咲野さんへの誕生日プレゼントに誤って婚姻届を入れてしまったところ、翌日受理されていた!?
「ねえねえ村田くん、昨日の『げろしゃぶ』観た?」
「観た観た。まさかずっとオープニングに出てたブリーフのオッサンがラスボスだったとはね。相変わらず伏線の張り方がエグいアニメだよ」
「ねー!」
いつもの放課後。
今日も咲野さんと二人で歩く通学路は、キラキラと光り輝いて見える。
好きな人と一緒なら、こんな何の変哲もない通学路も、まるでレッドカーペットだ。
咲野さんみたいな、ラノベの表紙に出てくるレベルの美少女と仲良くなれたなんて、未だに現実味がない。
たまたま咲野さんもアニメオタクだったことがキッカケで話すようになったのだが、こんなにもオタクであったことに感謝する日がくるとは――。
「じゃ、じゃあ、また明日ね、村田くん」
「う、うん、また明日」
流れるような黒髪を風になびかせながら、曲がり角に消えていく咲野さん。
嗚呼、今日の咲野さんも可愛かった……。
とはいえ、僕みたいな生粋のモブ男子が、咲野さんと釣り合わないことは重々承知している。
卒業式も近いが、この想いを咲野さんに伝えるつもりは、今のところない。
――でも、明日は咲野さんの誕生日だからな。
誕生日プレゼントを渡すくらいなら、別に変じゃないよね?
いろんな意味で逸る鼓動を抑えながら、僕は途端に彩度が落ちた通学路を、一人で歩き出した。
「ただいまー」
「おかえり亜紡。そうだ、明日って咲野さんの誕生日なんだよね?」
「っ!?」
帰ってくるなり開口一番、母さんがそんなことを言ってきた。
「な、何で母さんが咲野さんの誕生日を知ってるの?」
「ふっふーん、母を舐めんじゃないわよ。息子の好きな子の誕生日くらい、とっくに調査済みよ」
「……」
僕が生まれて間もなく離婚して以来、ずっと女手一つで僕を育ててくれた母さんとは、親子というよりは友達のような感覚になっている。
そのせいもあり、僕が咲野さんに恋心を抱いていることを、つい先日ポロッと漏らしてしまったのだが、その途端にこれだ……。
「ちゃんと誕生日プレゼントは用意したんでしょうね」
「うるさいなー。母さんには関係ないだろ」
「いやいや、関係は大ありよ。だって咲野さんは、将来私の娘になるかもしれないんだから」
「む、娘……!?」
随分気が早いなッ!
いや、そもそも僕は咲野さんに告白する勇気も資格もないって!
「まあ安心なさい。代わりに私が最高のプレゼントを用意しておいたから!」
「へっ?」
母さんはドヤ顔で一枚の紙を差し出してきた。
何これ?
「――!? これは……!?」
そこには、『婚姻届』の文字が――。
えーーー!?!?!?
「私の名前は書いて印鑑も押しといたから、あとはあんたが自分の名前を書けばプレゼントの完成よ! 最近は女の子も結婚年齢が18歳に引き上げられたからね。でも明日で咲野さんも18だし、あんたもとっくに18になってるから、これに咲野さんの名前を書いてもらって役所に提出すれば、晴れて二人は夫婦よ!」
「ヤバいクスリでもヤッてんのか!?」
まさか自分の母親が、こんなサイコパスだったとは……。
「どこの世界に、付き合ってもいない段階から、婚姻届ダイレクトアタックする男がいるんだよッ!?」
「まあまあそうイキりなさんな」
「別にイキってはいないが!?」
「悪いことは言わないから、とりあえずこれ持っときなさい」
「――!」
半ば無理矢理婚姻届を渡されてしまった。
まったく……。
「でも、絶対これは使わないからな」
「はいはい、ご自由にー」
大きく一つ溜め息をついて、自分の部屋に向かった。
「婚姻届、か……」
机に座って婚姻届を眺めていたら、咲野さんの天使のようなウェディングドレス姿が目に浮かび、慌てて振り払った。
あわわわわわわ、僕は何を……!
……でも、まあ一応、自分の名前を書くくらいだったら、別にいいよね?
僕は震える手で、夫になる人の欄に『村田亜紡』と書いた。
ぼ、僕が咲野さんの、夫に……!!
うおおおおお、無理無理無理無理……!!
身の程をわきまえろ!
「ふぅ」
深呼吸して心を鎮め、婚姻届を四つ折りにする。
その上に、『げろにゃん』のフィギュアが入った箱を置いた。
『げろにゃん』は『げろしゃぶ』のヒロインの一人で、咲野さんの推しなのだ。
多分この誕生日プレゼントなら、咲野さんも喜んでくれることだろう。
僕はロフトで買ってきたシャレオツなプレゼント用の袋を広げる。
この中にフィギュアを仕舞えば、プレゼントの準備は完璧だ!
「亜紡ー。カステラ買ってきたから、取りにきなー」
「はーい」
今日のおやつはカステラか。
急いで袋にフィギュアを仕舞い、部屋を後にした。
――そして迎えた、咲野さんの誕生日当日。
休み時間のたびに、咲野さんにプレゼントを渡そうと自分を奮い立たせるのだが、毎回今一歩勇気が出ず、結局放課後までプレゼントは渡せず終いだった……。
「やっぱ『げろにゃん』の一番の魅力はね、三姉妹の次女ってところだと思うの! 私、三姉妹の次女キャラが好きなんだ」
「ああ、いいよね三姉妹の次女」
隣を歩く咲野さんに相槌を打つも、僕は気が気じゃなかった。
何としても咲野さんと別れるまでに、プレゼントを渡さなきゃ……!
「じゃ、じゃあ……また、明日ね、村田くん」
「――!」
が、そうこうしているうちに無情にも、いつもの曲がり角に差し掛かってしまった。
うぅ……!
「……バイバイ」
「っ!」
心なしか咲野さんの背中が、いつもより小さく見えた。
――この瞬間、僕の中で何かが弾けた。
「さ、咲野さんッ!!」
「――え?」
僕は咲野さんに駆け寄り、慌てて鞄の中から袋を取り出す。
「わ、渡すの遅くなっちゃってゴメン。――お誕生日おめでとう、咲野さん」
「っ! あ、ありがとう村田くん……。開けてもいい?」
「うん、もちろん。喜んでもらえたらいいんだけど……」
「ううん、村田くんからもらえるなら、何でも嬉しいよ。――わあ、これ、ずっと欲しかったやつだ!」
袋を開けた咲野さんは、子どもみたいに目をキラッキラさせた。
うんうん、よかったよかった。
喜んでもらえたみたいだ。
「あ、あれ!?」
「?」
その時だった。
袋を覗く咲野さんの顔が、途端に耳まで真っ赤になった。
おや? 咲野さん?
「こ、これが……、村田くんの私に対する気持ちってこと?」
「え?」
咲野さんへの、気持ち?
ああ、まあ、確かにその『げろにゃん』のフィギュアは、僕の咲野さんの誕生日を祝いたいという気持ちの表れではあるけど。
「うん、それが僕の気持ち。受け取ってもらえるかな?」
「あ、ありがとう……。急だったからビックリしちゃったけど、凄く嬉しい」
咲野さんは袋をギュッと抱きながら、何かを噛みしめるように俯いた。
まさかそんなに喜んでもらえるとは。
頑張って選んだ甲斐があったよ。
「でも、一応お父さんとお母さんにも相談しなきゃだから、明日まで待ってもらってもいいかな?」
「へ?」
な、何を??
「じゃあ、また明日ね、村田くん!」
「あ、うん」
そう言うなり、咲野さんは光の速さで帰っていってしまった。
な、何か会話が噛み合ってなかった気がするんだけど、大丈夫かな?
……まあいいか、喜んでもらえたのは確かみたいだし。
偉業を成し遂げた達成感からか、今日の通学路は、一人になっても彩度が落ちなかった。
「あれ?」
自分の部屋に着いて机を見た途端、異様な違和感を覚えた。
何かが足りない気がする……。
ああそうだ、昨日母さんから貰った、婚姻届が消えてるじゃないか。
どこにいったんだろう?
机の周りを探すも、どこにも見当たらない。
「亜紡ー。どら焼きあるから取りにきなー」
「はーい」
今日のおやつはどら焼きか。
まあ、婚姻届はどの道使うことはないんだから、別にいいか。
僕は鼻歌交じりに部屋を後にした。
「ふぅ」
そしてその翌日。
教室の前に佇む僕は、扉を開けるのを躊躇していた。
昨日は最高にハイってやつになってたから気付かなかったけど、今朝冷静になって考えてみたら、昨日の僕の一連の行動って、咲野さんに対する告白とも受け取れるんじゃないかということに思い至ったのだ。
いや、でも、それは自意識過剰か?
僕は単に、誕生日プレゼントを渡しただけだしな。
よし、大丈夫だ、問題ない。
いつも通り、いつも通り。
僕は深呼吸を一つしてから、扉を開いた。
――すると。
「オォーイ、村田ァ! お前やるじゃねーか!」
「虫も殺せないような顔して、意外とやること大胆だね!」
「ヒューヒューだよ! アツいアツい!」
「…………は?」
途端にクラスメイト全員から取り囲まれた。
んんんんんんん????
「ホラ、奥さんからも何か言ってあげなよ」
「う、うん」
「――!?」
友達に背中を押されて、咲野さんが僕の前に出てきた。
奥さん????
「あ、あのね村田くん――ううん、亜紡くん」
「っ!?」
亜紡くん????
「昨日あの後お父さんとお母さんに相談したらね、二人共凄く喜んでくれて、その足で市役所に行って、提出してきちゃいました」
「――!!」
咲野さんはエヘッと恥ずかしそうにはにかんだ。
市役所に……提出……!
ま、まさか……!!
――この時、僕の頭の中で、全ての点と点が繋がった気がした。
今思えば僕はあの時、四つ折りにした婚姻届の上に『げろにゃん』のフィギュアを置いた。
そしてそのまま、婚姻届ごとプレゼント袋の中に仕舞ってしまったのでは……!!
「ふつつかものですが、末永くよろしくお願いします」
咲野さんはペコリと頭を下げる。
「あ、ど、どうも、こちらこそ……」
ふおおおおおおおおおおおおお!?!?!?!?
「よーしみんな、村田夫妻を胴上げだ!」
「「「オー!!」」」
「なっ!?」
クラスのみんなから胴上げされる、僕と咲野さん。
咲野さんはキャッキャと子どもみたいに笑っている。
ハ、ハハ……。
思わぬ形で夫婦になってしまったが、こうなった以上、一生懸けて奥さんを幸せにしてみせるぜ。
――この日から僕のあだ名は、『勇者』になったのであった。
お読みいただきありがとうございました。
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