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新しい婚約者は暴君のようです

「それにしても旦那様はひどいです!」


 がたがたと揺れる馬車の中で、栗色の髪をおさげにした少女が、ぷぅと頬を膨らませた。


「どうしたのですか、リナ」


 レフィアは目の前に座る少女に問いかけた。

 黒いワンピースに白のフリル付のエプロンーーいわゆるメイドの格好をしている。

 レフィアが幼い頃から付き人として身の回りの世話をしてくれる少女で、今回の辺境への異動にも同行することになっていた。


「どうしたもこうしたもありませんよ」


 リナと呼ばれたメイドは自身の膝を両手で叩く。


「お嬢様は第三皇子のダニエル様に婚約破棄されたばかりなんですよ。そんな傷心のところに、すぐに新しい婚約者をあてがうなんて、旦那様は何を考えているんですか」

「別に大して傷心はしていないけれど……」

「おお、おいたわしや、私には隠さなくていいんですよ、お嬢様。悲しければ、私の胸で泣いてください」


 リナはきらきらした目で大きく両手を広げてみせる。

 十六歳のレフィアより、年は幾らか上だったはず。

 いい娘だが、無邪気で思いこみが激しいところが玉にきずである。


「まあ、辺境行きは私が望んだことでもありますから。それに私が帝都に居座るとフェンダー家にも迷惑がかかりますし。幸い父上が書庫の本を持ち出すことを許可してくれたので当分退屈せずにすみそうです」


 レフィアは手元の本をぺらりとめくりながら答える。

 荷台にも数百冊にも及ぶ本が山と積まれていた。

 リナは少しだけ不満げに広げていた手を元の位置に戻した。


「もう、お嬢様は本ばっかり。引っ越し用具のほとんどが本じゃないですか。衣装や化粧道具よりも本のほうが多いだなんて」

「私は身を飾るより、心を豊かにしたいのです」

「今読んでいる、心を豊かにしてくれる本はなんなんですか」

「戦時における交渉術ですね。人間の心理の死角をつくという視点がなかなか興味深いですよ」

「もういいです。そんなんだからもう……」


 リナは溜め息をついて、車窓に目をやった。

 馬車は緑の森を抜け、街道の両端に繁る草の丈が少しずつ短くなっている。

  

「でもね、お嬢様。風光明媚な場所に行くならいいですけど、私達が向かうのはベスキアですよ。あんな野蛮な土地に行くことになるなんて。取って食われてしまうんじゃないかと心配で」


 ベスキアは辺境の平原に位置する領地だ。  

 国境線に近いため、隣国との小競り合いや害獣の侵入も多く、必然荒らくれ者が集うことになる。


「中でも、ベスキア領主のシルヴァと言えば暴君としての名を欲しいままにしているらしい怖い人物だそうじゃないですか」

「会う前から、私の婚約者をあまり悪く言わないで欲しいけれど」

「でもー」

「仕方がないでしょう。私との婚約を望んでいるのは彼だけらしいですから」


 レフィアの新たな婚約者こそ、この暴君シルヴァだった。


 ロズワルド帝国では貴族の子女は十代のうちに婚約相手を見つけることが常とされている。

 レフィアにも、舞踏会に出た後から多くの男達から婚約の申し入れが来ていたが、第三皇子が求婚してきたことで、それらは全て白紙になった。


 結局、婚約は破棄された上に、大勢の前で皇子に暴言を吐いたレフィアを進んで嫁にしたいと考える者はもはや皆無。

 残ったのは辺境領主からの申し入れだけだったのだ。


「というか、お嬢様に会ったことすらないのに求婚とか失礼じゃないですか。おおかた帝都の聖女の噂を聞きつけて、あわよくばと婚約を申し込んできただけですよ」

「まあ、辺境にいるおかげで、私が皇子に暴言を吐いたことを知らずに、婚約申し込みの取り下げをしていないのでしょうけれど」


 本当は結婚というものに全く興味はないのだが、男手で育ててくれた父を困らせたくない思いはある。

 帝都にいる限り、嫁の引き受け手はいないだろうし、宮殿の好奇の目の中で生きるくらいなら、辺境で本を読んでひっそり暮らすほうが性に合っている。


「でも、辺境伯シルヴァが凶暴な猿みたいな男だったら、どうするんですか」


 リナはいまだに不安げだ。

 帝都とベスキアがかなり離れていることもあり、レフィアの周りにシルヴァと直接会ったことのある人間はいない。

 一体どういう人物なのだろうか。

 まあ、猿と言えば、第三皇子のダニエル様のほうがよっぽど猿顔だけれど。


「ダニエル様は顔だけじゃなくて、頭も猿ですからね」

「リナ。今さらっと暴言を吐きましたね」

「暴言なものですか、お嬢様。あんな猿ごときに婚約破棄されるなんて屈辱ですよ。さぞや傷心でしょう。私の胸で悔し涙を流してもいいんですよ」

 

 再び両手を大きく広げるリナに、レフィアはふっと微笑む。

 だから、この娘が好きなのだ。

 

「次のお相手は、せめて話が通じることを祈りたいですね」


 そんなレフィアの希望は良い意味でも悪い意味でも裏切られることになる。


「お嬢様、もうそろそろ着きますよ」


 華美さを一切排除した無骨な石の城が、視界の前方にたたずんでいた。


 帝都の聖女。辺境の暴君。


 歴史的な対面が近づいていた。

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