プロローグ <それぞれの思い>
その部屋には“ショパンの別れの曲”が流れていた。
漢方…とも違う
もっと色鮮やかな花々や草木が材料として並んでいる。
そんな調剤室
可愛い薄ピンクのワンピースの上に白衣を着ているその女性は、調剤の手を止めて…涙で左の薬指に光るリングを震わせる。
「一女」と男の声がして
彼女は振り返る。
真っ白いワーカーズブルゾンを羽織った男が大股で歩み寄って来る。
その刹那、
彼女は涙とそのあどけない表情を脱ぎ捨てて…
男と…
大人の熱いキスを交わす。
「もうお帰りになるなんて… せっかく独りで泣けると思ったのに…」
「今日は鈴女との最後の日だよ。気を遣ってみんなが送り出してくれたんだ。 最近…ろくすっぽ時計を作っていないのにね」
「それは大変!大伯父様にしかられてしまいますわ」
「社長は、この給料泥棒につきっきりで手伝ってくれたよ。こいつの調整をね」
男は手に提げていた『TUKIMI WATCH 槻水時計舎 あすなろの郷 匠工房 』と書かれた紙袋をちょいと持ち上げた。
「鈴女のですね」
「そう」
「給料泥棒だなんて! それがあなたの本当のお仕事。そして私達の希望!」
「それも、“彼女”の協力があってこそだ」
「ああ…」と女の目が遠くなる。
「鈴女も…“彼女”の元に…行くのですね…」
女の目から、またはらりと涙が落ちる。
「愛人に…主人も…娘も取られてしまうのは、さすがに妬けますし、泣けます」
「何をバカな事を! 鈴女が行くのは、“奇跡の魔女”のところじゃない、キミの妹のところじゃないか! それに…“西の魔女は愛を欲しない”それゆえの奇跡の魔女だという事は、キミも知っているだろう?!」
女は肩にかかる髪を揺らして悲しく頭を振った。
「愛がなくても生きていけるのは…“人”と同じなのかもしれない…だけど、西の魔女が愛を欲さないわけではない。その事も! あなたは知っているでしょう? でもいいんです。綾女と鈴女がどこででも命を繋ぐことができるのなら…私のヤキモチなど些末なものです。
だってあなたは…私と居る時は…こうして愛してくださるのでしょう?」
そう言って女は男のくちびるを熱く求めた。
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陽の光がいっぱいに入る執務室
今、受話器を置いたのを見計らった様に、ドアがノックされた。
『坂井です』
「どうぞ」
と
手元の書類を手に取りながら執務室の女性は声を掛ける。
タイプは違う、だけどお互いがお互いをしっくりと受け入れる…そんなふたりは目と目と…言葉と言葉で…まるで違う会話をする。
「…で、その子なのですね」
「ああ、授業料だけで…37万弱の追加は助かるよ…新米学園長のこの身にはありがたい」
「またそんな事おっしゃって… 本当は別の案件なのでしょう? “笙悟陰さん”的な…」
珠子は愛おしく目を細める。
「明美は賢いね」
「私が珠子センセイをお慕いして…何年になるとお思いなのかしら…」
「そうだったね。明美は“魔女学”の助手としても有能だよ」
明美は珠子の右手に自分の手を重ね、お互いの頬を摺り寄せ、耳元に囁いた。
「今夜はカレーにしますね」
珠子は明美の髪と頬の感触を確かめながら微笑んだ。
「それは楽しみだな…明美が作るカレーも、大好きだよ」
珠子の左手が置かれた書類には、ボブ・ロブの女の子の写真が貼ってある。
その子の名前は『茅野鈴女』
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校長先生は…
耳からスマホを離し、手帳型のケースを閉じた。
「校長センセイ~」
頭の向こうの…こずえの先の方からその声は聞こえて来て…
先生は微笑んだ。
「おやおや、噂をすれば…だわね」
見慣れたエンジ色のスクールジャージが箒を引き連れて飛んで来て…先生が見上げたあたりでふんわりと固定した。
あの写真の子だ! ただ、頬がインディアンの様に黒く彩られてる。
「さっきご挨拶にお寄りしたら…ご不在で… こんな高い所からごめんなさい」
「いいのよ~茅野さんこそ勇ましい恰好で乗り付けて…どうしたの?」
「明日には出発なんです。だから最後にこの郷の田んぼや畑に、“虫よけの結界粉”を撒いていたんです。」
「ああ、それで、ほっぺにお化粧ね」
校長先生にクスクス笑われて…鈴女は首にマフラーしていたタオルで頬をグイっと拭い、その黒を確かめて“てへペロ”した。
「いったいどうすれば、そんなところに粉が付くのかしら?」
校長先生の問いかけに鈴女はまたがっていた箒の柄から片足を抜いて…ちょうど鉄棒に腰掛けるように膝を揃えて横座りした。
片手で抱えていた筒状の容器を両手に持ち直し、膝を曲げて箒の柄を挟み込む。
「こうするんです!」
と、
くるりと後ろに半回転して両足で箒の柄にぶら下がった。
髪やタオルの端っこが下に向けて落ちて、ふわふわゆらゆらする。
「結界粉…花壇の他にはどこに撒きましょうか?」
「そうねえ、校門の桜並木とか…でも、あれよ。向こうに行ったらスクールジャージでふわふわウロウロは止めなさい!」
「そうですね せっかくカワイイ制服だから…」
言い掛けて鈴女は手の代わりに“容器”で口を押さえた。
「ごめんなさい…」
「ほほほ、いいのよ、珠子先生のところの制服、可愛いものね」
「校長先生、ご存知なんですか?」
「当たり前よ。珠子先生はこの学校で教鞭を取っていたこともあるのよ。さあさ、いつまでもそんな恰好じゃ、頭に血が昇ってしまいますよ。 それから…」
校長先生はふと思い付いてクスリ!した。
「あちらの可愛い制服のスカートの下には短パンを履いた方がいいかもね」
彼女は
「ん??えっ??」
と首を傾げたが
「まあ、覚えておきなさい」
と校長先生が手を振って…
鈴女は逆さにぶら下がったまま
「は~い」
と飛んで行った。
。。。。。。
イラストです。
鈴女ちゃん案 ①
やっと始める事ができた感じです…(^^;)
いい物語になれるように努力いたします。
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