ドキドキの初登校 ④
「えっと、かやのすずめと言います」
と鈴女はチョークを取り、黒板に自分の名前を書き始める。
「茅葺屋根の“茅”に野原の“野”、鈴の音の“鈴”に女と書きます。」
「チュンチュン!すずめちゃん!」と声掛けする男子に向かって鈴女は微笑む。
「ハイ! ウチの両親が雀の様に親しみやすく愛らしい人になって欲しいとの願いを込めて名付けてくれました。 だから…可愛くはないのですが、皆さん、仲良くしてやって下さい。あと、私、田舎暮らしだったので、都会の生活に不慣れなんです…」
鈴女は、教室の後ろの方の窓際の席にさっきの『壁ドン!』の男の子が座っているのに気が付いていた。
と言うのは…他の子達には申し訳ないのだけど…女の子の目から見て、カレがひと際目立ったから…
なので、それをつい、言葉の端にのせてしまった。
「…さっきも、ドジ踏んで…電車からホームに転げ落ちそうになって、そこの“窓際のカレ”に抱き留めてもらったんです。」
途端にクラスの女子達の空気がピリッ!と変わった。
「…あ、それじゃ…みんなの紹介は、おいおいと言う事で…小町さん! 茅野さんは前の席になるから…色々教えてあげてね。じゃ、よろしく…」
明美先生でさえ、そそくさと出て行く位に“女子圧”が怖いのに、鈴女は、おっとりとしたものだ。
「あなた、さっきのひと言でクラスの女子の半分は敵に回したわよ」
ため息交じりの小町の言葉にも、周りからの刺すような視線をもろともせず、コロコロと笑う。
「私は…小町?さんみたいに可愛くもないし、垢抜けてもいないから、そんな戦列には加われませんよぉ。 小町さんもお好きなんですか? あの人のこと」
「かんだちを? まさか!! 私はね、『世のオトコどもを翻弄する』立ち位置なの。好きになんてならないわ」
「『オトコを翻弄する』んですか? 凄いなあ!! でも分かります、確かにオーラありますもん!小町さんには」
そう言われて悪い気はしない『京橋小町』は机に両肘をついて鈴女の方へ身を乗り出す。
「茅野さん…いや、すずめちゃんって呼んでいいかな?」
「ハイ」
「すずめちゃんだってなかなかなんだよ。ウチのマネージャーが見たらきっとスカウトに掛かる」
「スカウト?」
「うん、今はね、ショウゴインさんみたいな人より、もっと、こう…手が届く様な感じのコがウケるのよ」
「…んー? ショウゴインさん…って、どんな人なんですか?」
こう聞かれて小町は肩を竦めた。
「人間離れした人」
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チャイムが鳴り、教卓に置かれた資料だの本だのを抱えて先生が出て行くと、みなガサガサとお昼の用意を始める。ここ2年生の教室は鈴女の1年生の教室とは棟が違う。
そしてこの…
ベストの背中にプラチナブロンドのウェーブがかった毛先を遊ばせている女生徒は、
大判のノートを“うちわ”にしていた手を止め、
もう片方の手で机の中を探って、
ぼんやりと光を帯び始めた…鈴女の持ち物と同じ形の鈍色の棒を取り出し、
少し頭を傾けた。
「何か…やらかしたわね… せっかく学校に来たのだから今日は購買のカツサンドを買いたかったのに…」
女生徒は“鈍色の棒”をエコバッグに突っ込んでグルグルと巻き、手に提げて席を立った。
廊下を歩くと…すれ違う…何人もの…リボンの色もまちまちな…女生徒達から次々声を掛けられる。
「あ、こんにちは笙悟陰さん」 「今日はいらしたのですね」 「お加減はいかかですか?」 「暑さ、お体に障りませんか?」
彼女は、声を掛けて来たひとりひとりに会釈を返し廊下の終点まで来て、窓をガラガラと開けた。
吹き込んで来る風にあおられるその後ろ姿は…青空のかけらの見える窓枠のキャンバスの中の絵の様だ。
風は…プラチナブロンドの毛先や膝上15cmクラスのスカートの裾を際どく揺らし…透けるように白くどこまで長いんだと言う様な足と、ほっそり綺麗なカーブのうなじを、その陽の光に晒した。
「跳ぶか」
彼女は…窓枠にハイカットのラメ入り黒ソックスを履いた、ベージュ色のスニーカーのつま先を引掛けたところで、ふと止まった。
両の手のひらに光をためて短いスカートの裾をさらりと撫でる…
と、裾が短パンの様にまとまった。
次の瞬間、その“人”…笙悟陰香狩は窓枠を蹴って空中へと飛び出した。
イラストです。
空中へ飛び出した香狩さん
(彩色しました)
今回はイラストはなしです。
これから挑戦してみますが なんとかなったら明日UPいたします(^^;)
2022.6.3更新
イラストを追加しました。
窓から飛び出した香狩さん。
体育館の屋根を中継して向こう側の校舎へ飛び込んで行くイメージなので、四階建ての四階の窓から飛び出しています。(人間離れしているから大丈夫なんです(*^^)v)
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