考える。自分の『仲間』だと名乗る、奇妙な見た目の少女。その少女が自分を知っており、なおかつ『仲間』と呼ぶのはなぜか。
――ああ。
「あなたが、バルバイ」
「お、よくわかったみゃね。そそ、みゃあはかつての勇者の子孫のバルバイだみゃ~。絶賛命を狙われ中だみゃ~」
マオは正解を祝福するように手をパチパチ叩いた。
「命を狙われてるのは、私も同じだから」
「みゃあ、命狙われ仲間だみゃ。それで、みゃあたちがナギナギを見つけるまでには色々あったんみゃけど……みゃあつもつも話はおいおいだみゃミャ」
「つもつも……?」
「積もる話、って意味で言ったミャ。……大真面目にきき返されるとこっちが困るミャ」
「ごめんなさい」
「んでみゃ、みゃあが、いやみゃあ(・・・)たち(・・)がナギナギを探してた理由なんみゃけど――」
すると、マオは突然遠くに向けて目を光らせ、かと思うとブランコの背後の石塀に回りこみ、ソウナギに同じようにするよう目で命じる。ソウナギはなすがままにマオに従い、何かかから隠れる。石塀から顔だけだして様子を窺うと、槍を引っ提げている龍警団が公園の方に向かってくるのを認めた。虫一匹たりとも見逃す隙もないほどの鋭い眼光で周囲を睥睨しているが、長い間休みなく働いているのか、顔に疲れが見える。
「今見つかるのはひっじょ~にまずいみゃ。あらかじめ奴らの警備パターンを把握してなかったら危なかったみゃ~」
子供っぽい雰囲気を漂わせるマオだったが、一連の動作は手慣れており、これまで政務局の目をかいくぐってきた実力は確からしい。
遠くにいる龍警団は何やら集まって話し合っている。しかし、この距離では何をしゃべっているのかわからない。
「ふふん、奴ら、みゃおを見つけられなくて焦ってるみゃ」
「……聞こえるの?」
「ふふん、勇者の子孫を舐めないでもらいたいみゃ」
そういえばそうだとソウナギは思い出しす。バルバイは、かつて心臓を残してリュウジュを葬り去った人間の子孫。
「じゃあ、かつての勇者はあなたみたいな服を着ていたの」
「これはみゃおの趣味だみゃ。他のバルバイは普通の服を着てるみゃ。というかめっちゃ寒いみゃ」
「そう」
「というか、そういうナギナギだって結構変な見た目だみゃ。」
「……」
ごもっともかもしれない。
「でも、綺麗な髪だとと思うみゃ」
「にゃ、にゃにいってんれすか……」
滑舌のせいでマオみたいな喋り方になった。
すると、龍警団の集団に部下らしき者が慌てて駆け寄ってきた。彼が龍警団に向けて何かを耳打ちすると、全員は険しい表情に切り替わり、瞬く間に公園から離れていった。
完全に龍警団の姿形が見えなくなった後で、マオは石塀からみゅっと身を乗り出してみゃみゃみゃと笑った。
「どうみゃら、みゃおの淹れた毒入りコーヒーが上手く機能しているみたいだミャ」
「そんなことまで」
「バルバイと奴らの間には長い長い戦いの歴史があるんだみゃ。右後肢にりぃだぁが潜んでるとバレた時は流石に危なかったけど、奴らに捕まる前にナギナギを見つけられたから、紙一重でみゃあたちの勝ちだミャア」
「……それで、私にどうして欲しいの」
そっけない態度でソウナギは言う。それは、あまりの情報量の多さに困惑しているのと、今の状況に何か、言いようのない違和感を感じているからだ。一方のマオは彼女の冷たさに崩されることなく、持ち前の鷹揚な態度のまま弾むように口ずさむ。
「ナギナギはこの町を捨てて、みゃあたちと一緒に『外』に行くんだみゃ。それで、バルバイの仲間として、一緒に老いぼれドラゴンの伝説に引導を渡すんだみゃ」
「――」
ソウナギは反射的に口を開くが、すぐに閉じた。
仲間。
それはソウナギが追い求める、極めて普通な幸福に必要なものだった。
しかし。
「ウミヒコに言われてるから。知らない人についてっちゃダメって」
「なら、みゃあとナギナギはもう友達になったから問題ないみゃ」
「戯言を」
「急に言葉の品格を下げみゃいで」
ほ、と白い息を吐いてソウナギは言う。
「確かに、私は龍脈がない。そして、私の存在はリュウジュの存続を脅かす存在だってことは重々承知してる。その点では私はリュウジュの敵なのかもしれない」
「みゃら――」
「でも」
ソウナギは唇を噛みしめ、しかと発音する。
「私はリュウジュで生まれた、正真正銘のリュウジュの民。それは私に龍脈が流れていなくても、絶対に覆らない事実。私はリュウジュを殺そうとは思わない。だから、あなたたちバルバイとは一緒にいけない」
マオは、目をぱちくりと瞬いた。
「……龍脈がないのに、リュウジュの民だと言うのかみゃ? 龍脈がないせいで、自分にしかわからない苦しみをずっと抱え続けて来たんじゃないのかミャ? その痛みを共有する仲間が、『外』にはたっくさんいるんみゃよ?」
「確かに私は龍脈を持たない。それでも、私はこの町で生まれ育った。私は私の意思でここにいると、胸を張って言える」
「胸、ないのにかみゃ?」
「……」
「……こちらCカップ。そちらは?」
「……A」
ソウナギの張った胸はAカップだった。
「……まだまだ成長期だみゃあ」
同情された。
こほん、とマオは咳ばらいをした。
「みゃあの話を聞いてほしいみゃ。リュウジュの本当の目的と、みゃあたちバルバイとの関係について」
「わかった」
マオは枝木を持って砂場に走り、地図のようなものを描きはじめた。