綾女の悲しみ
夕方のラッシュがひと段落して、そろそろ今日の売り上げの「締め」と明日の仕込みの準備をしなきゃと自分の左肩を“グー”でトントンしていた時、ひょい! とその子は顔を見せた。
「鈴女! 」
この子の顔を見ただけで自分の中の“力”が少し復活するのを感じながら綾女はその子に声掛けする。
「裏に勝手口があるから、そこから入ってちょうだい」
鈴女は“敬礼”してスイっと視界から消える。
ああ! 姉さんが……大切な鈴女を私の元に寄越してくれた。こんな私の為に……
綾女の心は……一女への感謝と申し訳なさでいっぱいになる。
「綾姉さま! ご無沙汰しています」
目の前に立っているこの子……
ついこの間までは、あどけない少女だったのに……
今では私と同じくらいの背丈で……大人びて来ている。
「このたびは、こんな素敵な機会をいただき本当にありがとうございます。私、お掃除は得意です、あと力仕事全般……お弁当屋さんのお仕事では、まだまだお役には立てませんが一所懸命覚えますのでガンガン使ってやって下さい! 」
こんな挨拶をされて綾女は、つい目を細めてしまう
「こんな立派な挨拶ができるようになって、本当に心強いわ。お弁当屋はね、私だってまだまだ素人よ。だから色々と助けてね」
そう言って綾女は鈴女をその腕に愛しく抱いた。
◇◇◇◇◇◇
腹ペコの鈴女は盛り付け台の片隅でお弁当の付け合わせをおかずにご飯をパクついている。
「このピーマンとおじゃこの甘辛炒め……ゴマ油とおかかの香りもたまらない!! あとキャベツと塩昆布の浅漬け!! 綾姉さま 神!! どうしよっ! ごはん何杯でもいけちゃう!!」
「付け合わせで、そんなに感激してくれて嬉しいわ 主菜は作り置きのものがなくなっててごめんね」
鈴女は大きく頭を振る。
「私、今日、駅弁食べたのね。そこにはその土地の一押しの主菜が入ってて、もちろん美味しかったんだけど……普通の食材の普通のおかずなのに、こんなに美味しいなんて!! 綾姉さまのお弁当屋さんが大はやりなの、すっごく分かる。 明日からいっぱい手伝うね。昼間は学校だけど、朝と、夕方からはバッチリだから!! 」
「それは頼もしいわね。学校はここからじゃ普通は電車通学なんだけど……ひょっとして、コッソリ箒で行くの? 」
「ううん。電車で行きます。学生証を発行してもらったら定期も買います」
「へえ~まじめ!! 」
「ふふふ あのね、“ふまじめ”したくてもできないんです。ここでは“西の魔女”を除いては……魔法を使い続ける事ができないから」
「そっか、“あすなろの郷”のようにエナジーが満ちてはいないものね」
「あと……空が狭いの」
「狭い?」
「そう! 電線とか建物がいっぱいで……飛ぶのは危ない気がする」
「なるほどね……最近はドローンも飛んでるって言うし……私は魔女になれなかったから、気が付かなかったわ」
「えっ?! 綾姉さまも魔女なのでしょう? お母さんが言ってた。『人を癒す素晴らしい力を持つ魔女なのよ』って」
「そう……姉さんが……そんな事、言ってくれたの……」
「綾姉さまはあすなろの郷に里帰りしないの? お母さんも心配してるよ」
「そうねえ……お店、維持しなきゃいけないからね ほら、毎月、お家賃とか、仕入れとか、お金必要でしょ?! せっかくファンになってくれたお客様………毎日お弁当を買っていただけるから、なんとかお店を回していけるの……だから今はまだ無理かな」
「そうなの? だったら綾姉さまが早く楽になれるよう、私、頑張るからね! 」
「はい。ありがとう。今はともかくシャワー浴びなさい。ウチはユニットバスだから狭くて申し訳ないね。 近くに銭湯があるから、明日、入りに行きましょう」
「ほんと?! 嬉しい!! ぜひ連れていって! あ、シャワー先でいいの? 」
「ええ、私はまだ締めとかあるから……お風呂は2階よ」
鈴女が2階へ上がって行き、綾女は明日の仕込みなどを始める。
盛り付け台の隅に置かれた……鈴女が取って来た夕刊から覗いているチラシの束……
何気に開いてみると……
ベビー用品が目に飛び込んだ。
途端に、目を背け押し込めていた感情が噴き上がる。
二つの種族を手に掛け………その血にまみれた“グランマ”でさえ、赤ちゃんを産めたのに…
私の“胚”には何もない。直之さんは……何も残してはくれなかった……
神様……あなたは……不公平です。
いいえ!いいえ! 神様!! 申し訳ございません。
私はヒトモドキの身の上なのに……
けれども、こんなヒトモドキに
どうか我が身の処し方を決める自由をお与えください。
私の命に少しでも力があるのなら……
使い果たすその力で……
どうか皆様が健やかであられるように……
綾女が祈りの手をほどくと、手のひらから柔らかい光が零れ落ちた。
その光をチェック柄の小さなカップに振り分けられた付け合わせの一つ一つに注ぎ入れて行く。
そしてその途中で
不意にゼンマイが切れてしまった様に凍り付いて
綾女はパタリとうつ伏せた。
◇◇◇◇◇◇
「姉さま! 綾姉さま! お風呂上がりました」
スウェットに着替え、バスタオルを首に掛けた濡れ髪の鈴女がトントンと階段を降りて来た。
かすかな寝息が聞こえる……
「綾姉さま 疲れて眠ってしまわれたのかし……」
言い掛けて、そっと綾女を覗き込んだ鈴女は凍り付いた。
それは幼い頃に見た“旅立ち前のおばあちゃま”と同じもの……
死のオーラを
綾姉さまは纏っている。
急性のトリニティウム欠乏症だ!!
魔女は生物としての機能停止のずっと前に、この症状で他界するのだ。
リュックに飛び付いて手を突っ込み、瓶の中身を掴み出す。
「姉さま! 口を開けて!! 」
無理にこじ開けて舌にカプセルを置いたが反応がない。
鈴女は手に残っていたカプセルを全部自分の口に放り込んでかみ砕き、綾女の頭を抱いてその口に自分のエナジーと共に、それを流し込んだ。
ありったけを振り絞っても、まだ姉さまは“戻って来ない”
どうしよう!!
目に鈍色の棒が……
引っ掴んで頭の中に鍵を描き、開ける。
途端に鈴女の体にエナジーが流れ込み、鈴女は自分の体を介してそのエナジーを綾女の体に流し込んだ。
温かくなった“棒”が冷え始めた頃にようやく綾女は、うっすらと目を開けた。
「良かった。綾姉さま! 良かった!! 」
鈴女は、泣きじゃくりながらも綾女の手にカプセルを握らせコップに水を汲む。
「トリニティウムのカプセルです。飲んで下さい」
綾女は渡されたカプセルを何とか飲み込んで、まだうつろな目で鈴女を見上げる。
「ごめん……ね……すずめ……わたし……まだ……いきて……る……? 」
「うん! 生きてる! 生きてるよ!! 」
繰り返し繰り返し叫びながら鈴女は、泣きじゃくった。
。。。。。。
イラストです。
綾女さん案 ①
彩色しました
命が尽きかけている人のイラストって、本来は私の画力では無理なので…とにかく一所懸命かわいく描きました(#^.^#)
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