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城内を見て回りました

「ここが中庭です。広さがあるので集団訓練にも使われます」


 前を歩くルーカスが、レフィアを振り返りながら言った。

 ベスキアへの滞在の許可が下りたことで、城内を案内してもらっていたのだ。


「華やかな宮殿とは大違いですね」


 リナがひそひそと耳打ちする。

 色とりどりの花が一年中咲き誇る宮殿の庭と違って、ここの中庭はあちこちが雑草に覆われている。


「私は素朴な風景も嫌いではありませんよ」

「そんなのお嬢様だけですよぉ」


 リナが不満げに漏らした。

 ここベスキア城も、居城というよりは、外敵を防ぐための砦といった形態で、華美さは一切なく機能性に特化しているように見える。

 中庭を通り過ぎ、城内の廊下を歩いていると、前のルーカスが通路の奥に向かって手を振った。


「あっ、メネシスさん」

「おお、坊やじゃないか」

「坊やはやめてください」

「あー、悪い悪い、ついな」


 ゆっくりとこちらに歩いてくるのは、髪を後ろで一つにくくり、スマートな髭をたくわえた四十前後の男だった。

 男は胸に手を当てて、レフィア達に一礼した。


「これは美しいご婦人方。第二兵団長のメネシスといいます。以後お見知りおきを」

「お嬢様、イケおじですよっ。くぅぅ、若い美少年から、ナイスミドルまでっ。設備は最悪ですけど、男の質だけはいいんですよ、ここは」

「こら、リナ」


 高揚感をむき出しにするメイドを制し、レフィアも軽く腰を落とす。


「初めまして、レフィア・フェンダーです。領主のシルヴァ様の婚約者として参りました。一応」

「一応、ですか。正直な方のようだ」


 メネシスはふっと微笑む。

 確かにリナの言う通り、やけに色気のある男だ。

 

「ちょうど時間が空いたので、私もエスコートさせて頂きますよ」

「えー、僕が案内するように言われたんですけど」

「いいじゃないか、坊や。美人の護衛は多いにこしたことはない」

「だから、坊やはやめてくださいって」


 メネシスはルーカスの頭をくしゃくしゃと撫で、ルーカスが口をとがらせる。


「じゃれあう美少年と美中年……これはこれであり……」


 リナのつぶやきは聞こえなかったことにして、レフィアは二人の後に続いた。   

 会議室や屋内の修練場などを見てまわった後に向かったのは、食堂と炊事場だ。 

 

「うわぁ」


 レフィアとリナは同時に声を漏らした。

 一言で言うと、とにかく汚い。壁や床はしみだらけ。

 流し台には皿がうず高く積まれ、独特の異臭が漂っていた。


「ひいっ、虫がわいてますよ、お嬢様」

「本当ですね。なんていう虫なんでしょう」

「注目するのそこですか!?」

「いえ、確かにこれはなかなかですけどね……」


 女子二人が遠巻きに流し台を見つめると、メネシスとルーカスは顔を見合わせてぽりぽりと頬をかいた。


「まあ、男所帯ですから、こんなものですな」

「メネシスさんの第二兵団が担当している時は特に汚いですよね」

「言うね、今度俺の特製スープを食わせてやろう」

「あれだけはやめてくださいっ」

「これはこれでありっ……」

 

 戯れるメネシスとルーカスを、リナが口元のよだれを拭きながら眺めている。


 次に向かったのは城壁にある見張り台だった。

 春の風がレフィアの青い頭髪を巻き上げる。 


「ここから見て北側が隣国のカムサールとの境界地帯です。反対側にはラムザ湿原があって、害獣はここからやってくることが多いですね」


 見張り台に立ったルーカスが両手を広げて説明をする。


「隣国の侵入防止に害獣対策。まさにベスキアは防衛の拠点ですね」

「ええ、ボスは領主という立場でありながら、先頭に立ってこの地を守っているんです」


 レフィアの言葉に、ルーカスは誇らしげに返した。

 口調からシルヴァのことを尊敬していることが伝わってくる。

 

「まあ、確かにすごい人なんだろうと思いますし、顔も格好いいですけど、婚約者であるお嬢様に対するそっけない態度が気に入らないです、私は」


 リナが鼻息荒く言うと、メネシスが口元を綻ばせた。


「いや、気にはなっているみたいですな」


 彼が親指で示した方向、城壁に上る階段の途中に辺境伯の姿があった。

 シルヴァは一瞬だけ困ったような顔を見せる。


「領主。そんな離れたところにいないで、婚約者をエスコートしてやればいいじゃないですか」

「馬鹿を言うな。妙な真似をしていないか確認しに来ただけだ」


 メネシスにそう返すと、シルヴァは背を向けて行ってしまった。

 

「ほらぁ、そっけないじゃないですかっ」

「いや、あれは……」

「うん……」


 リナのぼやきに、メネシスとルーカスが顔を見合わせる。

 

「もしかしたら……照れてるのかも……しれません」

「そうなんですか?」


 レフィアが言うと、二人はゆっくり頷いた。

 

「ボスもレフィアさんに兵達の命を救ってもらったことは感謝していると思うんです。結構部下想いですし。ただ素直じゃないから面と向かってお礼を言えないというか」

「まあ、領主はああ見えて、女性が苦手というか、女性慣れしていないというかねぇ。命の危険もある職場だし、基本的に女性は近づけないようにしていたからな」


 メネシスは髭を指でさすりながら、うっすらと微笑む。


「俺の知る限り、領主が城内への自由な滞在を許可した女性は、あなた方だけですな」 

「……」


 レフィアは一瞬リナと目を合わせる。


 やたら不愛想だったり、部下想いだったり、照れていると言われたり。

 会って間もないのもあるだろうが、いまいち何を考えているかわからない。

 これまでに読んだ本を思い出しても、答えはどこにも書いていない。

 だから、もう少し知りたいと思う。


 これは好奇心か、それとも――


 ――まあ、私もよく何を考えているかわからないと言われますから、仲間意識かもしれません。


 レフィアは苦笑し、遠ざかっていくシルヴァの背中を見つめた。


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