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どうやら軟禁されたようです

「お嬢様、人質ってどういうことですか」


 軟禁部屋の奥のベッドに横たわって本を読むレフィアに、リナが涙目で問いかける。

 ページをぺらりとめくりながら、レフィアは答えた。


「言葉通りの意味ですよ、リナ」

「だって、お嬢様は婚約に来たんですよね。なんで人質にされなきゃいけないんですか」 

「まだ推測の域を出ませんが、少なくとも現状がそれを証明していますよね」


 確かに、リナが幾ら扉を叩いて助けを求めても、誰も姿を現す気配がない。

 これは予め予定されていたことだと考えられる。


「だっ、だから、こんな野蛮な土地には来たくないって言ったんですぅ。お嬢様の魔術でなんとかドアを破って脱出できないんですか。聖女なんですから」


 幼い頃から一緒に過ごしていたため、リナは学術院の教授以外で、レフィアの聖女としての圧倒的な魔力や、頭脳の冴えを知る数少ない一人だ。


「私の魔術はモノを壊すタイプのものではないのは知っているでしょう。それに、確かめたいこともありますし」

「確かめたいこと?」

「まあ、せっかくの機会ですから、ゆっくりしましょう。この本読み切りたいと思っていたんです」

「ええー」


 リナは頭を抱えてうずくまった。


「そんなの餓死してしまいますよぉ。まだ食べたいものだっていっぱいあるし、見たい景色だっていっぱいあるし、恋だってしてみたいのにぃぃぃ」

「欲望全開ですね、リナ」

「お嬢様だって恋してみたくないんですか」 

「恋……」


 どうだろう。

 有力貴族の娘である以上、いずれは政略結婚する身だと思っていたので、あまり考えたことはなかった。


 ただ、救国の聖女と呼ばれた母は、数多の引き合いの中、当時最もうだつの上がらなかった父を相手に選んだ。以前理由を尋ねたところ、他の男達が母に救国の聖女であることを求めた中、父だけはそんな母を一人の女性として心配したと聞いた。

 

 それは恋だったのかもしれない。

 本で多くの知識は得たけれど、自分にはまだわからない感情だ。


「まあ、それはそうと、心配せずとも餓死することはないと思いますよ。私達は人質ですから、生かしておかねば意味がありませんし」

「……ほ、本当ですか?」

「ええ、きっとそろそろ――」


 レフィアが窓の外の夕闇に目を向けた時、入り口のドアの向こうで声がした。


「食事をお持ちしました」


 ルーカスの声だ。

 ドアの脇の壁には横長の隙間が開いており、そこから二つの皿が差し出される。

 皿の上ではぶつ切り野菜のスープが湯気を上げていた。


「ご、ご飯ーっ!」


 リナが駆け足で皿に飛びつく。

 ベッドから身を起こしたレフィアも、ドアに近づいて皿を手に取った。妙な匂いはしない。塩だけのシンプルな味付けで、よく言えば素材の味が生きている。

 あっという間に平らげたリナが、ドアの向こうのルーカスに話しかけた。


「ねえねえ、ルーカスさん、私達を出してくれませんか」

「それはできないんです、すいません」

「どうしてこんなことを?」

「い、言えません。ではっ」

「ルーカスさん」


 去ろうとするルーカスを呼び止めたのはレフィアだった。


「すいません、これ以上、僕からは何も」

「そうではなくて、指を怪我していましたね。どうしたのですか」

「……!」


 壁の隙間から皿を差し出したルーカスの指に、傷がたくさんついていたのにレフィアは気づいていた。


「それが……今日は僕が料理当番で……」


 語尾が小さくなる。照れているようだ。


「ルーカスさんは、包丁さばきが苦手なんですね」

「け、剣はもう少しうまく使えます」


 強がる様が少し可愛い。 


「……」


 レフィアは少し逡巡した。

 だけど、ここは宮廷ではない。

 帝都から遠く遠く離れた辺境なのだ。


「ルーカスさん。ドアに向かって手をかざしてみてください」

「……何を?」

「ヒール」


 小声でつぶやくと、扉の向こうで息を呑む気配がした。


「えっ、指の怪我がなおってる……!」

 

 壁の隙間から、ルーカスの興奮した様子の瞳が覗いた。 


「まっ、まさか今の魔術ですか?」

「まあ、そんなものです」

「す、すごいっ」


 魔術を使うには魔力が必要だ。

 そして、魔力を持って生まれた人間は比較的珍しい。

 

「僕のおばあちゃんが魔術を使えたけど、ややこしい魔法陣を丸一日かけて書いてやっと小さい火が起こせるくらいだったんです」

「まあ、そういうやり方もありますね」


 自分は子供の頃から、治癒系魔術ならイメージと簡単な呪文だけで使えた――とまで言う必要はない。

 ルーカスの声はとても弾んでいた。 

 レフィアが、最強クラスの害獣である数多のドラゴンの襲来を退けた救国の聖女の娘、ということは知らないようだ。


「でも、僕、レフィアさんをここに閉じ込めたのになんで……」

「料理のお礼です。素朴で美味しかったですよ」

「……」


 ルーカスはしばらく黙った後、「ま、また来ます」と言って廊下の奥へと駆けて行った。  


 以来、ルーカスが配膳時だけではなく、隙間時間に遊びに来るようになった。


 ドアを挟んで世間話をする日々が続いた後、レフィアは相手にこう告げた。


「ルーカスさん、辺境伯を呼んでもらえますか。婚約者がそろそろ決着をつけましょうと言っていると伝えて下さい」 


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