ドキドキの初登校 ②
小さなお弁当屋なので……基本は綾女が切り盛りできる範囲という事になる。
綾女は自分の体がいつも通り動く事を確かめつつ徐々に仕事のアクセルを踏んでいく。
オーダー、調理、盛り付け、会計の一連の流れを衛生面はキッチリとキープしながらもなるだけお客様を待たせないように……
カウンターと盛り付け台と厨房と……一番適格なルートを走らせるパズルのようで……楽しい。
“直之さん”の事は別にしても会社勤めは楽しかった。
そしてこのお仕事も色んな楽しみを与えてくれる。
「いらっしゃいませ」「ありがとうございます」の言葉も弾む。
そのトーンで綾女は姿の見えない鈴女に声を掛ける。
「用意できた~? できたら見せに来なさ~い」
姿見の前では鈴女がリュックを背負い、ショルダーハーネスに挟み込まれた髪を梳き抜いて、ブレザーの裾を引っ張り、左右の肩を交互に突き出しヨレがないかチェックしている。
そして「今、行きま~す」と声掛けして、トントンと階段を降りた。
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調理をしながらの綾女は、鈴女を油が跳ねない位置に立たせて、その服装をチェックした。
「今日は暑くなるらしいんだけど、初日だし……色々挨拶しなきゃいけないからブレザー着たの」
「エライ! ただ、こまめに水分摂取はしてね。どれ! クルッと一回りしてみて! 」
鈴女はショルダーハーネスに手をやって、髪をたなびかせながらスイッと一回りする。
「うん! とっても可愛いよ! 」
「JKしてる? 」
「がっつりしてる」
鈴女はこの言葉に喜びながらも……関心の半分は綾女の持つフライパンの中のしょうが焼きに行ってるようだ。
「タレとゴマ油のいい香り! たまらない!! 」
「持たせてあげたいんだけど……満員電車に慣れるまでは、お昼は学校で買いなさい。いいものよ。購買や学食も」
「購買と学食か……名物とかあるかな~ ちなみに、“あすなろの郷高校“の名物はね! 」
「あすなろプリンでしょ? 」
「そう! 私、あすなろの郷高校はひと月だけだったけど……6回食べちゃったもん」
「私は3年いたからね……数えきれないや」
「いいなあ、綾姉さまは……」
「ふふふ、その代わりにあなたは、沙霧学園の名物を楽しみなさい」
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「さて、駅には着いたのだが…… スマホで検索っと! 茗荷平から……さぎり………ん? 早霧じゃなくて……漢字が……出ない! 」
仕方なくスマホでの検索を諦め、鈴女は路線図になっている切符運賃表を見上げる。
「えっと、いくらだ……?」
『220円』
「えっ? 」
振り向いたら誰もいない……で、見上げると運賃表に『沙霧台 220』と書かれてある。
「……まあ、いいわ」と鈴女は券売機に差し向かいになる。
「えっと、何? 『ご希望のボタンにふれてください。現金・カードはあとからお入れください。』か………『Cowca』?『チャージ』? あ、『きっぷ』はこっちか! 」
ピッ! とタッチすると画面が切り替わる。
「なんだ !料金表画面に出るじゃん! 『沙霧台 220』をタッチ! おっ! 投入口が開いた! 」
鈴女は和柄の小さなガマ口を開け、硬貨を投入した。
発券された切符を取り、自動改札の前で「よしっ! 」と身構える。
「あれっ? 切符どこに入れるの?? 」
『そこ、IC専用だよ』
また同じ声……オトコ声だ!
しかし鈴女の頭の中は『?』がポンポン湧き出してそれどころではない。
『IC専用ってなに? あれっ? 隣の人、スマホ押し付けてる。押し付けると切符読むのかな?? えっ? えっ? 』
突然グイッと! 背中のリュックを摑まれ、ずるずると3台先の自動改札機の列の最後尾に付けられた。
「ちょっと!! 何?! 」
振り向くと鈴女のリボンと同じカラーのネクタイに腕まくりしたワイシャツ姿の男の子に引きずられていたのだ。
「切符はこっちじゃなきゃ通れないよ」
「ええ?? 何それ? 」
「『何それ』じゃなくてさ! キミのおかげで改札、渋滞していたんだけど……」
鈴女が、気が付いて辺りを見回すと、まだ残っている渋滞の“残骸”と……若干の冷たい雰囲気……
恥ずかしさで真っ赤になりながら
「そ、それは、ごめんなさい」と下げた頭を上げると、そこは無人の自動改札、で後ろから咳払い。
「す、すみません!! 」
大慌てで切符を投入し、改札を通りダッシュで人込みに隠れる。
「もう! いったい何なのよ! この放置プレイは!! 」
慣れない“都会言葉”で愚痴る鈴女だった。
◇◇◇◇◇◇
ようやく乗った満員電車なのに、次の駅は昨日通って来たターミナル駅。ドアが開くとドドドドドドドドド! と電車の外に押し出された。慌てて脇から電車の中へ潜り込めたのは良かったのだが……次の駅、またその次の駅と……今度は入って来る人の積み増しで、鈴女はとうとう反対側のドア辺りまで押しやられた。
「うっ!! 暑い」
たぶんエアコンは入っているのだろうが、鈴女にとっては未経験の人いきれで、ボーッと人酔いしてしまう。
電車の傾き加減で、人の塊が反対側によって、鈴女の前に隙間が空き、いいタイミングでドアも開いて人も降りていったと思いきや、今度は鈴女と同じ制服の子や同じ柄のネクタイの男子が大量に乗り込んで来た。
「??!! 」
ぺしゃんこにされちゃう!!
と思った瞬間、
ドンッ!
と
左の頬のすぐ脇に腕まくりした右手を入れられた。
んで、右側にはやはり腕まくりされた左肘!!
どう見ても男の子の手だ。
これって!
『壁ドン』??!!
ガタン!
電車が動き出す時の揺れで鈴女は男の子の右腕に顔をぶつけてしまい、右腕の内側にくちびるがついてしまった。
「あ“っ!! 」
慌てて顔を背けると男の子の腕まくりされたワイシャツが……
サイアク!! どうしよう……
加えて人の圧力に押されて、男の子が少しでも手の力を緩めると胸と胸がくっつく状態……
恥ずい!! この人に……確信犯的に力を緩められたら終わりだ!
どうすれば……
鈴女はドキドキ顔を赤らめながらも“手”を考える。
「あの、『壁ドン』のところ申し訳ないのですが……リュック、前抱っこしてもいいですか? そうすれば、あなたとの“事故”を避けられると思うんです」
男の子は一瞬『? 』な顔をして、すぐに吹き出したくなるのを押さえたクツクツ笑いをした。
「あのさ、それができるくらいなら、そもそもこんな事しないって! 」
そりゃそうだ!
「次でキミも降りるんだろ? 」
「えっ? 」
「次、沙霧台。ちなみに今度はこちら側のドアが開くよ」
「へっ?! 」
果たして『沙霧台』に着いてドアが開いた瞬間、生徒達の容赦ない人圧で、鈴女は男の子ごと背中から転倒しそうになって……
生暖かい視線の中、男の子に抱きかかえられていた。
『みんな絶対確信犯!! 』
この時の事を思い出す度に、鈴女はこう独り言ちっている。
今回はイラストはなしです。
画力が上がったら…ドキドキの『壁ドン』シーンを描くかも…(^^;)
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