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いい方法があります

「お呼びだそうだな、レフィア嬢」


 その日の午後、数日ぶりに辺境伯の声がドアの前で響いた。  


「ええ、婚約者だというのに全く会いに来て頂けないで、仕方なくルーカスさんに頼みました」

「なにか待遇に不満でも?」


「不満? 不満しかないですよっ、一体何を考えているんですか、あなたはっ」

「リナ」


 横で不満をぶちまけるメイドを制して、レフィアはこう続ける。 


「まあ、決して悪くはなかったですよ。食事は質素ですが三食出てくるし、部屋は綺麗とは言い難いですが広々していますし、時間だけはあるので読みたかった本もゆっくり読めました」 

「だったらよかろう」 

「ただ、そろそろ私を人質にしてもあまり意味がないことを説明したほうがいいかと思いまして。このままただ飯を食らい続けるのも申し訳ありませんので」

「……」


 ドアの向こうで一瞬沈黙が訪れる。 

 レフィアは構わずに口を開いた。


「暴君と呼ばれたり、怖そうな顔をしていますが、あなた意外と優しいのですね、辺境伯」

「優しい? 全然優しくないですよ、婚約者をいきなり軟禁するとかどこが優しいんですか?」


 隣で反論するリナを、レフィアはなだめる。  


「だって、辺境伯の目的はここベスキアの待遇改善ですから。それはつまり、ここの民を思いやっている証拠です」

「……待遇、改善?」


 リナが小さく首をひねった。


「ええ。ここベスキアは国境線に位置していて、帝国の中でも一番の危険地域です。防衛に人手がとられるし、隣国との小競り合いは絶えず、害獣はやってくる。おかげで田畑は荒れ、家畜はろくに育たない。しかし中央に持っていかれる税金は他と変わらない」


 レフィアは部屋の奥にある鉄格子の窓に目をやった。

 

「飛び降りて逃げられないように高い場所に部屋を用意してくれたおかげで、窓から領土の様子がよく観察できました」

「……観察だけでそう判断したというのか」


 辺境伯の低い声が聞こえる。 


「後はルーカスさんとの世間話の中でそれとなく確認させてもらいました」

「あいつめ……」


 扉の向こうで辺境伯が毒づく。


「叱らないでくださいね。彼はただの世間話だと思っていたはずですから。会話に知りたいことを巧妙に混ぜて聞き出しただけです」

「……随分と悪知恵の働く聖女のようだな」

「まあ、自覚はあります」


「へ、へぇ……っていうか、ちょっと待ってください、お嬢様。一瞬感心しかけましたけど、それと私達が人質になるのにどういう関係があるんですか?」

「辺境伯は私を交渉のカードに使うつもりだったんですよ、リナ」

「交渉のカード?」


 ドアの向こうからは反応はない。

 しかし、立ち去っていないことはわかる。

 レフィアはリナの疑問に答えながら、扉の奥へと語りかけた。 


「私は帝都でも有数の貴族フェンダーの娘であり、亡くなった母はかつて帝国を救った救国の聖女と呼ばれた女性。そして、先の舞踏会で第三皇子に求婚をされたほどの女なのです。つまり、帝都にとって非常に重要な人物である訳です」

「え、なんか自慢……?」

「傍から見ればそう見えるということです。そして、その噂はこの辺境にまで届きました。領地の状況をなんとか改善したいと考えていた辺境伯は一つの案を思いつきます。帝都の重要人物を人質にできれば交渉材料にできるかもしれないと。それで駄目元で私に求婚の申し込みをした訳です。まあ、おそらくターゲットは他にもいたでしょうが、罠とも知らずに私達がやってきたのでまんまと人質にした」

「え? つまり、最初から人質目的で求婚してきたということですか。ひどい、乙女の純情を弄ぶなんて」


 リナが拳を震わせたが、レフィアは淡々と言った。  


「まあ、私も辺境なら噂にものぼらず、のんびり暮らせるという下心があった訳ですから、お互い様ではありますが」

「も、もうっ、そんなんだからお嬢様は」


 レフィアは扉へとゆっくりと近づいた。


「ただ、辺境伯。残念ながら、あなたの思惑は失敗です。なんせ、私に人質としての価値はまるでないのですから」


 レフィアがここに来たのは国家転覆計画立案の疑いをかけられ、第三皇子に暴言を吐いて追放されたからだ。今のレフィアは帝都にとっては価値あるどころか、むしろ唾棄すべき存在だろう。

 ただ、辺境に情報が伝わるのはどうしても時間がかかる。


「だから、あなたは私の帝都での蛮行を知らず、ぬくぬくと匿ってしまった訳です。そろそろあなたもそれに気づいているのではないですか」


 軟禁されて数日が経過している。情報が伝わるとしたらそろそろだろう。

 ドアの向こうから、短い溜め息が漏れた。


「……ああ、ついさっき聞いたよ。聖女が聞いて呆れるな」

「まあ、自覚はあります」


 やはり、耳には入っていたようだ。


「だがな、帝都の聖女よ。フェンダー卿を脅迫して、裏から元老院に働きかけてもらうという手はまだ残っている。帝都にとって価値はなくとも、フェンダー家にとっては大事な娘だろう。お前の父親にはベスキアの利益のために動いてもらう」

「父上は母のおかげで今や五大公の一角に名を連ねてはいますが、他にも有力貴族はいますし、そううまくいくでしょうか。なんせ父上は驚くほど交渉事が下手くそですからね」

「娘の命が懸かっていれば嫌でも必死になるだろう。もたもたしているなら指の一本でも送り付ければいい」


 辺境伯の声が一段低くなる。

 暴君と呼ばれる理由の一部を垣間見た気がした。 

 怯えた表情を浮かべるリナに、レフィアは軽く頷き、穏やかに言った。


「そんなことよりもっといい方法がありますよ」

「いい方法だと?」


「ええ、この国を奪い取ってしまうんです」 


「「……は?」」


 リナと、暴君シルヴァの、呆けたような声が重なって響いた。

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